襲撃
俺たちが店を後にする時に、見送りに来たテミス。
彼女はこっそりと告げる。
「愚弟を捕らえる時、君に協力して貰いたい。頼めるか?」
「出すものを出してくれるなら。俺もそう余裕がある訳じゃないから。……それがあるなら、喜んで引き受けるよ」
「意外とシビアなのだな。安心しろ、私としても子供にタダ働きさせるつもりはこれっぽっちも無い。それに蓄えならそれなりにある。……居候までさせて貰ってるのだからな」
そう言いながら、背後の店を見るテミス。
いかにも不慣れそうなウェイトレスをやってるのにもそれなりに理由があるという事なのだろう。
「ウォルター、そろそろ行かないと日が暮れてしまいますわ」
「ああ、そうだな。……じゃ」
テミスに別れを告げて少しばかり薄暗くなり始めた街路を歩く俺とメル。俺の手には大量の服と装飾品が大道芸人かと思うような無理やりな乗せ方で持たされている。
一歩進めば箱が滑り落ちそうになり、もう一歩進むと袋が手に食い込む。立派な苦行だ。そんな様子で足元も覚束ないほどの暗さになりつつあるので、全然前に進めない。この調子では寮に戻る頃にはすっかりと日が暮れてしまうだろう。
と、ちょうどその時に小気味の良い鈴の音を鳴り響かせながらゆっくりと走る乗合馬車が背後から走ってくる。
助かったとばかりに呼び止めようと少しばかり無理な体勢で手を伸ばす。両手一杯に荷物を抱えた体勢では中々に厳しいものがある。
だがしかし、その手はメルによって無理やり下ろされた。
無常にも俺の横を走り去っていく馬車。
「うわっと! 何すんだよ、メル」
「いいんですの」
「??」
そう言ったメルの顔はどこか満足げだ。
こちらとしては全然良くない。重い。
「こういう雰囲気が良いんですのよ」
「どこがだよ。俺としては重いだけだ」
「ふふっ」
くすくすと笑うメル。何がおかしいのか分からないままに歩いていると、道の先に二つの黒い影が見える。
「
「メル」
「……無粋な人たち」
メルにもその影から放たれている敵意を感じ取る事が出来たようで、渋々と俺の手の内に収まっていた荷物を受け取り始める。その顔からはつい先刻まで見せていた楽しげな様子はすっかりと消え失せている。
「誰だ? 姿を見せろ」
俺の言葉に答え、二つの影がその正体を明らかにした。
――ネフィとテレス。クリーフルに付き従っていた双子だ。
二人の手には、抜き身の剣が握られている。そして迷うことなく二人は俺たちに対して剣を向ける。
「動くな」「貴様らにはたっぷりと聞きたい事がある」
「おいおい、冗談だろ? お前ら自分が何をやってるのか分かってるのか?」
「何をやっているか、だと!?」「貴様らが、お嬢様を!」
状況が何一つとして掴めない。どうしてこの二人が怒っているのかも、ましてや殺意剥き出しで襲いかかってくる理由も。
話をする気も無いのか、二人は同時に地面を蹴った。
遠くの街灯の明かりが二人が掲げた白刃を煌めかせる。双子が手にしている銀というよりは白い刀身の剣も相まって、どこか幻想的な雰囲気を作り上げていた。
とはいえ、こちらは丸腰、あちらは完全武装。どう収めたいいものか。
……メルを傷つける訳には絶対にいかない。痛い思いをしてもらうしか無いか。
そう判断した俺は、振り向かずに彼女に対して告げる。
「メル、少し目を逸らしててくれ」
「手早く済ませて下さいまし」
その言葉を受けて、俺は迷わずに双子の片方……ネフィに向けて突進していく。
「!?」「えっ!?」
まさか、丸腰の相手が逆にこちらに向かってくるとは想像もしていなかったのだろう。明らかに驚いた様子を見せる二人。
よって、その速度が緩まった。……それが命取りだ。
「そお、りゃあッ!」
「ひっ」
文字通り、正面からの突進を受けて倒したネフィをうつ伏せにすると、右腕を取る。一瞬の内の早業だった。
徹底的に叩き込まれた体術の一つだ。こんな事に使うとは夢にも思っていなかったが。
動けば折る。二人には俺のメッセージが分かったようで、テレスも足を止めた。
右手を取られ、地面に組み伏せられたネフィと、メルの方向を交互に見るテレス。
その目には迷いがあった。今の彼女達は、誰かの命令で動いているのではなく自分たちで考えて行っている。それが分かるほどに露骨に動揺し、迷っている。
「早く、アイツを!」「でもそれじゃネフィが!」「いいから早く!」
ネフィは悲痛な叫びを上げるが、それでもテレスは動けない。動けば姉妹がどうなるかを知っているからだ。
――だが、彼女は踵を返してメルの方へと足を向けた。
「悪いな」
……それを見た俺は自分の手の内にあるネフィのか細い手を迷うこと無くへし折った。
ゴキリ、と嫌な音がするのと同時に、あらぬ方向に手が曲がる。
「ああああああああっっっ!!」
ネフィは通りどころか、ステアマルク中に聞こえそうな悲鳴を上げながら泣き叫ぶ。
「まだやるか? 何を考えてるのか分からんが、さっさとどっかに消え失せろ」
「テレス、私の手が、手があっ!」「黙れ、黙れえっ! 貴様のせいでお嬢様が!」
「だからそんな事を言われても、困るっての」
血を分けた相手が崩れ落ちているのを見捨てる訳にはいかないのだろう。テレスは俺に剣を向け、ゆっくりと距離を詰めてくる。
「痛いよぉ、痛い」「ネフィ、大丈夫だ。大丈夫だから!」
「人の心配をする前に、自分の心配をした方がいいぞ!」
「!?」
俺は足元に転がっていた石礫をテレス向けて勢いよく蹴り飛ばす。
彼女はそれに反応する事も出来ずに顔で受けてしまった。
「あうっ」
彼女は顔を抑え、俺から視線を切った。――明らかに素人の動きだ。
だが、素人だろうがなんだろうが剣を持っている以上そうそう手加減は出来ない。下手に手加減をすれば、俺やメルが怪我をする可能性がある。
……なので、申し訳ないが少しばかり痛い思いをして頂こう。
軽快にステップを踏みながら距離を詰め、脛目掛けてローキックを入れる。
嫌な音が聞こえたのと同時に、少女は剣を取り落としながら崩れ落ちた。
「う……ああ……」
足を抑えながら路地に転がるテレス。本当ならここで顔か腹目掛けてトドメの一撃を入れるのだがそこまではしない。
「行くぞ、メル。さっきの悲鳴を聞いた衛兵が来る」
荷物を手早く回収してメルの手を引き、足早にこの場から離れる。
「あの子達は何だったんですの?」
「知らんよ、こっちが聞きたい。なんで突然斬りかかって来るのか」
マジで理解不能だ。尋常な思考系統では無い事は確かである。
とは言うものの、あの言葉が気になる。
「お嬢様がああなったのは俺のせい、ね」
クリーフルに何かがあったという事だ。特に思い当たる節は無いが。
「悪いな、こんな事になって。危ない事に巻き込んじまった」
「別に気にしていませんわ。それに、危ないなんて思ってませんのよ?」
「?」
「だって、ウォルターは私が危なくなったらいつも助けてくれるもの。いつだってそう。……だから今日も、楽しかったですわ」
そう言ってくすくすとはにかみながら笑うメル。
……その仕草があまりにも可愛すぎて、思わず目を逸らしてしまった。
可愛かった。すごく可愛かった。大事な事なので二回言う。




