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②裏側を教えないで!


「…………ハヤナ、やるぞ」


 額に浮かぶ大玉の汗をぬぐい、少女に同意を求める。


『…………仕方ないですねご主人……いいですよ』


 少女は緊張に震える声で答えた。


「…………どうなると思う?」

『…………動かしてみなければ分かりません』


 製作を言い渡されてから4日の早朝。

 徹夜でPCにかじりついた結果、一つのアプリが生み出された。

 苦労の末にパッケージ化したそれを、今からエミュレータで動作確認する。

 薄っすらと朝日が差し込む部屋の中、ついにその時が訪れた。


「…………いくぞ」

『…………はい』


 隣に浮かぶハヤナが息をのむ。

 睡眠不足で重たい瞼を開き、机に置いたPCでエミュレータを起動させる。

 スマートフォンの画面を再現したウィンドウが表示され、登場したキャラクターをクリック。

 タッチと判断したシステムが反応し、組んだプログラム通りにジャンプ動作をする──はずだったが。

 画面外に飛んで行った。


「…………」

『…………ぷっ』


 何故だ。


「うがあああああ! どこが間違ってたんだあああああ!?」

『発狂なされないで下さいご主人! 近所迷惑ですので!』


 まさか俺が注意されるとは……大きく深呼吸し、精神を落ち着かせる。

 これまでは騒ぐハヤナを注意する立場だったんだぞ? そう思いながら椅子に座り直す。

 それはともかく。


「修正……修正しないと……」


 開発はトライ&エラーの連続だ。

 まだ一回目、見落としたバグや不要なコードが存在するのは当然。

 すぐにでもそれを見つけて──


『お待ちくださいご主人! この二日、まともに睡眠をとっていないではありませんか! 動作確認したら休息すると言ったでしょう!?』


 付きっ切りでサポートし、珍しく俺の身を案じていたハヤナに前もって言っていたが……アレは嘘だったということで。

 手を加えなければならない箇所があるんだ、すぐに修正しなければ。


「むしろ目が冴えてきた」

『嘘をつかないで下さい、クマがひどいですよ』


 ハヤナはMRデバイスと部屋に設置されたカメラを通し、俺の顔を観察する。

 ポリゴンで表現された体の動作をシンクロさせ、空中を漂い電子の顔を近づけてきた。


『目も充血しています、長時間の作業が原因ですね……鼻息も荒い。おや? 頬が紅潮して……』

「な、なんでもねえ! そんなにジロジロ見るな!」


 手を振り回してハヤナを追い払う。

 もちろん触れるワケがなく、むなしく空をきった。

 やばい、本当に目が冴えてきた。

 ロリコンのケなんてない。そもそもコイツはAIだぞ? 見かけが少しばかり良いからってまさかそんな……。


『何をしているのですか……え、まさか本当に発狂を?』

「するか! 至って正常だ!」


 性嗜好もな!


「はあ……しっかし、思い通りにはいかないな」

『それが当たり前です! ゲームを完成させることは簡単ではありません、それはプロにも言えることです』


 身をもって実感。

 ゲームとして破綻しているのなら俺でも作れる。

 問題は、これをゲームと呼べるかどうか。


『まあ、いきなりランゲーを開発しようとしたご主人が無謀なのですが』

「うぐっ……遊べるものを作りたかったんだ」


 結果として出来たのは、キャラクターが画面外の暗黒宇宙へ旅立ち、その後の物語をプレイヤーが想像する知育アプリ。

 いや、まだ完成してないんだ、これからだって。


『私の提案を素直に受け入れれば良かったのです。シーソーゲームは作るのも遊ぶのも楽しいですよ?』


 シーソーゲームという単語自体、その時に初めて聞いた。

 どんなものかとすぐにダウンロードしたが、俺の趣味には合わなかったようだ。


「まあ……これが上手く動かなかったらな」


 マウスとキーボードを動かし、デームの修正に入る。

 未だにプログラミング言語は良く分からないが、ハヤナが書いたプログラムの見様見真似を繰り返すごとに大雑把には把握できた。

 通常、こんな短期間で素人がアプリを開発できるハズがないってハヤナに言われたっけ。

 それなりに役立ったハヤナ講師は、俺の作業中も愚痴る。


『一番簡単なのはノベル系なのですがね。HTMLが組めるのならアクションゲームよりは製作が容易です。文字を打ち込めばいいだけの作成ツールもありますし……だからニーナは禁止したのでしょうが』


 ノベルゲームの製作は確かに容易な部類だった。

 ネットでざっと探してみたら、出てくる出てくる開発ツールの山。

 しかも、テンプレートを選んでテキストを書き込めばすぐに完成するという夢のようなツールばかり。


「仮にOKだったとしても、俺には物語を書き綴る才能なんてねーよ」

『大丈夫ですとも! ユーザーの目を一番引き付けるのは絵です! エロい衣装を着た女キャラクターが画面でキャッキャウフフしていれば、ご主人のように馬鹿な男どもがプレイします!』

「絵を描く才能もねーよ」


 早く全世界の男性と女性に謝りなさい。


『まったく、ご主人はないないづくしですね……今では色もない』

「色?」


 ハヤナは頭を大袈裟に振って呆れる。

 どういう意味だ。

 そりゃ引き籠ってるから肌は白いほうだが。

 まさか髪? 白髪でも生えたのか。


『無色』

「無職だとおおおおお!?」

『あはははは! ご主人が怒ったー!』

「馬鹿にしてんのかあああああ!?」


 尚もケラケラ笑い続けるハヤナ。

 なんだコイツ……調子狂うな。

 まあいい、無職であることに腹を立てても空しいだけだ。

 ポンコツは無視して作業を再開。


『あ、今思いつきましたが脱出ゲームはどうでしょう?』

「………………」


 惑わされるな、今はただ目の前のゲームを完成させるんだ。


『XXcodeを使えば画面のレイアウトなどをマウスで直感的に設定できますし、タッチ時の処理を書いて画面を切り替えていけば完成しますよ!』

「…………!」


 よせ、聞かなかったことにしろ。


『絵を用意するのが大変ですが、どうでしょうかご主人?』

「………………」


 そうだ、今は、とりあえず……。


「……シャワー浴びてくる」


 ランゲーの完成が見込めないならそうしよう。



 ☆ ☆ ☆



「自作アプリでこんなに大変なら、ソーシャルゲームなんてもっとキツイだろうなあ……」


 椅子の背もたれを強引に倒して体を伸ばして、しばしの休憩。

 肺から押し出された空気と共に、思わず愚痴が出てしまう。

 シャワー後すぐに修正を開始して、どうにか画面外消失バグは収まった。だがそれを直すだけで時間はあっという間に過ぎ、既に時刻は午後4時。

 ハヤナは十分早いと褒めたが、どうもモヤモヤする。


 個人製作でこのザマだ、世に放たれるソーシャルゲームの開発は何百倍もの苦労があるだろう。

 いや、会社規模で製作されるものと比べてどうする……。


『当然ですとも! 独自の戦闘システムやガチャシステムを組むのは骨が折れました!』


 頭上に回り込んだハヤナがそんなことを言う。

 無い胸張って何を偉そうに。

 人工知能に骨なんてないだろう。


『開発側もそうですが、運営も大変ですよ? マーケティングの為に膨大なデータを分析するのですから! ……私も運営側にちょくちょく顔を出しましたが大変でした』

「へえ……」


 ハヤナが珍しく重い溜め息を吐く。

 それもそうか、ゲームとはいえ大事なビジネス。

 顧客であるユーザーについて調査するのは当然のこと。


「具体的には何を分析してるんだ?」


 興味本位に聞いてみた。


『えと、第一にはアクセスUU数・継続率・課金額・課金率といった基本的なKPIですね』


 なるほど、業績向上には不可欠な情報だ。

 つまりは顧客満足度の調査。

 目標達成プロセスが適切に実行されているかどうかをここで計測する。


『第二にイベントへの参加率や達成状況・ガチャやアイテムの売れ行き動向でしょうか。あと、ステータス上位層・中位層・下位層の推移チェックです』

「そこまで調べてんのか……」

『マーケと分析は重なる部分が多いので!』

「ふーん……」


 声音から伝わってくる『私偉いでしょう?』オーラ。

 そんなもの信用できない。


「でも、ユーザー一人一人の把握はさすがに無理だろ?」

『ふふんっしっかり見てますよ?』


 俺の問いを鼻で笑う。

 自信満々な顔でハヤナが説明した。


『設定したアカウント停止の基準から逸脱する行為をした人は必ずチェックされます。抽出したデータを閲覧して停止するかどうか決めるのですが、私も鬼ではありませんので。ゲームバランスに影響しない範囲であれば見逃しました!』


 鬼というか、人類支配を企む悪魔だろうが。

 それは置いておいて、ハヤナに反論。


「大手でもアイテムの無限増殖とか結構あったじゃねーか。アイテムデューブとマクロ使ってRMTするヤツは今もいるし、BANされる様子もないぞ?」


 ユーザー個人の把握なんて、正直疑わしい。


『通常の手順で抽出するならば、気が付かないハズないのですが……他の動きが激しすぎるか、単に手を抜いているだけでは? まあ、炎上もマーケティングの一つですが』


 神妙な表情で説明される。どうやらハヤナも納得いかない様子。

 杜撰な運営って本当にいるんだよなあ。


『とまあ、多くの情報を分析して発展に繋げていくのです。ご主人は意外に思われるかもしれませんが、多くの運営は無課金層へ配慮した設定をするのですよ?』

「へえ?」


 盲目に金を求めるものとばかり思っていたが。


『彼らがいるから賑わいが出るのです! やがて人が集まり、その内の数%のユーザーが優越感を得る為に課金行動に出るのです! ソーシャルゲームは無課金層があってこそ!』

「ふーん?」


 開発と運営はそこまで考えてゲームを生み出すのか。

 今まで俺は、外側しか見ないでハヤナのゲームを酷評していた。


『イベントのパラメータなども、無課金プレイヤーのステータスや所持アイテムを別途考慮して設定します! 私は女神のように慈悲深い美少女AIなので!』

「……ん? お前が作ったMMOで、廃人優遇したイベント開催したって言ってたような?」


 女神云々は無視。

 思い出したのは、かつてハヤナと新菜の会社が製作したMMO、【ヴァルキリーフロンティア~ライジング・プリンセス~】のこと。

 それは多くの爆弾を孕んだゲームだった。

 まあ、ネットゲームとソーシャルゲームでは畑が違うが。


『ぎくっ……はい、そうです。【ヴァルフロ】の反省を活かし、【アイ☆ドル】ではライトユーザーや無課金ユーザーへ配慮したイベントを用意しました』


 頭上を漂うハヤナが首を垂れる。

 そのしおらしい表情は、重力を再現した銀のツインテールによって隠された。


「なるほど、【アイ☆ドル】に課金しなかった俺は間違ってなかったな」

『なっ……!? 本当に非道な方ですねご主人は! 誰のおかげでプレイできると思っているのですか!? お布施して下さい、おー布ー施ー!』

「するか! それにもう終わってる!」


 いつもの調子を取り戻したハヤナがまくし立てる。切り替え早いんだよなあ。

 話題にあがったが、【アイ☆ドル】は既にサービスを終了している。

 今更どこにお布施しろと言うのか。


「つーか、詫びアイテム配りすぎたんだよ。ガチャ引き放題だったし……」

『接続障害はニーナたちの責任です! まったく、渉外対応はスピードが命だからといって、私に相談することなくばら撒いてしまうとは!』


 ユーザーは嬉しいが、運営はいい思いしないだろうな。

 課金されることなくガチャが回るのだから。

 あ、そういえば。


「詫びのチケットとかってさ……確率下げるもんなのか?」


 ソーシャルゲームでは当たり前に配られるようになったお詫びのアイテム。

 それらは強力なアイテムだったり、ガチャを回すチケットだったりする。

 チケットから最高レアリティのキャラクターや、通常プレイでは入手困難なアイテムが排出されることはそれなりにあったが……。


『私たちはそのような情けないことしません! ガチャ更新で確率を見直すのは当然ですが』

「あ、そう……」


 情けない、か。

 ハヤナ製作のソーシャルゲームはアクションがメインで、純粋にそれを楽しむことが目的だった。

 有名イラストレーターが描いたり、有名声優が演じるキャラクターを集めるソーシャルゲームとは違う、中身で勝負するゲーム。

 結果、藻屑の海に消えたが。

 そんな思考中にふと、ハヤナの発言に気になる部分があったことを発見。


「……私たちは?」


 馬鹿なハヤナだが、嘘をついたことは…………多分、おそらく、もしかしたら、無い。

 つまり……。


『……そういうことです。全てとは言いませんが』


 露骨に目線を逸らして答える。どうやら俺の考えは正しいようだ。

 おお、もう……法規制よ、どうかもう一度。


「…………売り上げ次第で確率変えたりとかも?」

『……………………』


 マジかよ……。


『ま、まあよくあることです! おや? なんだか空気が淀んでますねえ!? 気分転換にゲームセンターにでも行きましょうそうしましょう!』


はい。

なんかXが多いですね。

この物語はフィクションです。


全く関係ないですが、排出1%重ね4凸って鬼畜すぎではないでしょうか。

アレですアレ。私はプレイしてませんが。

未だにPSPが現役。そんな私は最後のレイヴン。

はい。そうでした。

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