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三度目の正直は悪役ルートで!  作者: 有等
第四章 学外活動編
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変わり果てた少女

 俺たちは大通りから逸れて曲がりくねった路地に足を踏み入れる。

 “奇怪通り”と呼ばれる通りだ。

 それまでの光景からは一変して、右へ左へと蛇行している通りの両脇にみっちりと詰まった建物の数々。小さな脇道はどこに向かうのかも定かでない。


 街路も狭く、馬車一台が通るのがやっとと言った様子だ。そんな細い路地には先程まで歩いていた大通りと違って人っ子一人歩いていない。

 時折、街路の脇を使役獣と呼ばれる魔術師が調教した小型の魔物が駆けていく程度だ。

 昼間はそうでもないが、この通りは日が暮れるといつもこんな調子だ。


「いつ来ても不気味な場所だな、しかし」


 俺は通りを見回しながら言う。


「……こんな場所を、子供一人で歩かせるわけには行きませんね」


 俺とアザリアは顔を見合わせながら、キルシュに先立って警戒しつつ街路を行く。

 当のキルシュは歩き慣れてるということもあって、扱いに戸惑っているように見える。


「言うほど、悪い場所じゃ、無いです。 それにここの皆さんは、いい人が多い、ですし」


 キルシュがそう言った直後に黒い影が、闇の中から突如として姿を見せる。

 現れたのは前髪を顔の前に垂らして覆い隠し、擦り切れたネグリジェから血の気の引いた肌色が見え隠れする少女だった。

 少女は、首を小刻みに横に振りながらフラフラと俺たちの方へと向かってくる。


「アレもいい人?」

「いえ、あの人は、違います。あんな人、見たことは……」


 キルシュは俺の服の裾をギュッと掴みながら、背に隠れる。

 確かに異様な姿だった。変わり者が多いと言われる魔術師でも、こんな格好で出歩くのはそう居ないだろう。……多分。


 それよりも、俺が気になったのはこの少女から発せられる匂いだ。

 鼻が曲がりそうな程に強い精油系の香水と、それでも隠しきれない獣臭。人間から発せられている匂いとは思えない。


「キルシュ、下がってろ。コイツは変だ」


 決して視線を切らないようにしながら、背後にキルシュを押しやる。狙いがこの子だと最初は考えた。

 しかし、違った。この少女はキルシュやアザリアには目もくれていない。

 狙っているのは、俺だ。


 それを確信した瞬間に、少女は消えた。


 そして、突如として俺の目の前に現れると、不気味なまでに細く長く伸びた腕と、その先に付いた刃のような爪を鞭のようにしならせながら、俺の首を狙って横に一薙ぎしてくる。


「キシャアアアア」

「くっ!」


 なんとか回避することの出来た一撃は壁を切り裂き、深々とその痕跡を残していた。

 

「おいおい、なんて一撃だよ。壁をバターみたいに切り裂くって……」

「ウォルター様!」

「アザリア! こっちはいい、キルシュを頼む!」

「……はい!」


 こんな一撃をまともに喰らえば、命が危ういのは誰でも分かる。

 先に動くか、それともカウンターを仕掛けるか。


「さて、どう出たもんか」


 しかし、少女は動かない。空を見上げるように顔を突き上げて高笑いを始めた。


「クケケケケッッッ! ケケケッ!」


 そして、頭を振り乱す。長い髪がバサリバサリと音を立てながらなびく姿は、まるで歌舞伎俳優のよう。

 しかし、その髪の隙間に少女の素顔が垣間見えた。


「……クリーフル?」


 この化物はクリーフル・ストラット。あの少女だった。

 一体何がどうなっているのか分からない。なんで、あの子がこんな……?


「どうしてクリーフルがここに、クソっ」

「イイイイイイイイイッッッッッ!!!!!」


 髪をなびかせるのを突如として止めたクリーフルは、奇声を上げると狭い路地の壁を右に左にと飛び交いながら俺目掛けて飛び込んでくる。

 その一撃を俺は、剣で受けた。


「シャアアッッ!」

「クリーフル! 何をしてるんだ、君は!」


 俺の呼びかけに応える様子も無く、クリーフルは叫びながら腕を振るう。

 彼女がその細い腕を振り払う度に壁は切り裂かれ、文字通り深い爪痕を残していく。

 しかし、その一撃はどれも俺には届かない。なんとか攻撃パターンが掴めてきたからだ。


「確かに一撃の威力はあるが…… そうモーションが大きくちゃな!」

「ギャウン!?」

 

 出鼻をくじくように突きを肩口に差し込んだ後に、大ぶりの一撃を屈んで回避する。

 そして、剣を捻りながら引き抜き、壁を切り裂いたばかりの彼女の手を切り飛ばした。


「グキッ!!」

「これで戦力は半減……って、おいおいおい」


 見る見る内に切断面からもやのように現れた黒い影が手を形作っていき、最終的には新しい手へと成り代わった。

 誰が見ても今しがた切り落とされたばかりの手だとは思わないだろう。それほどまでに、元の手と寸分違わない物が作り上げられていたのだ。

 

「化物かよ……」

「ウォルター様!」

「!?」


 俺の脇に飛び込んできたアザリアが何かを切り伏せる。それに目をやる。


「手!? クソっ、さっき切り落としたやつか!」

「ウォルター様、この手の相手は私が!」


 切り落とされた手は、アザリアによって更に縦に真っ二つにされる。しかし、それでも手は動きを止めない。まるで意志を持っているかのように、二つに分かれて行動を始めた。

 

 それを予期していなかったのか、アザリアの顔目掛けて飛びかかる手。

 それを弾き飛ばしたのは、キルシュが放った魔法弾だった。

 

「分裂する、のなら!」


 キルシュは短い呪文を唱えた後に、手にしていたスタッフで地面を突く。

 それに合わせて地面から生えるようにして現れた巨大な蜘蛛が糸を吐き、手を絡め取っていく。


「ありがとうございます、キルシュ様」

「えへへ、私だってこのくらいは、ね」


 笑顔で答えるキルシュ。それを見て安心しながらクリーフルの攻撃をいなす。


「悪いな、これ以上手加減は出来ねえ!」


 謝るようにクリーフルに告げると、俺は一回深く息を吐き、すばやく剣を操って彼女の身を切り裂いていく。

 しかし、それだけ切り裂いても与えた傷は先程のように黒いもやによってすぐに修復されていく。生半可なことでは致命傷を与えることが出来ないようだ。

 だが、それも計算ずくだった。 


「キイイイイッ!!」


 ダメージは大きくないが、苛立っているクリーフル。彼女は俺から距離を取って再び壁に取り付こうと飛び下がる。

 その瞬間に合わせて剣を振る。


「クキャッ!?」


 クリーフルが飛びついた場所の壁がまるで深い泥のようになり、彼女の両手足を縛り付けていく。

 もがき、離れようとすれば更に深く両手足が飲み込まれていく。


「動けなきゃどうしようもないだろう」 


 それでも、クリーフルは歯をガチガチと鳴らして俺に対して敵意を見せる。


「殺しはしない。手を下せば色々と厄介そうだからな」

「ウォルター様、どうされるおつもりで?」

「このままふん縛って校長の所にでも連れて行こう。親戚だかなんだかだったろ、確か」


 そう言いながら、壁に張り付けられたクリーフルに近づいていった時だった。


 矢が放たれる音。それを聞いた俺は反射的に飛び下がりながら叫ぶ。

 

「キルシュ、アザリア! 伏せろ!」


 しかし、矢が飛んでいったのは俺たちの所にでは無かった。

 クリーフルが張り付けられている壁に向かって飛んでいく。狙いは彼女だったか!


 そして、矢の着弾地点から発生した無数の茨がクリーフルを絡め取り、両手足をねじ切って地面に叩きつけた。


「ギイイイイイイッッッ!」


 通りの向こう側から、黒い影が姿を見せる。

 それは、クロスボウを手にしたフード姿の若い男だった。


「“それ”は頂いていく」


 そうとだけ告げると、男はクロスボウを俺に対して向ける。

 邪魔するなら容赦はしない、彼は言外にそう告げていた。

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