令嬢の見舞い
翌日。
朝起きた俺がアザリアに起こされてて渋々と見たのは、一糸乱れぬ姿で立ち尽くす白衣の男達だった。
「えっ……?」
戸惑う俺。しかし、彼らの白衣の胸に、盾の中に蛇と剣を象った紋章がある事から、スヴォエ家の人間である事が分かった。
確か、昨日スヴォエ氏が医師団を派遣すると言っていた。彼らがそうなのだろう。
しかし、彼らの中から一人の少女が現れる。それは予想もしていなかった姿。
メルキュールである。勝ち気そうな眼は少しばかり落ち着き、生意気そうな口元はもじもじと落ち着かなさそうにしている。
「全く、こんな時間まで寝ているのですのね。もうすぐ昼ですのよ。これだから下級貴族は」
「……一体、何をしに来たんだ」
口調にもあまり覇気が無い。いつもの見下した態度は何処へやら。
戸惑う俺に対して、メルキュールはパチンと指を一つ鳴らす。すると、部屋の外から現れたスヴォエ家のメイドがメルキュールに対して、果物が大量に詰まったバスケットを渡す。
それを重たそうに持つと、メルキュールは俺のベッドまでやって来て渡してきた。
「……御見舞の品ですわ」
「ああ、まあ、ありがとう」
「急いで最高級の品々を取り寄せましたの。そ、それを食べて早く体を治しなさいな」
そう言って、バスケットを押し付けた後に部屋からメルキュールは出ていってしまう。彼女の顔には熱でもあるのかのように、赤みが指していた。
俺は首を傾げる。メルキュールはこんな娘だったか? 記憶の中にあるイメージとは似ても似つかない。こんな殊勝な事をする子では無かった筈なのだが。
「では、治療を行いたいのですが」
「はい、ある程度の器具は用意してありますが――」
部屋の隅では、家の使用人たちと医師団が話し合っている。俺の治療について話しているのだろう。
「アザリア、これは使用人達で分けてくれ。後片付けは大変だったろうし」
俺は預かったバスケットを、アザリアに渡す。カリンの実(蜜柑に似た大きな外見だが、酸っぱめのベリー風の味がする)やポゴ(オレンジとグァバの間の子のような味)など、ここらへんでは見ることも敵わないような珍しい果物がぎっしりと詰まっている。
「本当に良いのですか? 皆は喜ぶでしょうが……」
「一人じゃとても食べきれないよ、フルーツは新鮮な内に食べた方が美味しいし。あ、ポゴだけ剥いてきて欲しいな」
「分かりました」
踵を返して、厨房に向かおうとするアザリア。
「あ、ちょっと待って。そのバスケット、もう一度見せて」
アザリアが差し出してきたバスケットの色とりどりの果物達の中に、一枚のメッセージカードが挟まっていた。見逃してしまいそうなほどにシンプルな物だ。
それを手に取り、眺める。
『ウォルター様へ 昨日は本当にごめんなさい。私を庇ってくれてありがとう。良くなったら、また遊びませんか? 良ければ、お返事を待っております。 メルキュール・フランソワーズ・スヴォエ』
俺は更に頭を抱える。こんな娘だったのか?
あの歪みきった前世の悪役令嬢と同一人物とはとても思えない。途中で別人に入れ替わったんじゃないのか?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
治療自体は、半日ほど掛かった。
魔法と組み合わせた最高級の治療という言葉には嘘はなく、夕方になる頃には若干の痕が残る程度の傷にまで小さくなっていた。
鏡で見せてもらったが、巨大なシャンデリアの破片が突き刺さっていたとはとても思えないほどだ。
しかし、過保護な父は俺がベッドから起き上がる事を許してはくれなかった。来週までは安静にしているように、との事だった。
トレーニングも休みである。
その代わり、約束していた通り、薬学の講義を行ってくれた。
「これが切傷の治療に主に使われている薬草だよ。血止草、塊草。これらは基本的に乾燥させて携帯するんだ。使う前に水で軽く濡らして指で練ってから貼り付ける形になるな。この他にも、香油の類として使われる物もあるが、今はまだ覚えなくても良い」
「父上、これらの薬草は、どの辺りで採取が出来るのですか?」
俺は父の言った事の要点をノートに書き記しながら問いかける。傍らには、父の標本であるガラスケース入りの乾燥した薬草が積み上がっている。
父は薬草や毒草を資料室の戸棚が半分埋まるほどの量をコレクションしているが、その中でも使用頻度の高い物を選んで持ってきてくれたようだ。
用途と実物、使い方を交えて教えてくれるので、非常に分かりやすい。学者志望だったという父の過去がなんとなく見えてきそうな程だ。
「良い質問だ。この二種が広く使われている理由としては、入手が手軽という事、また育成速度が早いという事が要因なんだ。血止草は草地や雑木林に、塊草は水場に主に生えている。今度実際に見に行ってみよう」
「ほんと!?」
「ああ、薬学はフィールドワークが基本だ。本当は家に薬草園を作りたかったんだが母さんが反対してなあ……。虫が湧くから! って言って聞かなくて、母さんはあんな性格なのに虫が大の苦手で」
「何か言いましたか?」
とても怖い声が、いつの間にか部屋に入り込んでいた母の口から飛び出す。にこやかな笑みは父へと向けられている。
「にいちゃ、にいちゃ」
とててて、危なっかしい足取りでエレオノーラは俺の元へとやってくる。
それと入れ違うように、父は死人のような表情で母の元へと向かう。
「にいちゃ、体、だいじょぶ」
「ああ、大丈夫だよ」
俺を気遣ってくれる小さな妹。彼女を失いたくない。だが、その危機は目前に迫っている。
前世で彼女が病に倒れたのは恐らくは、俺の誕生日の前後。あと半年も無い。
それを回避するために、何をするべきか、考えなくては。




