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思い出のアルバム~違う場所の少女の話~

 そこは不思議な本屋さん。


 たくさんの本があるのに、どれもこれも真っ白。


 ほんの数冊だけ色が付いているけれど、それも片手で数えられるほど。


 そんな真っ白な本に囲まれた店主は、今日も楽しそうに歌を歌っていた。



「ほーん♪ ほーんとーはねー♪ みーんなしあわせなんちゃらら~」



 よくわからない歌を満足そうに歌いきった時、店主の手元へ一冊の真っ白な本が飛んできた、はずだった。



「あらま」



 その本は店主の手元に来た途端、ゆっくりと光を失っていき、悲しい色に染まる。

 まるで本が泣いているように悲しみを浮かべ、店主の手にしがみつく様に重みを乗せた。



「なんて悲しい本、君を素敵な色に染め直すにはどうすればいいかな?」



 そうして店主は、厚くて重くなった表紙を開いた。








 寄せては引き、寄せては引く。

 誰に決められたわけでもないのに、ただひたすらずっとそんな事をしている波打ち際。



 夕日に照らされる海は空までもを輝かせ、紅く浜辺を照らす。



 楽しそうに恋人や家族、そして友達同士だろうか、そんな人々が賑やかに遊び回っている中。



 一人の少女が、泣いていた。




 真っ白なワンピースを纏い、長く美しい黒髪を風に任せ、小さな体をさらに小さくして、海を見つめる大きくて美しい瞳から、たくさんの涙を流している。



 そんな少女の少し後ろに、本屋の店主は立っていた。



 海水浴場には不釣合な格好のまま、暫く少女を見つめて、足を取られる砂浜にヨロヨロしながら、少女の横まで来ると、同じように座った。



「綺麗な海ですね」


「本当に」


「そんな綺麗な海を前にして、どうして泣くことがあるの?」


「泣きたいから」


「ふぅん」


「あなたはだぁれ? 神様? 魔法使い?」


「僕もわかんない、誰だろね」


「変な人」



 初めて店主を見た少女の目からは、まだ涙が溢れていた。


 少女の表情を初めてみた店主は、そんな少女へにっこり笑ってみせると、ふと足元に落ちているものに視線を落とした。



「それは、本?」



「ううん、アルバム。思い出を、流しに来たんだけど出来なくて、泣いちゃった」



「思い出を流しに?」



「うん。あのね、わたし、大好きな人とサヨナラしたの」



「そうなんだ、ねぇ、見てもいい?」



「いいよ」



 賑やかな声が少し落ち着いてきて、波の音が大きくなり始めた。


 時折吹く風が波を押しとどめ、白く泡立つ。


 少女の足元に刺さるように立っていたアルバムに手を伸ばした店主は、偶然少女の足に触れてしまった。


 この暑い中、ずっとここにいただろうはずなのに、冷たい肌に驚き、手を止めてしまいつつも、改めてアルバムをしっかりと手にした。



 そこには楽しそうに笑う少女と男性が写る写真がたくさん貼られていた。


 小さなメモには日付や場所、コメントなんかが描かれていて、少女の性格がよく現れているよう。



 それはまるで、絵日記のようだった。



「とっても素敵な写真だね、コメントなんか、すごく気持ちがこもってて、凄く嬉しい楽しいが伝わる」



「ありがとうございます」



 初めて笑った少女だったけれど、その瞳から涙が止まることは無かった。


 白い肌を伝う雫が、ゆっくりと頬をつたい、砂浜へ吸い込まれていく。



 ゆっくりゆっくりページを開き続け、最後のページに来た時、店主は少しだけ時間をかけてそのページを見ていた。




「これはあなたが書いたの? それともこの写真の男性?」



「わからない、もう、わからないの」



「わからない? どうして?」



「私だった気もするし、あの人だった気もする」




 ゆっくりと海へと視線を戻した少女は、小さく息を吸って吐いて、目を閉じた。


 少しだけ多くの涙を溢れ出させ、目を開く。



「あの人が大好きだった。けれどそれはいけない想いだった。あの人には大切な人がいた、なのに私は、想いを伝えてしまった」



「うん」



 もう一度、最初からアルバムを開き直した店主は、一つ一つ丁寧に見直していく。


 よくよく見ると、男性の指には指輪が光っていて、よくよく見てみると、夕方か夜の写真ばかり。



「優しいあの方は、素直に受け止めてくれた。だから私はあの人の言うことをなんでも聞いた。本当になんでも。それが私の罪を隠してくれる、無かったことに出来ると思い込んで」



「うん」



「だけど結局それは、偽りの関係。いつまでも続けられるわけがない。あの人が私との関係を終わらせると言った」




「うん」



 少女はゆっくりと顔を伏せ、再びたくさんの涙を流す。

 ポタポタと滴り落ちて吸い込まれいく様子は、まるで砂時計のよう。



「分かっていたはずなのに、分かっていたから、私も素直に従った。それが大好きなあの人のためだと、あの人の幸せのためだと思ったから」



「うん」



 もう一度、最後のページを見た店主は、そっとアルバムを閉じると、少女の横顔を見た。


 笑っているはずなのに泣いている、不思議な表情に、ただただじっと見入っていた。



「だけど、私はもう、あの人無しでは生きていけない位にのめり込んでいた。だから、なんとか良い思い出にして、忘れたくて……最後に何か思い出を残したくて、思い切ってあの人に連絡を取った」



「うん」




 最後のページに載っている写真は笑っていた。


 とても幸せそうに、とても楽しそうに。


 少女が大好きだったその人が笑いあっていた。



 けれど、コメントが少しだけおかしかった。




 少女らしからぬ残酷なもの。




「あの人ってば、連絡はしちゃいけないとか言ってたのに、すぐにメール返してくれたのですよ、可笑しいでしょう? なぜだと思いますか?」



「なぜかな?」



「……俺が送ったものじゃなかったから」




 店主の後ろ。



 いつの間にかやって来ていた男性が、手に花束を持って、驚いたような表情と、悲しそうな表情を混ぜたような、おかしな顔で立っていた。



「やっと、会えた。会いたかった」



「私も会いたかった、良かった。今日で最後だった」



「あなたは、この写真の人?」



「はい」



 同じ背丈をした二人の男性。


 たくさんの写真に映る少女が大好きだった男性と、場違いな服を着た店主が向かい合い、そしていつの間にか波打ち際に立った少女を見た。



「大好きなあなたの、大切なフィアンセに見つかっていた。怒ったフィアンセが大好きなあの人に成り代わって私と約束を交わし、ここへ来た。馬鹿な私は信じてここへ来た」



「君は馬鹿じゃない、馬鹿なのは俺の方だ」



「そして私は、思い出のこの場所で、最後の写真を見た、それがそのアルバムの最後の写真」






 最後の写真は、少女の大好きだった彼と、少女ではなく、きっと今話に出た彼のフィアンセだろう彼女が、間違いなくこの場所で撮ったであろう写真だった。



【あなたの大好きな人が私と笑ってくれてる、これが本当の笑顔。素敵な海には、素敵な関係の私たちが良く似合う】





 そんなコメントと共に締めくくられているアルバムを、少女は大切そうに抱きしめた。




「幸せそうに笑っているあなたが写っていて、良かった。安心した」



「違うだろ! 君は騙されていた! いけない関係にしたのはこの写真の女なんだ」



「よく分かんないなぁ、本命が二人なの?」



 空気を読まない店主は、軽い声音で男性へ尋ねる。


 そんな店主の腕を引き、何度も顔を振った。



「違う、違うんだ! 俺たちは本気でお付き合いを始めていたんだ、そんな時に……俺は酔った勢いで他の女と寝てしまった、それをその女は勘違いして、彼女が浮気相手だと触れ回ったんだ!」



「うん? えっとえっと、待って、整理するから」




 男性から腕を引き抜いた店主は、そのまま腕を組み、考える素振り。



 じっと男性と、波に足をつけてこちらを見つめる少女を見交わした。



「本当のカップルはあなたとあの美しい少女?」



「はい」



「そしてなんだか知らないけれど、君が酔った勢いで他の女とみだらな行為をした挙句に、その勘違い女に、この少女が浮気相手だと言いふらされたと?」



「……はい」



「バカなの?」



「そんなストレートに、じゃなくてはい、馬鹿なことをしました」



「それで何故、彼女が死ぬことになるの?」



「それは……」



「誰だかわからない魔法使いさん? 彼を責めないで。私がもっとしっかりした人間だったらこうならなかった」



 波打ち際に立っていたはずの少女は、いつの間にか膝まで海に浸かっているようで、少しずつ少しずつさらに小さくなっているようだった。



 たくさんの涙を流しながら、それでも笑う少女は、店主が口を開こうとするのを、遮るように言葉を続けた。




「彼は魅力的な人、そんな人が私のそばに居ることこそがおかしな事だったのです。彼に見合う人が今の人、今の彼女が私を疎ましく思うのも無理はないの、だから……彼の幸せのために、彼女の幸せのために、私は身を任せた」




「それがこの結果なの?」




 白いワンピースの横腹。



 黒く染み込んだそれが、白い肌にも服にも目立つ。



 破かれた先には大きな傷があるはずなのに、暗闇になっていて見えない。




「彼女にとって、私が生きていることは不安でしかない。いつ私がまた、あなたのことを忘れられなくて連絡してしまうかわからないもの。私だって彼女の立場なら、同じことをしたかもしれない」



「君はそんなことしないよ! 絶対しない、だから、だからーー」



「ごめんね、そのお願いだけは叶えられないみたい」



「でもっ!!」



「もう、仕方ないなぁ。でもこの願いは馬鹿な君の願いじゃなくて、心まで優しすぎる彼女の為だからね?」



「え?」



「美しすぎる少女さん」




 ふわりと海に沈みいく少女の元へ歩み寄った店主は、魔法使いのように、その辺に落ちていた木の棒を振ってみせる。


 それでも涙を流している少女は、不思議そうにその動きを見つめる。


 ぽたぽたと落ちる雫は、海へと吸い込まれ、キラキラと夕日と交代に出てきた月を揺らす。




「あなたの願いはなんですか? 最後に一つ、この魔法使いが願いを叶えてあげましょう」




「願い?」



「そう、あるでしょう? たった一つの願い事が」




 困ったような表情をしながら泣いている少女は、ふと少し先にいる、花束を手にした大好きな彼を見つめ、そして店主を見つめた。




「私の願い事はいいです、なので良ければ、彼の願い事を叶えてあげてください」




 すっと伸ばされた細く白い腕、そこからのびた人差し指が、しっかりと彼を指す。


 驚いたようにそれを見つめる彼は何かを言いかけて




「違うっ! 僕はあなたの願いを叶えるの! 最後くらいワガママ言いなよっ、そんな事じゃあなたの大好きな彼も幸せになれない!」



「えっ?」



 今日見てきた中で一番たくさんの涙を流す少女は、潤んだ瞳で彼とそして店主を見つめる。



 今までみたいに時折隠すこともせず、ぼろぼろといくつもの涙の筋を作り、キラキラと波とは別に水面を揺らしていく。



 少女らしく腕で自分の顔を拭い、波に負ける声が店主の耳をかすめる。



「なぁに?」



 少女と同じように、海に浸かっているはずの店主なのに、その服はどこも濡れていなくって、まるで店主を避けるように波が引いていく。



「ーーーーしたい……」



「自身持って、大丈夫だから、大きな声で」



 一瞬、波の満ち引きが止まり、満月の明かりが海を照らす。


 風が止まり、まるで切り取られた空間が彼女の声を響かせた。



「ぎゅって、彼の胸に抱きしめられたい!」



 瞬間、少女の腕にだかれていたアルバムが眩いばかりの光を放った。


 その光は少女を包み込み、だんだん大きくなって、店主と、そして少女の大好きな彼をも包み込み、消えた。







 バサリと音がして、波打ち際の砂浜に、一冊のアルバムが落ちた。



 最初に見た時のように突き刺さるそれを、店主がそっと拾い上げる。



 三度目の表紙をめくる行為をして、ゆっくりと眺めていき、あっと言う間にやってきた最後のページ。



 そこにはーーーー。







「護ってやれなくてごめんな、本当にごめん。でも最後まで俺の願いを叶えてくれてありがとう、本当にありがとう、ありがとう!!」




 波打ち際に両膝をつき、男らしからぬ大声で泣き喚きながら崩れ落ちそうになって、店主は、彼の腕を支えた。



 持っていたはずの花束は海に流されて、月に吸い込まれるよう。



「さぁ、罪を償ってあげなきゃ」


「俺は、俺は何を……」


「一人の女も幸せにできないの?」




 手にしていたアルバムを彼に手渡し、ついてもいない砂を払うと、店主は彼に背を向けた。




「なっ、なんて事を……」



 せっかく腕を引いて立ち上がらせてあげたのに、彼はまた泣き崩れるように砂浜に突っ伏し、大声で泣いていた。






 可愛らしい満面の笑みを浮かべた、泣いてなんていない少女と、大好きだった彼が幸せそうに抱きついて、額を寄せ合い、笑う写真。




【たくさんの幸せをありがとう、どうか大好きなあなたと、フィアンセが、これからもっともっと幸せになりますように】










 白い本が沢山並ぶ本棚の間で、今日も店主はご機嫌そうによくわからない歌を歌う。




 新しく増えた色のついた本を手に、表紙を撫でる。




 そこには美しい海を背に、二人の男女が笑っている。




「恋かー。ワガママ過ぎるのは大変だけど、ワガママ過ぎないのも大変なんだなぁ」



 彼女いない歴=年齢の店主は、いつかの夢を思い描いて本をしまう。



「アルバムは人の気持ちを表す本、なーんていうのかなー。ほーん♪ ほーんは~」




 何度目かのよくわからない歌を口ずさみ始めた時、店の扉が久しぶりに開かれた。




「いらっしゃいませー、ようこそ……あら? あなたは」



 白く美しい少女が、今度は上から下までちゃんと真っ白なワンピースをまとって、そこに立っていた。

 もう泣いてなんていないその表情は、どこか恥ずかしそうで緊張しているようでーーーー。




「あの、人手がいるからとお聞きして……」



「あぁ、アルバイトさんですね、どうぞどうぞ」




 飛び交う本の間を、サラリと交わして入口まで来た店主。


 小さな少女は見上げるようにして、心の底から湧き出すような、美しく可愛らしい笑顔を浮かべた。

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