王国騎士団と、その元団長
目的の為に稼ぐと言ってもほぼノープランに近い。
そもそも、どれくらい稼げば良いのかも分からないというのに……
俺が頭を捻っていると、カウンターから店主と思わしき女がテミスを伴って現れた。
「で、こいつが例の坊主かい」
「坊主とはなんだ、いきなり」
「くくっ、失礼失礼。私はレヴ・カデシュ。この喫茶店のマスターをやってる」
火傷の痕が色濃く残る頬を引き攣らせるようにして笑いながら、レヴは俺に握手を求めてきた。
それに答えて手を伸ばすと、想像よりもずっと力強くゴツゴツとした手が俺を握りしめる。……これは疑う余地も無く、長く武器を持ってきた人間の手だ。
只者でない事に気が付いた俺は、それを聞こうと問いかける。
「失礼、貴方は……」
俺の問いに答えたのは、レヴではなくテミスだ。
「店長どのは、かつて王国騎士団の団長をも勤め上げたお方であります!」
「……よしな、テミス。今じゃただの一店主でしか無いんだ」
そう言いながら、テミスを睨みつけるレヴ。その途端に彼女はトレイを小脇に抱えて直立不動の体勢を整える。普段の凛々しさはどこへやら。上下関係が徹底して叩き込まれているようだ。
にしても、王国騎士団の元団長とは。そりゃあんなゴッツい手をしてる訳だ。それを知った後にレヴを見れば、どこか華奢な印象とは裏腹にその姿がずっと大きく見える。
「話は聞いてるよ、少年。その若さで私の一番弟子を打ち負かしたって事をね。本当ならこの不肖の弟子の仇討ち……と行きたい所だけどね、今やこの私には槍を握る事は出来ない」
ズボンの裾を捲り上げて、その下に隠されていた木製の義足を見せるレヴ。
しかし、彼女の話を遮ってメルがテーブルに備え付けられたベルを鳴らす。
「お代わりを頂戴」
「え……あ……」
「テミス、よろしく頼むよ」
困惑するテミスに対して、ティーポットを交換するように促すレヴ。白磁の茶器を持ってカウンターの向こう側へと姿を消したのを確認すると、メルは改めて口を開く。
「で、結局何が言いたいんですの? 私達もそう暇をしている訳では無いですし、そう寛容でも無いので手短にお願い致しますわ」
「一番弟子を負かしてくれた坊主の顔を見に来ただけ。私の菓子を楽しんでくれたお礼と一緒にね」
そう言いながら、レヴは懐からピンクのリボンで封をした可愛らしい袋を取り出して俺とメルに渡してくる。
可愛らしい小袋の中からはバターの香りがほんのりと漂ってくる。何かしらの菓子が入っているのは間違いないだろう。
「あら、ご丁寧ですのね」
そう言いながらも、メルは袋を受け取ろうとはしない。何かを警戒しているようだ。
「元団長の身ではありますが、今の私は王家や貴族達とは全くの無関係です。そう警戒されても困るのですが」
「信用出来かねますわね。今までお会いした事のある騎士達にはあまり良い印象がありませんの」
そう言って冷徹な眼をレヴに対して向けるメル。
レヴはそれを苦笑を持って迎えた。何を言うべきか、もしくは言わざるべきか迷っている。そんな印象だ。
不器用というか、口下手な人なのだろう。……さぞかし、騎士団では生きにくかったろう。
王国騎士団。このローメニア王国の王家に忠誠を誓う最も優秀な人間達の集合体であり、無心で王家に仕える誇り高き者達。
その母体は建国者であるローメニア一世に仕えた八人の優れた勇者たちであると伝えられている。
「なんだ、その顔は。まさか私が王党派だとでも思っているのか? はっ! 下らんな」
「……」
「私が騎士を止めたのもそんな下らない政治劇に疲れ果てたからだ。人間を相手に口を動かすよりも、竈を相手に手を動かしている方がよほど楽だ」
王国騎士団も今かつての栄光とは程遠い。
四六時中戦争を行っているような時期が過ぎ去り、華々しい活躍の場が消え失せた事が主な原因だろう。そして、王国が王党派と貴族派に分裂した事によって、王党派と見なされるようになってしまった事も。
それによってレヴが言うような権謀術数の蠢く世界に取り込まれてしまったという事は、言うまでもない。
そんなレヴの嘆きを聞いたメルはまだ彼女の言葉を完全に信じたわけでは無さそうだが、少なくとも敵意は消えたのか、渋々と小袋を受け取った。
「団長どのは、貴女が思っているような方ではない」
そう断言しながら現れたのは、茶器を手に舞い戻ってきたテミスだ。どこか覚束ないが、正しい動きで紅茶を注いでいく。
そして注ぎ終えた後に深く息を吐き、話を続ける。
「団長どのは今の騎士団の者共とは異なり、高潔な方だ! 誇りと強さと優しさを兼ね備えた、まさに歌物語で語られるような英傑と肩を並べるに……」
「止めなさい、全く」
勢いよくテミスの頭を叩いて長口上を遮るレヴ。照れているのか、心なしか顔が赤く見える。
「私が諸国を巡り、そしてこの街に戻ってきた理由。それは団長どのに着せられた汚名をすすぐ為」
「もうその話は良いってのに」
呆れながらも、今度は止めようとしないレヴ。師という事で、テミスの頑固さは嫌というほど思い知っているのだろう。
「団長どのはある男のせいで騎士団から追放されたのだ。有りもしない罪を捏造されて名誉と足を奪われた」
「……その男って?」
「元騎士で、私の部下で、私の弟にして、貴族共の“犬”に成り下がり、……捨てられた男」
テミスは顔を上げ、静かに告げる。
「そして、私と同じく呪われた血……ドルイドの血族を継ぐ者の一人だ」
レヴはテミスのその言葉を聞いて、頭を抱える。
「テミス、良いのか?」
「ええ。この者……ウォルターは信用に値する者です」
いつの間にそんなに慕われていたのだろうか。ちょっと思い当たらない。
もしかしてテミスって思い込みが激しい性質なんだろうか。
「キルシュちゃんと同じ、ですのね」
「なるほど、あの娘もドルイドだったのか。私は“そういうこと”に疎くて分からなかったが。なにせ騎士になるまで、私と弟……というより、私の一家は自然とは程遠い暮らしぶりだったのだから」
キルシュ。あの子もまた、ドルイドの血を継ぐ存在だ。
ドルイド達は大別すると、己の信仰や魔術を捨てて他の人間たちや魔術師の中――つまり、人の世界に溶け込む事を選んだ者たちと、それを好まずに外界との関わりを経ち、自然の中に消えゆく事を選んだ者たちの二種類が存在している。
キルシュは後者の生き残りであり、テミス達は前者の血を継ぐ者達なのだろう。




