ヤキモチだって焼くんだもん2
私は生徒会の一員として、円滑にそして楽しく、全ての出し物が上手くいくように、あちこち巡回している。
生徒会は出し物よりもそれが一番の仕事であり、文化祭を楽しむというよりも、眺めるという感覚だ。
先輩は、自信をつけられたようで、ちょっと行ってくるぜっ!
なんてカッコつけて、巡回を私に押し付け、愛の告白へ向かっていった。
今頃、きっと素敵な人が、先輩から愛のこもった告白をされてるんだろうなぁ。
あぁあ。
私もいい加減、現実みて、新しい恋しなきゃなぁ。
そんな事を考えながら、校庭を見て周り、校舎内も見て周り、舞台を見てから、校舎裏へも足を向ける。
「ーー……なんだ」
あぁ、やってしまった。
と言うか、校舎裏でなんて、どんな恋愛漫画の真似事よ。
視線の先には知った背中が見えかけて、思わず踵を返した。
ちゃんと告白できてるんだなー。
たくさんの感情を込めた溜息を吐き出して、来た道を戻る。
「先輩、末永くお幸せにね」
届くはずのない声は、賑やかな声にかき消され、見上げた先にある文化祭のマスコットキャラの笑顔が、こんな私を見つめてくれた。
そんな笑顔で見つめないでよーー。
泣いちゃうじゃないかーー。
たくさんの人混みの中、思わずそんなことを呟いたものだから、我慢し続けていた気持ちが視界を潤ませて、滴り落ちる。
何度目かの勝手な失恋に、こうして泣いたのは初めてだった。
早く、好きを消せたらいいのに。
乱暴に顔を拭いて、頭を振って、いつもの笑顔を浮かべて視線を上げた。
その先に。
「待たせた!」
好きが伝わらない先輩が、大好きな笑顔を向けて、立っていた。
「あっ、先輩、告白成功したんですか?」
精一杯の笑顔を浮かべて、精一杯の明るい声で、精一杯の喜びを伝えようとして。
それは、先輩の大きな声で掻き消えた。
「あーちゃんっ!! 俺と付き合って!! 俺の命に変えてもずっと守って行くと誓うから!! もう絶対泣かせないから!! 世界で一番大切で大好きなんだ!!」
たくさんの人が行き交う中、それは本当に突然だった。
一体先輩は、何を言っているのだろう?
何一つとして理解できない私は、ただじっと先輩を見つめることしかできない。
突然の出来事に、その場にいた人たちが足を止め成り行きを見守る。
たくさんの瞳が、私と先輩に向けられている。
「でも、先輩には好きな人が」
「そうだよ! あーちゃんのことが好きすぎて、正直になれなくて、ヤキモチばっかり妬かせてた」
「だって。さっきも告白」
「あれは俺じゃなくて、相手さんから告白されてただけ」
「……え?」
「俺が好きなのはあーちゃんだけ! 素直になれなくてごめん! でももう決心ついた! だから、俺と付き合って! そして……一緒に文化祭回ろう! 後夜祭も……一緒に行って下さい!!!!」
どこから取り出したのやら、私の大好きな花束を手に、片膝をつく先輩。
本当に、よく分からない。
え? 何なのかな、何がどうなってるのかな。
「でも先輩には好きな人が……」
自分でもわかるくらいの震えた声が、たどたどしく言葉を吐き出す。
あれだけたくさんの女の人の話をしていたくせに?
あれだけたくさんの、好きを語っていたくせに?
私が好き……?
本当に……?
溢れ出す涙がまた、視界を揺らし、先輩をも揺らす。
「自分の気持ちに素直になれなくて……つい嘘話ばっかりしてしまって、ずるずるここまできてしまったんだ。でももう決心ついた! あーちゃんの、告白の練習のおかげ!」
そう言って先輩は、さらに花束を私の方へ差し出してくる。
告白の練習は、大好きな人のためにしてたんじゃなかったの?
「俺じゃ嫌? こんな遠回りばっかり、ヤキモチばっかり妬かせて、嫌になる? それでも! あーちゃんとずっと一緒にいたい! ワガママ許してとは言わないけど、俺と付き合って!」
「……全く。チンプンカンプンです先輩、私をもてあそんで、楽しいですか」
「楽しくないよ! ずっと後悔してた!」
喜々とする人々の目が増えて行く。
賑やかなはずのそこは、だんだん静かになっていき、呼び込みの声でさえ、遠くに聞こえるよう。
「俺じゃダメ? ずっと好きだった! ずっと言えなかった、こんな奴だけど……ダメかな」
普段自分の発言には驚くほどの自信もってて、自分大好きで、何でも任せろっ!
と言う態度から行動から、そんなにかっこよくもないのに、たくさんの人に好意を持たれたり尊敬されたり、だからこそ、生徒会長なんてできる、わけで。
でも、恋に至っては、どこぞの女の子みたいに臆病になる先輩。
そんなヤキモチの妬かせ方ありますか。
そんな遠回りありますか。
そんな……。。
嬉しい言葉、ありますか。
「もう、ヤキモチ妬かせない自信ありますか?」
「もちろんだよ! 俺はあーちゃんしか見てない!」
「嘘偽りありませんか?」
「俺の言葉は絶対だよ」
「なんて自信過剰」
「それが俺だ」
「本当に告白してる?」
「人生初めての告白なんだからな!」
またそんな嘘ばっかり。
そこまでして私の気を引きたいの?
それとも、そこまで私を想い続けてくれてたの?
「文化祭、一緒に楽しんでくれますか?」
「後夜祭まで一緒にいる!」
「そこまでですか?」
「死ぬまで一緒にいたいよ!」
固唾を飲む周囲の息遣いが伝わって来る。
どんどん増える人だかりが、気にならない訳では無いけれど。
この告白は、受けてもいいのかな。
この告白は、受けてもいいよね。
「浮気は許さないよ?」
「する訳ないじゃん!」
「散々女の人の話ばーーーーっかり聞かせてたくせに?」
「だって全然、俺のこと見てくれないと思ったから」
お互いにすれ違ったまま、ずるずるここまで来てたのかな。
そう思う事にして、私も自分の気持ちに素直になろうか。
素直になってもいいよね。
せっかくの文化祭、お祭りなんだもん。
ダメ元だ!
そんな、マイナス思考を抱いて、隠して……打ち消して!
「幸せにしてくれますか?」
「世界一の幸せ者にするよ!」
そうして私は思い切り、先輩へ抱きついた。
花の香りが漂って、気持ちが騒ぐ。
賑やかに、楽しそうに、幸せだと。
たくさんの拍手と歓声に包まれ、先輩の告白劇は成功した。
こうして私は、大好きな先輩と、夢だった手を繋いで歩く、ただそれだけの事を文化祭の間中続けた。
そうして後夜祭も、二人で仲良く参加することができた。
ずつとずっと、一緒にいられますように。
「あまーーーーい!!」
ふわりふわりと宙を漂う男は、光り出していた本を読み終えると、嬉しそうに叫んだ。
「この二人はきっと幸せになるねー、ひゃーなんだよー、ヤキモチ妬かせて振り向かせるとかー、やってみたいねー」
色のついた三冊目の本が、本棚へしまわれた。
まだまだ白い本棚は、キラキラと太陽の光を浴びて輝いている。
飛び交う真っ白な本と戯れるように、男は、ただただ宙に浮かんでいる。
「今回出番なかったなー、そんなこともあるのかー、いやでも、後夜祭の噂は確か僕が……」
にやりと笑った男の視線の先に、また一冊の本が飛んで来る。
それはどこか淡く寂しい光。
「寂しい光り方するねー」
男の手に遠慮がちに降りてきた本が、ゆっくりと表紙を開いて見せた。