デートのような何か
俺が寮に戻ったのは、昼もだいぶ過ぎてからの事だった。
裏闘技場で見かけた男の調査を頼んだアザリアと別れ、お嬢様のご機嫌を取りに戻る。
あいつの事だ。きっと不貞寝してる事だろう。その時はカリンさんに頼んで起こして貰わなくては……
不貞寝してる時のメルを放置すると後が怖い。何をされるか分かったもんじゃない。直接起こしに行くともっと怖い。
しかし万が一という事もある。一応談話室を覗いてみよう。起きてたらラッキーだ。
「ただいま」
重いドアを開き、中を覗く。
チェスに似たボードゲームに興じる生徒や、お茶を楽しむ女子。その中のどこにもメルの姿は……
「何をしてるんですの」
「!?」
後ろから聞こえた声に驚きながら振り返ると、既に編み上げブーツを履き終えて出かける準備万端のメルが俺を待っていた。
そして掴みかからんばかりに俺の元に歩み寄ってくると、俺の手を取ってそのまま談話室の外へと連れ出す。
当然、目ざとい女子達は俺達に対して熱い視線を投げかける。すぐに彼女たちの新しいゴシップとして消化される事になるだろう。
俺と彼女の関係の事はじきにこの学園全体に広まるのだろうが、それまではこの視線に耐えなければならない。
「えっと、メルさん、一体俺をどこに連れて行こうと」
「嫌なことがありましたの。ちょうど良かったので買い物に付き合って貰いますわ」
まるでたまたま俺を見かけた様な口ぶりだが、ふんわりと香る甘い花の香水やかっちり決めた休日用のドレス姿を見れば俺の為に用意してくれていたのが分かる。
……これを断るわけにはいかないだろう。それにどっちみち、二人になりたかった所だ。
「あ、あのさ、メル。少し話が……」
と、俺が話を切り出そうとした所で生徒たちの集団と行き違う。
流石にこんな人の目と耳がある場所でするような話じゃないな。
「ここで話せないような事なんですの?」
「まあ、色々と」
怪訝そうな顔をして俺を見るメル。
「クリーフルさんの事では無くて?」
「ああ、違う。……そっちは別にどうでもいいよ、どうにかなるだろう」
「あの生徒会長がどうにかするべきですのよ。あの女のせいで絡まれてるんでしょうし」
今言われてようやく思い出した。そういやそんな事もあったなと。
しかし、今は彼女の話とはまた別の問題だ。それに俺もメルに賛成する。これ以上の事はシルヴィアに何とかして貰いたい。
あの校長の得体の知れなさに比べればいかにも小物なあの女なんて大した問題でもないはず。その位は任せたい。
その後は、特に他愛もない会話を交わしながら街を歩いた。
行き交う人々、騒々しい音を立てながら走る馬車、そして時折姿を見せる奇怪な姿をした魔術師。
大通りを歩けば、毎日が祭りの様に思える。先程まで歩いてきた人気の無い区画など、ここからはとても存在する事が信じられない。
メルが足を止めたのは、目抜き通りの一角に存在している高そうな服屋だった。
この街に来てからそう長くは無いが、既に何度か連れてこられている馴染みの店だ。店主がスヴォエと懇意にしているとかなんとか聞いた。
事実、店に入った途端に揉み手をしながら店員が近づいてくる。
「貴方様はスヴォエ家の……。いらっしゃいませ!」
「新作があると聞いて来たのですけれど」
「ええ、このル・ブラン手製によるデザインを用いた新色の~」
しかし、メルは片手を振ってしっしっと追い返す。
「自分で探すから結構ですわ」
そのままゆっくりと店を一周りしつつ、目に止まった服を手にしていくメル。
そのまま奥にある試着スペースに向けて歩いていく。
流石にそんな場所に足を踏み込むのには気が引けている俺の手を引いて無理やり連れて行くメル。
「さて、ウォルター。ここなら大丈夫でしょう。さっさと全部話して下さいまし」
「えっと、メル。賭け事に興味ってあるか?」
「なんですの、唐突に。……あなたが変なことを突然言い出すのはいつもの事ですけれども」
またもや呆れた様子で俺を見るメル。
その目つきはまるで怪しい人間を遠巻きに眺めている時と同じ物だ。
「いや、その、儲け話というか、正確には賭け事ではなくて……」
「余計に話が怪しくなって来ましたわね……」
完全に逆効果だった。彼女は呆れ顔で小脇に抱えた服を持って、試着室のカーテンの向こう側に姿を消してしまう。
カーテンの裏に姿を消したメルが服を脱ぎ去る音を聞きながら、今の失敗について頭を抱える。
「俺はねずみ講の勧誘かよ……」
いきなり儲け話と聞いて目を輝かせて食いついてくるような人間はそれはそれでヤバい。
だが、俺のこの考えはおそらくメルを引き込まないと達成できない。
あの裏闘技場で行われている試合と賭けを利用して、あの場所を乗っ取るという手法にはどうしても協力者が必要だ。
やがてカーテンが開かれ、メルが姿を見せる。
体のラインが際立つ様な白いワンピース姿に着替え、よく分からないデザインの帽子を合わせたメルは俺の眼の前でくるりと一回りして見せる。
「似合ってるでしょう」
「ああ、似合ってる似合ってる」
ふふん、と自信満々の表情を見せるメルに対して適当に合いの手を入れてやる。
それで満足した彼女は、すぐに新しい服に着替えてはまた見せに来る。次はショートパンツを基調としたカジュアルなスタイルだ。快活そうな服装に生意気そうな容姿が実に似合っている。
「今度は?」
「似合ってます」
今のは本心から出た言葉だったが、服の買い物に付き合っている時の俺の役目は彼女の格好を一々論評してやる事ではない。褒めて褒めて褒めまくる事だ。
何を言っても手に取った時点でどうせ全部買うのは長年の付き合いで知っている。
「おお、メルキュール様、お目が高い。どうぞこちらの商品もお確かめくださいませ」
「これとこれだけは頂くわ。他のものは全部持って帰って頂戴」
店員は稼ぎ時とばかりに、次から次へとメルの元に新しい服を運んでくる。
しかし、案外彼女の目は厳しい。持ってきた大量の服の中で手に取ったのはほんの一割にも満たない。
彼女の見る目は間違っていない。だからこそ、似合っているかではなくて似合ってるでしょうと自慢するのだ。
やがて、店員によって袋詰めされた大量の荷物が俺の眼の前に置かれる。こいつは俺がこの大量の荷物を運ぶと疑っていないようだ。
苦笑いをしながら重い重い荷物を抱えて、よろけながら店を出る。
思うように歩けない俺の横を、歩調を合わせながらゆっくりと歩くメル。しばらくすると彼女が口を開いた。
「ウォルター、先程の話は何だったんですの」
「さっきこの街の賭博場兼裏闘技場を見てきたんだ。それで……」
「なんでそんな所にわざわざ行く必要があるんですの? そんな所に出入りしているのがバレれば、それこそ退学物でしょうに」
「あれだけの人が集まる場所にはそれだけ金と情報が集まる。それを自分の目で確かめたかったんだ」
実際予想以上の物があった。予想外の人間と繋がりも出てきた訳だが。
「で、それで何をするつもりですの? どうせ貴方の事ですからろくでも無い事を考えているんでしょうけれど」
そう言いながらも、口元に笑みを浮かべるメル。何も言わずとも乗り気である事は分かった。
とりあえず第一関門はクリアか。




