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店主の昔話2


「何だったんだ……?」


 テラスのどこを見てもその男はいなかった。

 急いで部屋の中へ戻り、リビングにキッチン、冷蔵庫の中まで見ても、あの男はいなかった。

 これはもしや……夢か? 俺は……夢を見ていたのか?

 それなら、何てご都合主義な夢なんだよ。

 自惚れんじゃないよ本当に。


 けど、そうだな。

 俺がなりたいのは、こんな男じゃなかったはず。


 美奈を笑顔にしたい、美奈との愛の結晶である、我が子も笑顔にしたい。

 幸せだと笑える家族にしたい。

 そう思っていた筈なのに。


 部下が出来たら、一生懸命色んな事を教えてやろうと意気込んでいたのに、あれやこれやと、部下の為に資料作りまでして、初指導を楽しみにしていたのに。


 それだけの事なのに。

 そんな簡単な事なのに。


 散らばった冷蔵庫の中身を片付けながら、ふと殆ど出てしまっていたと思っていた、冷蔵庫の中身が、まだ少し残っていた。

 それは幾つもの密閉した容器で、よくよく見ると一つずつに紙が張り付けてあった。


「……なんて事を……」


 それは間違い無く美奈の文字で、性格のよく現れた綺麗な文字で、何時までに食べるように、どうやって温めるか、そして最後には労いの言葉が綴られていた。


「俺の事が嫌いになったんじゃなかったのか」


 何時ぶりだろうか。

 俺の頬を暖かいものが、どんどん滴って行く。

 全部で六つの容器。そのどれもこれもにそんな紙が貼られていて、一番奥の容器には、封筒が貼られていた。


 そっと容器を床に並べ、封筒を開く。


 そこには、他と同様食べ方や労いの言葉と共に、不満が沢山綴られていた。


 そう言えば……あいつは怒るといつもこうやって紙にしたためて渡して来たっけな。

 何だったか、紙に書いた方が言われた方もしっかり見てくれるでしょ? とか何とか。


 そして美奈は、予想以上に俺の事を見てくれていた。


 美奈の不満は、俺の美奈に対する態度では無かった。


 会社の不備をいつまでも人のせいにすること、優しく言えば済んでいたミスも、すぐに部下のせいにしていた事。

 積もり積もった仕事の愚痴が、外へ向けた矢印ばかりで、一つも他人の事を考えない勝手極まるものだったから、嫌気が差したらしかった。


『ほらほらぁ、ブチブチ言ってないで、さっさと迎えに行くー、』

「は?」


 頭の中に響く声が、ケラケラ笑う。


「何処にいる!?」

『ちょっと力貸してあげるから、外にでも出てみなよ』

「外?」


 疑いつつも脱ぎっぱなしの靴をしっかりと履き、玄関の鍵を開けた。

 するとそこには、申し訳なさそうな顔をした遠藤と、部下達、そして何故か美奈もいた。


「美奈……それにお前達も……どうしたんだ」

「実はさ、さっき偶然駅前で会っちゃって」


 口を開いたのは、美奈だった。

 苦笑いの表情を浮かべ、それでもしっかりと言葉を綴った。


「みんなね、本当の優君に気付いてるみたいで……だから是非飲み直ししたいみたいなの、だからそれなら我が家でって、連れて来ちゃった」


 てへへ、なんて笑って見せた美奈は、俺の答えなんて聞くこともせず、どうぞと遠藤、そして部下達を招き入れた。

 こんな強引な奴だったか?


『ほーらほーら、幸運が始まった』


 頭の中に響く男の声は、実に楽しそうで、明るかった。


『夜空を見て、綺麗だって言ってくれる人も減ったしねー。せめてもの恩返しだよー、幸せになってね』


 そう言うと、頭の中に響いていた声が唐突に止んだ。


「え? 何? お前は一体?」

「何をブツブツ言ってるの? ほら待ってるよー」

「待ってる?」

「神崎、何やかんやでな、お前が俺達の尻拭いしてくれてたの知ってたんだよ」

「……そっか」


 突然生まれたような奇跡。

 けれどそれはほんの些細な事で、生まれたり消えたり、中々難しいものだ。

 けれど俺の目の前で繰り広げられる光景は、俺が叶えたかった夢そのもの。


「そう言えば、彩音はどうした?」

「ばぁばとじぃじが、預かってやるからって聞かなかったのよ、だからお言葉をに甘えて、私も思う存分飲むつもり! 私もこの一ヶ月頑張ったんだからね、家事という労働、労るのだ!」


 そう言えば、両手に持っていたスーパーの袋。

 ドスンとテーブルに置くと、中から様々なアルコールが出て来た。


「おぉー! 実は俺らも買ってきたんだ、酒を大量にな」


 これまたドスンと置かれたダンボール。

 俺の大好きなメーカーのビールだった。


「お前ら酒ばっかり、明日大変だぞ?」

「明日から連休ですからねー」


 ったく。


 小さな窓から照らされた密閉容器。

 その蓋には星が描かれていて、付いた水滴でキラキラと輝いている。


「ありがとうな」


 ふと見つめた先にある窓の更に先、沢山の星と月が、窓を照らしていた。


『ぷくくくく』


 そんな笑い声が聞こえるような星が、満天の夜空彩り、輝いていた。



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