アリアンロッド
「あんた、何者だ?」
「それを告げるつもりは無い。……急いでいる。頂いていくぞ」
まるで米俵の様にクリーフルを担ごうとした男に対して、俺は迷うこと無く剣を向けた。
「突然横から現れた変な野郎の言うことをはいそーですかと聞く馬鹿はどこにも居ないだろ」
「……手荒な真似はしたくないのだが」
「人の獲物を横取りしておいて、何を言ってるんだか」
すばやくクロスボウを俺に対して向ける男。そして迷うこと無く放った。
放たれたボルトの元へと飛び込み、それを安々と切り払う。
「なにっ!?」
「どお、りゃっ!」
ボルトの切り払いを見せた俺を唖然として見ている男だったが、懐から短剣を取り出し、俺の攻撃をくしくも止める。
「お前……! 何者だ!?」
「先に名乗るのはそっちだろ、がっ!」
俺は強引に力で押し、一旦距離を取る。
「俺の崇高な目的を邪魔するか……!」
「話が通じない奴だな、お前の目的だのなんぞ知るか!」
剣を振りかざし、ノーモーションで魔術を放つ。
「“バニッシュ”!」
空間が圧縮され、そして眩い光と共に弾ける。
「ぐうっ! 貴様、どこまでも邪魔を……」
光の爆発によって地面に叩きつけられながらも、男はすぐに体制を立て直してすばやくクロスボウに再装填しようとハンドルを回す。
「させるか……!」
俺はそれを妨害しようと、奴の元へと駆け出した。……しかし。
「新手です、ウォルター様」
「クソっ、またかよ!」
俺の足元目掛け、頭上から無数の短剣が降り注ぐ。
今度回避する事になったのは俺だった。
雨の様に降り注ぐ短剣は全て魔法によって作り上げられている。ということは、この新手も魔術師か。
「アザリア! 方向は分かるか!?」
「上です!」
その言葉に従い、ほぼ当てずっぽうで俺とキルシュは魔術を繰り出す。
しかし、新手はそんな俺達の抵抗をあざ笑うかのようにゆったりと地上に降り立った。
白い仮面で顔を隠した、背の曲がったローブ姿。まるで老婆のような印象を受けるが、信じがたい程に動きは素早い。
この女の姿を見た途端に、男は勝ち誇った笑みを顔に浮かべる。
「おお! モーディ! 遅かったな!」
「アシュフォード。遅いから何をしているのかと思えば。子供と遊んでいる場合か?」
「侮るな、こいつは出来るぞ。我ら二人でも苦戦するかもしれん」
「ふん。そんなタマとは思えな……」
そこまで言った所で、モーディと呼ばれた女は足元に転がるクリーフルを抱えて再び飛び去っていく。
その動きをアシュフォードは予期していなかったようで、俺と同じ様に唖然として眺めていた。
「なっ、なっ! どこへ行くつもりだ!? モーディ、おい!」
「お客さん。後は任せた」
「お客、だとぉ!?」
戸惑うアシュフォードの足元に突如として魔法陣が描かれ、そして巨大なゴーレムが路地全体を揺らしながら形成されていく。
「な……なんだあっ」
戸惑うアシュフォードを尻目に、俺は巻き込まれないように下がっていく。
「ひゃっ!」
「キルシュ!」
一応俺を狙った物ではないと理解はしたが、それでも腰が抜けているキルシュを抱きかかえて飛び下がる。
その間にも、五メートル程の巨体を持ったゴーレムが路地を塞ぐようにそそり立ち、アシュフォードを見下ろしていた。
それにしても、このゴーレムを作り上げた魔術師の力量は尋常ではない。
周囲の建物を崩壊させる事なく、この速度で巨体のゴーレムを容易に作り上げるなんて並の魔術師にできることではない。
「ゴーレム、やっちゃってー」
けだるい声だった。その声に合わせてゴーレムはその足を振り上げてアシュフォード目掛けて踏み降ろす。
ずん、という鈍い音と同時に大地がぐらりと大きく揺れ、嫌な衝撃が俺の体を伝う。
それに合わせるように黒い獣がアシュフォード目掛けて俺の横を弾丸のように駆けていった。
「こうして二人で戦うの、久々だねー エウちゃん」
「……さっさと済ませなさい、アリー」
「あいっかわらず人使い荒いなあ、エウちゃんは。でもそういうところも相変わらず好きー」
俺たちの背後から聞こえたのは二人の声。
その片方は、どこか間の抜けた女性の声で、もう一つは俺もよく聞き知っている人間の声だった。
「ギャン!」「グキャッ」
「クソっ、これは影獣か……!?」
「ご明答」
「エウラリア・ストラットか! ここで会ったが百年目ェェェ!」
俺が振り返れば、そこに立っていたのは見慣れぬ小柄な女と、その横で凛として立っている校長、エウラリア。
再びアシュフォードを見れば、彼の手に握られているクロスボウはエウラリアへと向けられ――!
「校長!」
「構いません」
「死ねえええええッッ!」
放たれたボルトは、翡翠色の魔力を帯びながらエウラリア目掛けて飛びかかる。
これを裁くのはリスクが大きい。しかし無視すれば校長は……!
……しかし、それは俺の杞憂でしか無かった。
エウラリアが指笛を鳴らすと同時にどこからともなく現れた黒い獣が、まるで盾になるように飛来したボルトに身を捧げる。
貫かれた獣は、もだえ苦しみながらその姿を霧散させたが、エウラリアは一瞥もせずに再び指笛を鳴らし、己の元にさらなる数の獣を呼び出した。
「おー、すごいすごい。更に強そうになってるね、エウちゃんのそれ」
「その呼び名、今は止めてもらっても?」
「え、なんで? 別に良いじゃん、エウちゃん」
「……もういいです」
小柄な少女は、僅かばかりに目元に皺を寄せたエウラリアを見た後にパチン、という指を鳴らす。その音と同時に巨大なゴーレムはその両腕をアシュフォード目掛けて叩きつける。
「殺ったかな?」
「全然。まだ生きていますよ。相変わらず大雑把ね、アリアンロッド」
……アシュフォードは死んでいなかった。それどころかボルトをゴーレムに撃ち込み、その着弾点から無数の棘を有した蔦がゴーレムの体を絡め取っていく。
「ありゃ、まあ」
「遊んでいるからです。貴女の悪い癖ですよ?」
「違う違う、被害を最小限に留めようと。してるだけ、っと」
女の言葉の後に、ゴーレムは己を縛りつけようとしていた蔦と共に砂となって消えていく。
そして、すぐに新たなゴーレムが地面から現れた。
「これ以上相手にするのは、得策ではないか……! しかし、貴族の戌を前にしておめおめと引き下がる訳には……!」
アシュフォードはしばらく考え込んでいたようであるが、やがて踵を返して逃げ去っていった。
「逃げたねー。君は大丈夫?」
一人の女性がいつの間にか俺の傍らに立ち、とんとんと肩を叩く。
……いつ近づかれたのか、気付きもしなかった。
立っていたのはひどくもじゃもじゃな頭にぐるぐるとした分厚い眼鏡、そしていかにも魔術師っぽいとんがり帽子を頭に乗せた小柄な女性。
「え……っと、助けてくれて、ありがとうございます」
「いーのいーの。礼を言うならあっちに言って。私そういうの苦手だから、さ?」
女性が指し示したのは、険しい顔で通りを眺めているエウラリア。それに対して俺は苦笑で答えた。
「礼、ですか。そうですね」
「ん、もしかしてエウちゃん……じゃなくてエウラリアの知り合い?」
「……俺の通う学院の校長先生です」
「ありゃー、あー、そかそか。そういえばそんな事言ってたなあ。そっかーあのエウラリアが校長かー。いやー、すごい時代だこと」
一人でうんうんと唸りながら納得している様子を見せる女性。
一見ただのだらしない人間に見えるが、スキが無い。それどころかあのエウラリアにも負けず劣らずのどこかピリピリとした雰囲気を身に纏っている。
一体何者なんだ、この人は?
「そうだそうだ、私の名前はアリアンロッド・ニフィエ。よろしくね」
「えっと、ウォルター・ベルンハルトです。どうぞよろしく」
挨拶として手を差し出し、彼女の顔をしっかりと眺める。
……しかし、分厚い眼鏡越しに分かるほどに目はあちらこちらへと泳いでおり、俺の顔をまともに見れていないどころか所在なさげに手をもじもじとして握手に答えてくれない。
「そーいうの、ハズいから。いいからいいから」
「いや、そういう訳にはいきませんよ。せっかく助けてくれたんですから」
「あまり旧友を困らせないでやってくれ、ウォルター君」
そう言いながら近づいてきたのは、怪しい笑みを讃えているエウラリアだった。




