お茶と計画とそのダメ出しと
「裏闘技場を乗っ取る」
単刀直入に切り出した言葉に対して、少しも驚いた様子を見せないメル。
しかし、その眼は鋭く俺を見る。
「冗談にしては、随分と物騒な話だと思うのですけれど」
「冗談なものか。総合的に考えた上の結論だよ」
「何が総合的なのかは知りませんけれども、私を一枚噛ませるつもりなら、それなりのプランを用意してあるのでしょう? 一応聞いてあげますわ」
そう言ってくくっと笑うメル。もう俺が言い出す突飛なことにもすっかりと慣れた様子を見せる。
「あの闘技場を運営しているのはこの街の裏社会の顔役の一人、ルーダ・バルデューロ。あまり表に出ない性質だが、多額の財で作り上げた豪邸を郊外に持ってそこで隠れ住んでいる。その原動力となっているのは二つ。闘技場における賭け事の元締めと、そこで行われる薬物を含めた合法・非合法を問わない物品の売買だ」
あの売人を見かけた後に、どうにかして調べることの出来た情報だ。
ルーダは裏社会においてもそう高い地位には居ないし、むしろ自分以外の存在を酷く恐れている。そんな風に見えた。
「いかにも小物って感じですのね。で、なんでそんな物を乗っ取るつもりなんです?」
「ルーダは姿をあまり表に見せないし、それに闘技場の運営自体もなんというか、適当としか言いようがない物だ。金さえ入ってくるなら細かい事を気にしていないようだな。ここがポイントなんだ。これだけ放任されている事が当たり前になっているなら、“正当な理由”があり、商売が続くなら突然運営者が変わってもこの街の裏社会はそう警戒することはない」
そこで、メルは疑念の眼を向ける。彼女が疑問を抱くのも当然だろう。
「……なら、どうして彼に成り代わろうとする存在が今まで現れなかったんですの?」
「答えは単純。奴自体が裏闘技場の頂点に君臨している程に強いからだ」
「脳筋ですのね」
「だが強い。……いや、だから強いのか」
ルーダの戦歴は文字通り百戦百勝。その強さは筋金入りだ。“ボス”としては勤務態度からして舐めきっている闘技場のガードマン達も、その強さにだけは敬意を払っていた。
「で、その野蛮人相手にどうするつもりなんですの」
「奴を引っ張り出して倒す。その時に賭けを利用して掛け金を釣り上げ、奴を文字通り破産させる。そしてそれを機に引退し、突然現れたどこかの誰かが裏闘技場の運営を引き継ぐという訳だ。その後の運営はメルにアドバイスをしてもらいながら、故郷の奴らにやらせる」
「なるほど。そこそこ考えられてはいますのね」
感心しつつも、完全には納得していない様子のメル。
そこで、彼女は突然足を止める。蔦が壁を侵食し、あと数年もすれば内側から木が生えてくるのではないかと言う程に一面緑の変な建物。その一番下にかろうじて残されているレンガ作りの壁を見れば、『喫茶店 ラ・ベル』と書かれている。
「少し疲れましたわ。お茶にしましょう」
「……随分とまあ、ひなびた店だこと。いつもの店でいいんじゃ」
「何事も新規開拓ですのよ。足を使って探すことが何よりも一番大事なんですの」
臆すること無く店のドアを開くメル。俺は微妙な段差につんのめりそうになりながら、抱えた荷物を落とさないように慎重に足を進める。
「い、いらっしゃいませ」
店内で妙に引きつった笑顔の女性店員が俺たちを出迎えた。……どこかで見たことのあるような、切れ長の瞳と腰元まで伸びた髪。
「……テミス、何してんだここで」
テミスだ。間違えようがない。
いつもの鎧の代わりに茶色のエプロンと白いシャツを、槍の代わりにトレイを手にして笑顔というよりは痙攣にも見える不似合いな表情を浮かべている。
今まで何度も見てきている彼女の姿からはとても想像が出来ない光景だった。
「……いや、それはこちらの台詞だ。ウォルター、なんで君がこんな店に」
「こんな店とは何さ、こんな店とは」
奥から出てきたのは、ふてぶてしい態度の妙齢の女性。
口元に火傷の後が色濃く残るその女性はの手には、ティーポットが握られている。
「団長、し、失礼」
「団長じゃない、店長と呼びなって」
「失礼しました、店長どの!」
「早く席に案内してくれませんこと」
呆れた顔で二人のやり取りを見ていたメルの言葉で我に返ったテミスは、またあの引きつった顔で俺たちを席に案内する。
「こ、こちらへどうぞ!」
シックなデザインのテーブルとソファを始めとして、調度品はどれも店の外観の割に真新しい。最近出来たばかりなのだろう。
俺たちの前にティーカップとソーサー、そしてテミスが手にしていたティーポットから深い紅色の液体が注がれていく。
「まだ何も注文していないのですけれど」
「と、当店のドリンクメニューは一つのみとなっております! 選べるのはこちらの焼き菓子のみです!」
どん、と置かれた鳥籠ほどの大きさの巨大な数段重ねのトレイには、色とりどりの焼き菓子やケーキがずらりと並べられている。
焼き菓子から香るバターの匂いに、純白のクリームがまるでウェディングドレスの様に繊細に飾り付けられたケーキ、そして一口サイズの砂糖菓子は色とりどりで眼にも優しい。
「これと、これ。それにこれを」
メルが指定した純白のケーキと巨大なカシューナッツの様に見える焼き菓子をおっかなびっくりと盛り付けていくテミス。
俺はピーナツほどの大きさに揚げた小さなパンに柑橘系のソースを掛けた菓子と、ドライフルーツを核にした各種砂糖菓子を選んだ。
「ん、中々の味ですわね」
メルがケーキを口に運んでしばらく味わった後に、紅茶を飲み終えて最初に言った言葉がそれだ。
菓子と茶に関しては中々褒めることのない彼女としては信じられない程の高評価である。それもこう街場にある店では破格の評価と言ってもいいだろう。
なにせスヴォエ御用達の店ですら何かと注文を付けるのだ。行く度に肩身が狭い思いをする。
「そりゃ何よりだ」
「少し濃すぎる気もしますけれども、葉は間違いなく良いものです」
しばらくうっとりとした顔でティーブレイクを楽しんでいた彼女だったが、その恍惚とした表情がいつまでも続くはずが無かった。
「さて、ウォルター。私なりに先程の話を考えたのですけれども」
「ああ」
「貴方の話には肝心な部分が抜けていますわ。その男を破産させる程の掛け金を、どこで用立てるつもりですの?」
俺が相手を倒せるという点については疑いを抱いていないようではある。
「俺がマメに貯めてた資金と、その……、どうにか出して頂けないでしょうか……」
頭を下げる。もうここに関してはどうしようもない。完全にメルに頼るしか無い。
俺の小遣い程度でなんとかなる額じゃない。
しかし、メルは冷酷に告げる。
「厳しいですわね」
「そこを何とか……」
「私の家に用立てさせる事は可能ですけれども、それには理由が必要ですわ。賭け事、それも裏社会に関わる事にスヴォエがお金を出せる訳がありません」
それもそうか。……というより、それが普通だ。メルに対しても下手なリスクを負わせられる訳がない。
どうにかして細かく貯めていくしか無い。そう思った所だった。
「ですが、私個人の手持ちでしたら動かせます。そこから出しますわ。……それでも足らないでしょうけれども、不足する場合でもどうにかする手段は予め考えてあるのでしょう?」
「……はい」
この街の外には割の良いアルバイトが幾らでも存在している。ギルドを通した様々な捜索依頼に、発掘や調査、護衛に討伐。
無数の古代遺跡に底知れぬダンジョン、そして無駄に溢れている自然から生み出させる種々の素材。それを求めて行き交う無数の隊商とそれを襲う山賊に、深い森や果てのない洞窟に潜むカルトや種々の賊徒達。
それらと戦い、稼ぐ。
リスクと隣り合わせだが、当然リターンは大きい。この都市が栄えている理由だ。
「冒険者として稼ぐつもりだ」
「それは、考えとは言わないですわね」
「それしか手段が無い、だから仕方ない」
ほぼやけっぱちになりながらも、俺は笑う。
それに合わせるように、メルも苦笑いを見せた。




