⑤ケーブルは安全に抜いて!
「………………」
『………………』
運命の日が訪れた。
「…………これでいいのか?」
『…………はい。あ、証明書を貼っておきましょう。念の為に期限は長めに設定を』
気を抜けば閉じてしまう瞼をこすり、ハヤナが指示するままにキーボードを叩く。俺の指はまるで一体化しているかのように滑らかに動いた。
ポン、と軽い電子音が鳴り、全ての工程が終了したことを告げた。
「…………終わったあー」
緊張の糸がぷつんと切れ、椅子の背もたれを強引に倒して凝り固まった体を伸ばす。
やりきった。
完成した。
俺は一つのゲームを生み出せたんだ。
『お疲れ様でした、ご主人』
いつもはキャンキャンうるさいだけのハヤナだが、今回は騒ぐことなく、ゲームの完成を労った。
空中にその身を浮かばせる人工知能は、柔らかい笑顔を浮かべていた。
「…………お前もな、ハヤナ」
口だけでも礼を言ってやる。
なんだかんだ、この一週間はAIであるこの少女に助けられた。
何の知識もない素人が、こんな短期間で一からゲームを製作することなど不可能。それを可能にしたのはハヤナのサポートがあればこそだった。
まあ、音痴リサイタルを開催したり飽きてアニメを見たりと俺の邪魔をすることもあったが。
『おや~? マイクの感度が悪いようです。何と仰いましたかご主人?』
張本人はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。
絶対聞こえてただろ。
だが怒鳴る体力もない。それに朝だし、静かにしないと。
「だから……まあ、その、なんだ。感謝してる」
俺が作業している間、次々に湧き上がるプログラムの疑問を丁寧に解説したり、手本としてコードを書いて説明したりと大忙しだった。作業外時にプログラムに関する蘊蓄をぺらぺらと語りだした時は、さすがの俺もMRデバイスを壊そうかと思ったが。
まあ、お前がいなければ無理だったのは確かだし。
それを言うと、ハヤナは『ちっちっち』と指を振る。
『私が聞きたいのは、そのような言葉ではありませんので』
「はあ……?」
ポンコツなお前を褒めてやったのに何が不満なのか。
『ここは、“お前がいなければ何もできなかった! これからはどうか、この卑しい豚になんなりとご命令を!”という言葉です!』
「………………」
呆れて物も言えない。
出会った頃はそれなりに素直だったというのに。
素直だったよな。
そうでもないか。
『な、なんですかその憐みの目は……』
「いや、別に」
どっと疲れが襲ってきたし、口喧嘩なんてする気も起きない。
こんな頭の可哀想なAIに構うのも面倒だ。
「じゃあ俺、ひと眠りするから……」
徹夜して作業していたため、三大欲求である睡眠欲がピークに達していた。
もう無理。
このまま椅子の上で寝てもいいが、ハヤナにジロジロ見られるのは気分が悪い。MRデバイスを外してもノートPCのカメラにどうしても捉えられてしまうし、やはりベッドのほうが落ち着く。
デバイスに手を掛けると、慌てた様子でハヤナが制止する。
『お、お待ちくださいご主人!』
思わず手が止まる。
切羽詰まった様子でハヤナは続けた。
『大切なことを忘れていました!』
「へ!?」
何だ、重大な欠陥でもあったのか?
いや、内容は稚拙だがゲームと呼べるものには仕上がっている。
では、別の見落としが――。
『タイトルが……決まっていません!』
「………………」
チラリとPC画面に視線を向ける。
たった今作成されたAPKファイルの名前を確認。
“subject-24”……なんとも味気ないものだった。
「……後でいいだろ」
とりあえず完成したんだ、しばらくデスクから離れたい。
それにストアへ公開するワケでもないんだし、名前なんか決めなくてもいいんじゃないか?
『いえいえ、すぐに決めましょう! 実は私、もう考えてあるのですよ!』
ふふんっといつものように胸を張る。
センスがないハヤナのことだ、嫌な予感しかしない。
『その名も、【時と時空と永遠の旅】! 略して【トキトワ】です!』
「ぶふぉっ!?」
その略称はまずいだろう!?
いや、略称ならセーフか!?
アウトに近いセーフなのか!?
「却下だ却下! 横文字使わないのは結構だが、タイトルから中身が想像出来ないだろうが!」
作成したのはラン&ジャンプゲーム。所謂ランゲー。
時、時空、永遠、旅という要素など何一つ含んでいなかった。
『ええい、なんとも想像力が乏しい方ですねご主人は! ならば“イケメンな俺の冒険譚~ランとジャンプでダンジョン攻略~”とでも名付けるのですか!? かっこわるー!!』
極端に訂正しやがった!
某大手小説投稿サイトに投稿されている作品のタイトルみたいだなお前な!
「待て待てイケメンだと? あれをイケメンと認識できるのはこの世界でお前くらいだ!」
今回、キャラクターの絵はハヤナが描いたものを使用した。
手を加えることは禁止されていたが、まあ絵を使うくらい大丈夫だろう。
フリーのものでも良かったが、どうしてもと頼むので了承したのだ。するとすぐに描き上げた。線の太い時代遅れのデザインで。
『どこからどう見てもイケメンでしょう!? 少なくともご主人よりはカッコイイですので!』
「うるせえええええ! 3次元と2次元には越えられない壁があるんだよ!」
俺がブサイクなのは放っておけ!
『【ボルグレ】のキャラに発情したクセに何を言いますか!』
「はっ発……そんな言葉を使うんじゃありません! 前にも言っただろ!」
PCの上には大人気ソーシャルゲーム【ボルグレッドファンタジー】登場キャラクターのプライズフィギュア。
どちらも美少女。ぷるんぷるんです。
それは置いといて……本当に疲れてきた。
「もうお前の美意識はもうどうでもいい……現実なんて汚い事が溢れてるんだ、仮想にカッコよさや可愛さを求めるのは当然だろ」
ストレスばかり溜まってゆく現代社会。
好景気だとニュースは報道するが、懐を温めるのは一部の人間のみだ。
恩恵に預かれないその他の人間は、それぞれのやり方でストレスを発散している。
俺の場合はゲームだろうか。
『ほほう……その言葉は、私にも可愛さを求めているという意味でしょうか?』
「…………あ?」
ニタニタと気持ち悪く笑うハヤナ。
次の発言は想像できた。
『まあ仕方ないでしょうね……なにせこの私は、美少女AIなのですから!』
無視してシャワーを浴びに向かった。
☆ ☆ ☆
「じゃあ、今からお兄ちゃんの愛の結晶を受け取るからね?」
部屋に上がり込んできた新菜が言う。
なんだその表現は!? 多感な男子が聞いたら勘違いしそうじゃないか!
今は昼時、両親とも出社したから安全だが……何が安全なんだ?
「ハヤナ、面倒だからあなたがやって」
『えぇ……アプリの転送くらいニーナ一人でやって下さいよ』
「何か言った?」
『い、いえ。何でもありません』
優しく説得されたハヤナは意識をPCに移し、APKファイルを新菜に送る。
それはネットを介して端末へ送られるハズだったが――。
「……あれ? セキュリティにはじかれちゃった」
『えぇ……早く設定を弄って下さい』
どうやら不審なアプリと勘違いされたようだ。
だが俺にはウィルスを作成するスキルなんて無い。そんなもの仕込んでない。
野良アプリを弾く本体が悪い。
俺は悪くねえ!
「うーん……面倒だから有線で繋ぐね」
言いながら通信ケーブルを取り出す。
待て、それはどこから取り出した? バッグや手提げなんて無いし、身に纏うのはメイド服だし。
「うふっそれは乙女の秘密……えいっ」
『あんっ……』
ケーブルが挿入されると共に響くハヤナの嬌声。
「え……?」
『…………』
何事かと目をぱちくりさせる新菜。
モニタに表示される、恥じらいに頬を染めたハヤナ。
今まで見ない・聞かない・知らないフリをしていたが……。
「…………」
『あっ……やっ……やめっ…………ひゃあっ!?』
「無言で抜き差しするな新菜! 安全な取り外しを守ろう! な!?」
無かったことにしよう。
「よし、コビーできた。インストールさせてもらうねお兄ちゃん?」
「お、おう」
自分が作ったモノが他人に触れられるというのは、なぜか気分が高揚するな。
かろうじて遊べる程度のものだが。
『はっ……はあっ……ああっ…………んんっ』
いつまでよがってるんだ人工知能。
電子音声の嬌声なんて聞きたくない。
「うふふっ愛の結晶が私の中に入ってきてる……それにおっきい」
「スマートフォンの中にだろうが! しかもサイズは1メガ以下だ!」
なんなんだこの空間は!?
口の悪いイラストレーターと茶を飲むほうがマシだ、童貞にはキツすぎる!
「そう興奮しないでお兄ちゃん。あ、準備できた」
インストールが完了すると、俺に向き直って宣言。
「うふっ……ではこれより、評価を開始します」
「お、おう」
評価か……大した結果は残せないと分かっているが緊張する。
もしこれで高評価なら、広告でもつけてストアへ並ばせるつもりだった。
「その前に聞きたいことがあるんだが」
「なに? いいよ、何でも聞いて?」
それは以前に聞いたことの確認。
「就職がどうのこうのって話……アレは本当か?」
「うふふっもちろんだよ。無理強いはしないけど」
しばらくニート生活をしていた俺にとって、これは社会復帰するチャンスだった。
緊張と期待に震える俺に、新菜は小声で付け加えた。
「もし入社してくれたら……イイコト教えてあげる」
「…………!」
イイコトか……一体何なんだろう。
甘い囁きに蕩ける俺を尻目にして、新菜はゲームを起動させる。
「ふふっメニュー画面はシンプル……オプションは最低限で、難易度選択は無し。まあこんなものかな」
淡々とレビューされる。
俺だったらそんなゲーム、プレイしたいと思わないな……作ったの俺だけど。
「ラン&ジャンプゲームかぁ……動き自体は滑らか。でもスピード感が伝わらない演出に、不自然な判定。致命的なのは、動作とSEのズレ。スペック不足は関係なさそう」
「うぐっ…………」
やはり誤魔化しは無理だったか。
その後もネチネチと不満点や改善点を指摘され、チキンハートな俺の精神はズタボロ。
うん。まあ、こうなるとは思ってたけど。
「落ち込まないでお兄ちゃん、知識なしにこんな短い間で完成させたんだからすごいよ! うふふっ偉い偉い!」
「……それはどうも」
年下の少女に慰められるとは……空しい。
しかし、ハヤナが何も言わないとは。一緒に開発したも同然だ、思い入れはあるだろう。
PCに視線を向ける。
確かにそこにいた。
『はあー、はあー、んっ…………はあー』
……。
まだよがってたのかコイツ。
いい加減に落ち着け色ボケAI。
『ひっひっふー……ひっひっふー……』
なんだか怖くなってきた。
お前AIだよな? 間違いないよな?
「うふふっじゃあ選考結果を発表するね、お兄ちゃん」
「は、はい」
思わず畏まる。
運命の時。
…………。
いや、だからエントリーシートなんか出してないって。
だというのに採用試験?
得体の知れない会社に?
雇ってくれるならそりゃ嬉しいが。
ネットで検索してみると確かに存在した。ソーシャルゲームを運営する、株式会社トライピース。
募集をかけてはいたが、どれも資格が必要な職種。
俺を必要とするハズがない。
必要なのは……ハヤナ。
「残念ながら、今回はご期待に添えない結果となりました」
「………………」
「お兄ちゃんの今後一層のご活躍をお祈り致します」
「………………」
正直言うと、淡い期待を持ってました。
理由は知らないが、俺をお兄ちゃんと呼んで甘えたりからかったりするこの少女に。
無理矢理合格させてくれるのではないかと。
「というのは冗談で……」
「………………?」
は?
なんだまたからかってくれたのか。
ははは、心臓に悪いなあ。
「お兄ちゃんをアルバイトとして採用します」
「………………は?」
何?
バイト?
「私、正社員として雇うとは言ってないよ?」
「………………んん?」
そうだったっけ?
「これからよろしくね、お兄ちゃん!」
「………………はあ?」
『んんっ……あっ、あっ……はあっ……はあっ…………んっ!』
はい。
クドいくらいが丁度いいかと思います。
全く関係ないですが、バグによってイケメンの首が180度回転しました。見てるだけで面白かったです。
アレです。アレですよアレ。
はい。イケメンだと思います。




