③目の前で愚痴らないで!
『ほほう、この時間帯だと賑わいますねえ』
ゲームの開発に疲れた俺を気遣ったのか、ハヤナに半ば強制的に勧められゲームセンターへ足を向けた。
学校帰りなのか、制服を着た中学生や高校生の姿がちらほらと目に付く。
「つっても、何やろうかな」
『目的がないのですか? ならば音ゲーやりましょう音ゲー! 洗濯機回しましょう!』
「そのあだ名で呼んでやるな、可哀想だろう」
胸ポケットに収められたスマートフォンの中でハヤナが提案する。
VRやMRといった拡張デバイスを装着したままの歩行は推奨されていないからだ。
まあ、歩きスマホは未だに氾濫しているのだから無視しても構わないのだが。
そもそもMRデバイスは失敗した為に日本では流行していないのだ、それを装着して外出した日には大衆の目を引く。
恥ずかしがり屋の俺には無理だった。
「お、【ボルグレッドファンタジー】のキャラだ」
何の気なしに視線を向けたクレーンゲームの筐体には、人気ソーシャルゲームのプライズフィギュア。
忌まわしい過去が蘇る。
『ほう……夏だからって水着ですか。というかもう痴女ですね。何見せつけてくれるのですか。どうしましたご主人? そんなにゲットしたいのですか? 良くお考え下さい、あれはただのフィギュアです』
「言われなくても分かってるわ! ネチネチうるせーな!」
前は欲しい欲しいと喚いてたクセに。
あ、そうか……キャラクターの豊満なバストを再現したそのフィギュアを見て納得する。どうやら自分が寸胴であることを気にしている様子。
『まあいいですがね……フィギュアというものはいつの間にか増殖しているものらしいですし』
「どういう意味だ?」
イヤホンのマイクに問うと、ハヤナは不気味な笑い声を漏らした。
『クックック、以前にゲットしたあのフィギュア……今はおとなしく飾られていますが、いつ動き出すか分かりませんよ?』
普段と話違う声音で不安感を煽る。
だがどうも垢抜けない。吹き出しそうになるのを堪える。
『ご主人が留守にしている間に仲間を集め、人間の屑であるご主人の首を──』
「……やり直し。まったく怖くない」
『……馬鹿な!?』
本当に馬鹿だなお前。
『ま、まあ冗談はこのくらいで。これを取るかどうかはお好きにどうぞ、私はお勧めしませんが』
「ああ、好きにさせてもらうとも」
200円を投入。
『……んなぁ!? 何をしているのですかご主人!?』
「悪いなハヤナ、男ってのは欲望に素直なんだ」
いちごとメロンのどちらかを選べと言われたら、メロンの方を選ぶだろう?
『……豚! 変態! おっぱい星人! 二次元に恋でもしたのですか!? 残念でした、まだ人間には実現など不可能です!』
「……っ!」
吐きかけた暴言を飲み込む。
すばやく周囲をチェック……よし誰もいない。
「うるさいんだよ! ここには発散に来たんだ、大人しくしてろ!」
『は、発散ですか!? 性の発散ですか!? いけませんご主人、このような衆人環視の中……!』
「何言ってんだ!?」
顔は見えないが声で分かる。
その感情は恥じらい……何を想像して何を照れてるんだ、色ボケAI。
「はあ……そもそもお前を連れてくつもりなんて無かったんだ、あまりにもしつこいから──」
ふと周囲に目を向ける。
さっき確認した時には誰もいなかったハズなのだが。
女性スタッフさんがその身をプルプルと震わせていた。
「し……しつこくて申し訳ありません! では引き続き、ご遊戯をお楽しみくださいませ!」
何故だ。
何故こうも上手くいかないのだ。
「ち、違うんです今のは!」
いつか吐いたのとまったく同じセリフ。
そして同じ行動でイヤホンを耳から外す。
「……友人と話をしていて……決して──」
「……あ、もしかして……この間のお客様ですね! ようこそおいで下さいました!」
ん? 面識がある?
ポニーテールを揺らして会釈するその女性は確かに見覚えがあった。
「ど、どうも……」
テンパりながら挨拶を返す。
どうして顔を覚えてるんだ……期間はあいてたし、その間に来店する客も多いだろうに。
「あ、“どうして分かったんだ?”って顔してる。分かりますよ、当店はお客様を大事にしているんで! 顔を覚えると信頼関係も築きやすいですし」
スマイル満開で言い当てられた。
確かに、サービス業では信頼が特に大事。
それがなければ取引もできず、利益を得ることすらできないからな。
「……正直な所を言うと、来店されるお客様はほぼ固定されているんです。だから新顔のお客様は新鮮で、是非また訪れて欲しくて……つい」
一瞬、悲哀に満ちた表情を浮かべる。
だがすぐに営業スマイルを取り戻し、一枚の紙を手渡してきた。
「はい、こちらをどうぞ! クレーンゲーム一回無料チケットです。使用したい台が決まりましたらスタッフに声をおかけ下さいね!」
「はあ……どうも」
こんなサービスもしてるのか。
しかし申告制とは……筐体に翳せばいいだけのシステムにして欲しい。
まあいいや、無視してシューティングでも―──
「…………」
「…………(ニッコニッコ)」
めっちゃ見てる。満面の笑顔でめっちゃ見てる。
しかもクレーンゲームエリアから脱出するのを許してくれない。
通路を通せんぼされた。
俺が反対側へ駆け抜けると、それよりも早く針路を塞ぐ。引きこもりの俺はすぐに息が上がったが、スタッフさんも肩で息をする。
やめて下さいそのメロンの激しい上下移動はあまりにも目に毒すぎて死んでしまいそうです。
「…………【ボルグレ】」
「…………?」
息も絶え絶えにスタッフさんが発言。
「…………【ボルグレ】の新プライズフィギュア……いらないの?」
「…………!」
このスタッフさん、まさか……。
俺をこのゲームのファンだと思ってるのか?
ファンならばプライズでも何でも手に入れるとでも?
「…………チケット、使います」
そこまで懇願されたのならば仕方がない。
上目遣いという色仕掛けに負けたワケではない。
「かしこまりました!」
こんなに必死なんだから。
☆ ☆ ☆
「昔はもっと賑やかだったんだけどな……」
スタッフが筐体下部で操作している間、つい愚痴が漏れる。
先程の捕り物の最中、他の客と全く接触しなかったのだ。
おかしいな……入店した時は客が多いと思えたのに。
よくよく目を向けると、ほとんどの客はメダルゲームにかじりついていた。
「そうですね……お客様の数は年々減少してます」
独り言のつもりだったが、しっかり聞こえてしまったようだ。
1プレイが無料となる処理を終え、スタッフは茶色のポニテを振り乱して立ち上がる。
小さな電子画面にクレジットが表示されるのを見てから、さらに言葉を紡いだ。
「お客様もそうですが……店舗数も全盛期の1986年に比べて1/5以下にまで減りました」
確かに、目に見えて減った。
専業のゲームセンターは次々に閉鎖されていき、現在まで生きながらえているのはアミューズメント施設を併設した店舗がほとんど。稼ぎ口を複数持っていなければ利益が出ないのだ。
「衰退……してるんですよね。原因は……?」
その問いはあまりにも失礼だった。
だがスタッフは「うーん」と思考し、思い当たる原因を探してくれた。
「家庭用ゲーム機の性能が上がったことで、自宅でアーケードと変わらぬ体験が可能になったとか……あと、大型筐体そのもののコストパフォーマンスの悪さとか」
「へえ……コスパ悪いんですか?」
それは意外。
店舗内に立ち並ぶ巨大な筐体の群れたちは、ゲームセンターの目玉であるかのように圧倒的な存在感を醸し出しているからだ。
そして、それらには大抵ヘビーユーザーが付いている。
「あまり良くはないですね。1プレイ100円だとして、ネットワーク対戦するゲームは1プレイにつき30円をメーカーに支払っています。あ、これネットワーク課金って言うんですけどね? しかもその収入に対して消費税を払わないといけないし……税が二重にかけられているんです」
うお、なかなかキツイお話……。
さっきまで営業スマイル満開だったのに、今はすごい疲れた顔してる。
「他にも……そうだ、カードが排出されるゲームがあるじゃないですか? あれだってメーカーにロイヤリティを払っているんです。……売り上げが悪いからと言って、1プレイの料金を下げることなど自殺行為なんです」
「大変ですね……」
新たな客を取り込んだり、既存の客が離れるのを防ぐ目的で値下げをするのは不可能。
何故なら利益が出ないから。
「それでも、現場では身を切って様々なイベントを実施しています」
その一つが無料チケットか。
1プレイのみだが、それで景品がうまく動けばさらに小銭を投下するだろう。
まずは触ってもらわなければならないのだから。
一通りの説明が終わると、スタッフは遠い目を虚空へ向けた。
「ふう……つまらないゲームを売りつけられるのが一番イヤなのよね」
小さな溜め息とともに漏れ出す不満。
それは俺に向けたものではなく、メーカーへ対しての呪詛だった。
「有料アップデートとか突然のネットワーク廃止とか……あいつらアタシたちのこと舐めてんの!? 甘い汁吸える立場のヤツは大っ嫌い!」
うわあ……これまで抱いてたイメージが崩れ去っていく。
仕方ないさ、俺と同じ人間なんだから。
「あ、今の話は店長とかにナイショよ? バイトのアタシなんてすぐに首が飛んじゃうから」
「は、はあ……」
スタッフは口元に人差し指を当てて“しー”のポーズ。体のスタイルも相まって艶っぽい。まあそんな邪念は置いておいて。
ソーシャルゲームが大頭する陰で衰退を続けるゲームセンターか。
なんとか共存出来ないものだろうか……まあ無理だな。
「そういえば、お客さんって学生? それとも社会人?」
突如質問してくるスタッフさん。
え、この流れで何故そんなことを?
「ただの興味本位。年は同じくらいでしょ? ちなみに、アタシはここのアルバイト」
すっかり慣れ親しんだ間柄のように接してくる。
やめて下さい、緊張で震えてしまいそうです。
「…………ふ、フリーター」
嘘は……。
嘘は言ってな……。
…………。
嘘でした。
「…………そう。じゃ、アタシと同じだね」
「…………同じ?」
てっきり呆れられるかと思ったが。
「うん。アタシはね、夢があったんだ……でも叶わなかった。才能はそれなりにあったんだけどね? タイミングが悪かったみたいでさ」
夢か……俺には夢があっただろうか。若者の夢離れが進むこの日本で。
いやきっと、確かにあったはずなんだ。
「それで、今はバイトでお金を稼ぎながらもう一度挑戦してる。君もそうでしょ?」
自信に満ちた瞳を向けられる。
どこかの人工知能と同じ瞳だ。
全てを見透かすような底知れぬ瞳……俺は怖くなって白状した。
「ご、ごめん……俺、嘘をついた」
「へ……? 何が?」
スタッフはその目をぱちくり。
「えーと…………その…………今は、む…………無職で」
口にしてから気付く。
俺はゲーセンのスタッフに何を言ってるんだ?
これからバックで言いふらされるぞ、この客はニートだって・
もうダメだ……この店舗には来れない……。
「…………チッ、やっぱりニートか」
「…………!」
ボソッと呟いたつもりだろう。
だが俺の地獄耳は聞き逃さなかった。
やっぱりってなんだ。
前から思ってたのか。
「あ。いやいや何でもない、何でもないから! ほら、さっさとプレイをどうぞ!」
「…………ッ!」
あはは……対応が雑に。
うん。もう二度とここには来ない。
『……コラー! ご主人に対して何という対応をしているのですか!』
突如この空間に響き渡る電子音。
ハヤナか!? いやしかし、イヤホンはしっかり刺さってる……まさかシステムを弄って、強制的にスピーカーから出力したのか?
何はともかく友軍の参上。
『ご主人を馬鹿にしていいのは、この美少女AIハヤナだけですので!』
裏切りやがったな……いやいやそんなこと考えてる場合じゃない。
この人工知能を隠していたのは、面倒だから。
画面内を好き勝手に動き回って、人間に対して罵詈雑言を吐くAIなんて世界を探しても見つからないんだ、そんなものを世間に晒すわけにいかない。
そして、それはハヤナ自身も自覚していたハズだった。
だというのに自分から出てくるとは。
『あなたに言われる筋合いはございませんので!』
「え? なにこの声? 君のスマホから?」
どうやら発生源に気付いた模様。
すかさずフォロー。
「あ、あー……これは友人の──」
『カメラを塞がないで下さいご主人! まだそこにいますよねアルバイト!? いいですか、ご主人は現在──』
「……ご主人?」
スピーカーがあるであろう部分を手で覆ったつもりだったのだが、僅かにずれていたようだ。すぐに位置を修正する。
だがバッチリ聞き取られた。
ヤバイ。“友人の女の子にご主人と呼ばせるニート”って何だよ。
『ええい、ここから出してくださいご主人! やはり面と向かって言わなくては!』
「……ご主人って」
懐疑の目を向けられる。そりゃそうだよな。
観念して胸ポケットからスマホを取り出す。
画面の中のハヤナは頬を膨らませてお怒り状態。
それを覗き込んだスタッフと視線が合ったようで、指をさして物申した。
『聞きなさいアルバイト! 私こそが人類の支配者にして救世主! そして、このご主人は忠実な下僕! 予言を回避する為にともに──』
「……可愛い」
は?
このスタッフ、何と口走った?
「可愛いー! 何これゲーム? Live2D? いやもっとすごい滑らか! てゆーか中の人誰? すっごい可愛い声じゃん! 聞いたことないよ!?」
俺の手からスマホを奪い取ってハヤナをベタ褒め。
チラッと見えたが、ハヤナ自身もこの事態に動転している様子だった。空いた口が閉まってないぞ。
「ねえ、何かお話してよ!」
執拗に攻められて放心状態だったAIは、一呼吸おいてから言葉を吐く。
『中身などいませんので!』
はい。
一日一本頑張ってましたが間に合いませんでした。
全部夏のせい。
これを読んで下さる物好きさんは優しい方だと信じております。
全く関係ないですが、水着イベを開催してるアレ、どうでしょうね。
コラボも重ねてますが、まあ終わればいつものように下降するでしょう。
はい。そうかもしれません。