義妹との散策行
刃が獣の腹に突き刺さり、その血を壁に撒き散らす。
すぐに返す刀で首を落として、次に備える。
今、俺の目の前に居るのは野犬程度の大きさながらも、より分厚い毛皮を備えたゴルトウルフと呼ばれる魔物だ。
魔物としての格はそう高くないがとにかく数が多い。既に三体倒しているが、一向に数が減っていると思えない。
「五匹、六匹…… 随分と数が多いですね」
「ゴルトウルフの群れは幾つかのグループに分かれて行動している。まだ来るぞ!」
俺は隣り合っているアザリアと会話を交わしながら、更に一匹を仕留める。
「クギャアッ」
「薄気味悪い鳴き声しやがって!」
こいつらはウルフという名が示すように全体的なシルエットは狼に似ているが、黒くテラついている分厚い毛皮が記憶の中の狼や犬との合致を邪魔する。
それに何より、濁った黄色い目が実に気持ち悪い。魔物というだけはある。
「キルシュ! 援護を! あの中を狙え!」
「はいっ!」
一瞬の内に呪文を唱え終えるキルシュ。
俺の指示どおりに地面から突如として立ち上がった蔦の壁が、獣の群れを分断する。
それに巻き込まれた不幸な獣はもがき苦しみながら、蔦の中へと取り込まれていく。
何が起きているのか分からないのか、悲鳴を上げながら逃げ去っていくゴルトウルフ。
その様子を黙って見届けながら、悲しげな顔を見せるキルシュ。
しかし、そんな彼女に別のゴルトウルフが背後から迫る。
「キルシュ様、下がって!」
「え、きゃっ」
キルシュを無理やり掴んで背後に投げ捨てるようにしながら、アザリアは背後より飛びかかって来たゴルトウルフの喉笛を切り裂き、そのまま背後に忍び寄っていた一頭に対して短剣を投げつけ、始末した。
敵はそれが最後で、残りは逃げ去ろうとする手負いの個体のみ。それを見届けたアザリアはようやくキルシュの元から離れ、短剣を回収する。
「えと、その、ありがと」
「キルシュ様、少し油断しすぎかと」
「ウォルターさんが、いるので大丈夫、かなって……」
そう言って口を閉じてしまうキルシュ。相変わらずの引っ込み思案だ。
すっかりと気落ちしてしまったようで、俯いたまま何も言おうとしない。
俺はアザリアを促し、しっかりとフォローを入れさせる。
「怒っている訳ではないのですよ。ただ、いついかなる危険が訪れるか分かりません。身を守るのはあくまで己で、私もウォルター様もその手助けしか出来ません」
「は、はいっ」
少し厳し目に諭しているのは、彼女の身を思っての事だろう。
確かにキルシュをどこでも守ってやれるとは限らない。だが、少し厳しすぎやしないだろうか。
でもなあ、どうだろうなあ……
「ウォルター様」
「な、なんだよ」
「今日の目的はキルシュ様の手助けです。あまり甘くすると彼女の為になりませんよ」
「……わかったよ。でも、もう少し優しくしてやれ」
アザリアは俺が考えていた事を見抜いたかのように、先手を取って釘を刺してくる。
そう、わざわざ放課後にこんな郊外にまでやってきたのは、キルシュ(と師匠)の研究材料の為だ。
今回の目的は月花虫と呼ばれる夜にしか活動しない特殊な昆虫。本当なら師匠たちが冒険者を雇ってそれに同行する形になっているのだが、キルシュに経験を積ませたいとかなんとかで俺にぶん投げてきたのだ。
まあ、可愛い義妹の為だから仕方ないか。
「あ、あの。この先です」
キルシュの指示通りに道を右に曲がると、深い木立に行く手を阻まれる。
「ここ?」
「えっと、この先、みたいです」
地図と目の前の木立を交互に見比べながら、不安そうにキルシュは言う。
幾ら何でもそれは無いだろ……と思ったので地図を覗いてみる。
誰の手による物なのかは知らないが、手書きの地図だ。……もうこの時点ですごく嫌な予感がする。
「マジでこの先かよ……」
地図上でも途切れた道の向こうに進めという指示になっている。その先に大木があり、それを超えて更に進むと滝があってその滝壺の周りに現れる、と書かれている。
「この地図、本当に信用できるのか?」
「地図は、あんまり信用できない、ですけども、その、えっと、新月の日の宵の口にしか現れない、というのは本当みたいです。予め、調べました」
「そっか……」
だとするなら、もうこのまま進むしか無いか。
既に太陽は暮れかけているので、今から引き返して別の場所を探すわけにもいかない。
「さっきのみたいな魔物が居なきゃいいけど」
「大都市の周辺です。そうそう魔物が現れる訳が無――」
「そういうのはフラグだから止めろ」
何かを言いかけたアザリアを無理やり黙らせる。
それを見て首を傾げるキルシュ。
「あの、フラグって……」
「気にするな、こっちの話だ」
「???」
頭の上にハテナを浮かべているのが分かるような困惑の表情を見せるキルシュ。
しかし、一々説明するのも面倒なのでそれ以上は話さない。
「とりあえず進むぞ。これを逃したらまた来月まで待たなきゃならないんだろ? という訳で善は急げだ」
「は、はい。行きましょう」
まだ何か言いたそうにしているアザリアだったが、彼女が余計なことを言う前に木立をかき分けながら先に進んでいく。
「キルシュ、足は大丈夫か?」
「あ、はい。まだ、大丈夫です。それに、私、慣れてるんですよ?」
「そうだったな。森暮らしだもんな」
見れば、サンダル履きだというのにキルシュは俺なんかよりもスイスイと進んでいる。
楽な道を見分けるのが上手いのだろう。
「うわっ、と」
人の心配をしていたら、木の根に足を引っ掛けた。
途端に血相を変えて近寄ってくるキルシュ。
「だい、大丈夫ですか!?」
「大丈夫だよ。そんな心配するような事じゃない」
そう答えると、キルシュはほっと息を吐く。
そんなキルシュの顔を見て、ふと思い出す。エレオノーラは何をしているのかと。
もう大分会っていない。こうして共に留学する事を選んだキルシュとは異なり、あの子は今もまだベルンハルト領に留まっている。
「行きます、よ?」
ちょいちょいとキルシュがいたずらっぽく俺の頬をつつき、笑ってみせる。
うん、そうだな。とりあえず今は目の前の事に集中しなければ。
そして俺たちは茂みを進んでいき、地図にあった広場に出る。
そこだけ木々が生えていない妙に開けた場所だった。
「ルートフラワーにベリアの花。あっちにはイクシオン。すごいな、どれも有用な薬草だ」
「ウォルターさん、これ、見て下さい! リリの花!」
俺が薬草中心に見てしまうのに対して、アザリアとキルシュは色づいた花を中心に見ている。
「これが、リリの花です、ほら、大きくて真っ白い花びらが……あ、これは、ティディの花って言って、染物に、使えるんです」
「なるほど……」
キルシュの講義を目を丸くしながら聞いているアザリア。
それを横目に見ながら、ゆっくりと辺りを見回す。
この広場はまるで植物園の様だ。どこを向いても多種多様な植物が薬草中心に生え揃っている。
家の植物園に勝るとも劣らない規模だ。
……まるで、植物園?
今、自分の頭に浮かんだ言葉を、改めて反芻してみる。
植物園。そうだ、この場所は植物園では?
改めて見れば、この広場はきちんと区画分けされている。
種類、用途、そして生え変わる季節によって。
誰か……つまり、人間がここを管理しているのだ。




