⑤安眠を妨害しないで!
「じゃ、俺はもう寝るから」
PCのモニタに映るハヤナにそう言い残して席を立つ。
彼女のアプリを一通り評価した後、改善案を互いに考えていたりしたが飽きた。
それで俺は抵抗するハヤナを脇目にネットサーフィンなどをしていたが、ハヤナもそれに興味を持ったのか、ウィンドウの外でそれらを眺めていた。
『もう活動限界なのですか? ニートというのは夜型だと存じておりましたが』
ヘッドセットを外したのを見ると、モニタから姿を消し、俺が手にしたスマホの画面に瞬間移動する。
器用なヤツめ。
「俺は健康第一なの! ライフサイクルは標準的なの!」
『いやいや、クズなご主人がそんなこと言っても説得力なんてありませんって!』
相変わらず一言も二言も多い。
「分かったから、俺の睡眠は邪魔するな。寝てる間はその甲高い電子音声を聞かせるな。脳が溶ける」
『あっはっは、既にツルツルの脳ミソがこれ以上酷くなろうが構わないでしょうって!』
くそ、食事中に見せた笑顔がちょっとばかし可愛かったからって調子にのりやがって。
スマホをデスク上のスタンドにセット。バッテリーは既にスッカラカン。
ハヤナがその身を現している最中は目に見えて消費されていた。この大食いが。
部屋の電気を落とし、ベッドに潜り込む。
『あ、あのー……ご主人?』
暗い部屋をスマホの有機ELディスプレイは煌々と照らす。
ハヤナは電源を落とされることに強い拒絶反応を示していたから、これはせめてもの慈悲だった。
PCよりはスマホのほうが消費電力少ないし。ただバッテリー劣化しそうだな。
『ご主人……ひっく……聞いて下さいよお……』
あれだけ念を押したのにまだ言うか。
『うぅ……ご主人~!』
「うるせえええええ!なんだよ、ニートの安眠を妨害して楽しいのか!?」
あまりにもしつこい!
仕方なくベッドから這い上がってスマホに目をやる。
画面の中で、ハヤナは零れる涙を必死に拭っていた。
小さな顔には不釣り合いな大きな瞳を真っ赤にさせて。
『うぐぅ……一人は……寂しいですぅ……』
「はあ? 俺は寝るんだ、お前も寝ればいいじゃねえか」
……この言葉、ちょっと危うかったか?
いやいや、コイツは所詮ポリゴンで作成された電子上の生命。
見かけこそ少女だろうと性別なんかない。つまり問題ない。
『ひっく……私は0の領域の生命です……睡眠など必要ありません……』
そりゃそうか、ロボットが寝ることなんてないもんな。コイツもそうか。
「だから?」
『ふぇ?』
「俺が知ったことじゃねえよ、朝までネット見てればいいだろ。俺はむしろ羨ましいくらいだ」
『ひっ……酷い! クズ! ニート! ロリコン! 童貞!』
「黙れえええええ!」
『びえええええん!』
俺が何か言えば罵倒で返しやがって、泣けば許されるとでも思ってんのか!?
みっちり教育でもしてやるか……そう思ったとき、部屋の扉がノックされた。
『ねえ……誰かとお話してるの?』
やべ、母さんだ。この騒ぎで起こしちまったか?
「な、何でもねーよ……テレビの音」
『そう……もう寝なさい』
「わかってるって……」
ハヤナのことは両親には教えてない。説明するのも面倒だし。
足音が遠ざかるのを確認し、ハヤナのいるスマホを手に取る。
「お・ま・え・の・せ・い・だ・ぞ」
『うぅ……私がなにしたって言うんですかぁ』
強いて言うならば、存在すること。
「はぁ……どうすれば大人しくしてくれるんだよ?」
もうコイツの相手をするのにも疲れてきた。
『え、えーとですね……なんというか、その……』
良く聞こえなかったのでスピーカー部分に耳を当てる。
ハヤナの要求は至極単純なものだった。
『えへへへ……』
すげえゾワゾワする。
枕元に置いた煌々と輝くスマホから、ハヤナの不気味な笑い声。
彼女が要求したのは“隣にいたい”というものだった。
聞いた直後はそりゃ多少は心が揺れたが、コイツは人類の支配を企む極悪非道の人工知能。
そしてちんちくりんな寸胴ボディ。まるで魅力なんてない。
『えへへへへへ……』
「うるせえええええ!」
誰かと口喧嘩するのは久しぶりだったな……そんなことを考えながら侵略者に背を向け、俺は眠りについた。
夢なんて見れない……そう知っていたのに。
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