とあるクリスマスのお話ー1ー
今、俺は非常にまずい状態にいる。
「お兄ちゃん、だあれ?」
もう夜中の二時だぞ? 良い子は夢の中だろう。それに、俺の動きは太鼓判を押すほどに、静かで気付きにくいはず。耳のいい動物でさえも、気付かなかったんだぞ。
なのに……。
「あ! もしかして、サンタさん?」
俺のどこをどう見れば、サンタに見えるんだ。全身真っ黒なサンタが、いるわけなかろうに。
「やっぱりサンタさんなんだね!?」
「んなわけないだろ、てか黙れよ、バレるだろ」
慌てて子供の口を塞ぎ、月明かりしか無いその部屋で、俺は子供の熱い眼差しと、期待を込めた言葉に、若干の焦りを持ち始めた。
いかん、こういう職業は、焦りが一番失敗を生む。
そう自分に言い聞かせながら、布団の上で、飛び跳ねかねない勢いの子供を、落ち着かせる。
「サンタでもなんでもいいから、少し黙ってくれ」
「やっぱりサンタさんなんだね! 会いたかったよ!」
「そりゃどーも、じゃあ俺は帰る」
「え!? 待って!」
何を隠そう、俺は立派な泥棒だ。
クリスマスイヴというこの日に、浮かれて、尚且つ、サンタとかいうオッサンの為に、どこの家も鍵が空いてるから入り放題。それをいい事に、俺は幾つもの家に侵入して、現金だけを盗んで行く。
モノは足がつくからな。
そうしてやって来た、最後の家。
どこの家より豪華で、門構えも立派だった。入るのを躊躇いそうになったが、そんな立派な門が、汚い子供の字で『サンタさん、入ってください』なんて張り紙と共に開いていたから、有難く入らせてもらったのだが。
止めておけばよかった。
「ねぇ、サンタさん、プレゼントは?」
「そんなのねーよ。大体な、サンタが世界中の子供達にプレゼントなんて配れるわけないだろ? 世界中に、何人子供がいると思ってやがる」
「やっぱり……」
クリスマスなんて、ましてやサンタからのプレゼントなんて経験の無い俺には、ただのロリコンオヤジとしか思えない。だからこそ、こういう子供の期待した気持ちが、何故だかイライラする。
てっきりガッカリするのかと思いきや、何やら真剣に考え始めた子供。口に当てていた俺の手をゆっくりと離し、小さい腕を組んで、何やら独り言を始めた。
騒がれる前に、逃げさせていただくとしよう。
そう決めて、入ってきたドアへ振り向きかけた時、勢い良く服が引かれ、慌ててその手を叩いてしまった。
乾いた音が部屋へ響き渡り、驚いた子供の目が瞬時に潤み、慌てて俺はまた、子供の口を塞いだ。
「ごめん、咄嗟だった」
「……うがむがもがうぐ」
「待て待て、舐めるな手を」
「ぷはっ。じゃあ話聞いてよ」
「……お前、俺が誰なのかわかってんのかよ」
「サンタさんでしょ?」
「んなワケないだろ」
ほんの数秒前に話したのに。これだから子供は……。
期待の込められた瞳が、嬉々として俺を見つめる。一体何を期待しているのか。そんな事を思いつつも、何とかこの場を逃げ出したいから、俺はあらん限りの強面を作り、目を細めて睨みつけた。
「サンタさんは、そんな怖い顔しちゃダメだよ」
「だから、俺はサンタじゃねぇ。泥棒だ」
「もう、嘘がお上手! 信じてあげますから話を聞いてください」
バカにされたような気分だった。
けれど、ここは怒って事が大きくなれば、もっと問題だ。
冷静になろう、大人になろう。
そう自分に言い聞かせ、仕方ないと、話を合わせることにした。少し付き合えば、満足するだろう。
「少しだけだぞ」
「わぁ! ありがとうございます!」
「早く言え」
「あのね、私を “ゆうかい” してください!」
「はへ?」
ベッドの上に姿勢を正した子供。何を言い出すかと思えば、突拍子も無い。
誘拐しろ、だと?
思わぬ返答に、変な声を出してしまった俺だったが、子供は構うこと無く、次から次へと話し始めた。
「あのね、パパね、仕事ばっかりで全然構ってくれなくてね。家にもほとんど帰って来ないの。それでね、ママがね怒って……ママもあまり帰って来なくなってね。二人ともお外に好きな人がいるんだって。それでね、あのね、あの……その好きな人たちとね、幸せになってもらうには、私は邪魔なの! だからね “ゆうかい” してください。サンタさんのお手伝い、何でもするから! お願いします!」
息継ぎもせず、よくぞ言い切りました。そう言いたくなるほどの話。そして何より、子供の口から聞くような話じゃない。
こいつの親は、いったい子供にどんな話をしてるんだ。要は浮気不倫の類だろう。どんなバカ親だ。
けれどその内容は、本人にとっては真剣なようで、何とかして叶えたいと、子供はやはり、爛々とその瞳を輝かせる。
「私いなくなれば、きっともっとママとパパ、笑ってくれると思うんだよね! それで解決! トナカイ役がいいですか? 力つけとくべきだったかな」
「いや、そういう問題じゃない」
親に笑ってもらう為に、だと? いやいや、何を言っているか分からん。いや、最低な親だというのはわかっているけれども。
何か良い解決方法はないか……それなりに素敵で、この子供が納得して、サンタっぽく解決できる方法……。
最低な親だというのはわかったが、俺の今すべき事は、ここから脱出することだ。
それを最優先にした答えは無いだろうか。
何とも嬉しそうと言うべきか、今か今かと待ちわびる子供は、突然、何か閃いたように、着替え始めた。
子供は本当に、何をしだすかさっぱりわからん。
その光景をじっと見つめていると、上着そしてマフラーを巻き、背中にはリュックサックまで背負い始めた。
「何してんだよ」
「気が付かなくてすみません、準備待ってくれてたんですよね? はい! もういつでも出発できます!」
「は?」
「すぐに出発するぞって言う、ちんもくってやつですよね? ほんと、子供ですみません」
「何を言ってるんだよ!?」
子供らしくない話し方。
いや!
そんな問題じゃない!!
何だって!? 今すぐ!?
俺の方が現実の理解に追い付いていないようで、子供はどこからともなく取り出した靴を履き、窓を開く。
雪は降っていないが風が冷たく、温まって来ていた身体を、包み込むように吹き込む風が、改めて目の前の現実を見せる。
小学生にもなっていないだろう子供が、サンタさんだと信じる俺へ、誘拐しろと。そしてもう準備が出来たから、今すぐ行こうと。
あってるか? あってるな。
ーーーー合ってちゃいけないじゃないかっ!!
「待て待て待て。誰が誘拐するんだよ」
「サンタさんがですよ」
「誰を誘拐するんだよ」
「私をですよ」
「何でだよ」
「だから、ママとパパに幸せになってもらうために」
「何で誘拐なんだよ」
「だから、ママと」
「じゃねーよっ!! 何で親の為に、お前がそんな事しなきゃいけねぇんだよ」
俺の疑問に、子供は理解できないようで、不思議そうな表情で首を傾げる。吹き込む風が強くなり、カーテンが思い切り広がり、子供を包みこもうとする。
月明かりに照らされる子供の顔が、何処か寂しそうに見え、けれど決意した気持ちを変えるつもりは無い、そういう強さも見える。
俺は……誘拐なんて、趣味でも仕事でもしねぇ。
どうしたものか……しかし、もう行く準備万端。
困った。
今にも窓から出ようとする子供。その姿が懐かしくて、叶えてやらなきゃと思う。
懐かしくて?
「待て、まだ何も決めてない」
「でも……早くしないと、ママとパパ、帰って来てしまう」
は? まだ帰ってねぇの? クリスマスイヴなのに?
そんなふつふつと湧き上がる怒りをよそに、無情にも、ガチャリと玄関を開く音がして、人の気配がする。
何故こんなタイミング!!
「あぁもうっ!! これだからガキは嫌い!! しっかり掴まれよ!!」
「はいっ」
そうして俺は子供を抱き抱え、窓から外へ飛び出し、そっと庭へ降り立った時、丁度大人の背中が玄関の中に消えて行く瞬間だった。
完全に締め切られたのを確認し、門の外へ飛び出した。
塀の影に沿って走り、少し先の公園の茂みに隠して止めていたバイクまで来て、やっと抱えていた子供を下ろした。