④実態を暴露しないで!
「ほんと……センスねーよな」
「え?」
『なんですと!?』
新菜はぽかーんとしてしまう。ハヤナはともかくこの少女もか。
【アイ☆ドル】のタイトルを決めたのもハヤナだろうな……なんというか悲しい。
「そんなありきたりな横文字並べてユーザーがプレイしたくなると思うか? 確かに大成功してるゲームもあるけどさ、そんなの一握りだし……もっと個性的な名前をだな」
「そう? 私はカッコイイと思うけどなあ」
俺とこの少女では感性が180度違うようだ。
『ふふん、そうでしょうそうでしょう! 分かる人には分かるのですよ、この響きの心地よさが! ですよね、ニーナ!』
「でも運営は大変だったなあ……」
ハヤナの言葉を無視して不満を漏らす。
あれ、なんか目のハイライトが消えてないか?
「鳴り止まない電話、届き続けるメール、不正ツールの氾濫……ほとんどの仕事は苦情対応だったなあ……ねえハヤナ? あの欠陥に限った話じゃないよ?」
『えっ……えっと……』
何やら不穏な空気に。それを敏感に嗅ぎ取ったハヤナが怯える。
「サービス開始からしばらくして始まった、ハヤナ主導のイベント……開催する度に大炎上したよね?」
『そ、それは……』
新菜が宿すのは、背筋が凍るような冷たい眼差し。
「ヘビーユーザーしか入れないブロックを設定したよね?」
『あれは、廃人プレイヤーを飽きさせない為にですね!?』
「ううん、ダメだったんだよ。選民思想をやめてくれって苦情の嵐だったんだから」
『うぅ……』
なるほど、それはいけない。
ネットゲームは俺みたいなニートはもちろん社会人だってプレイする。
自由に使える時間が異なる両者で、レベルに差が開くのは当然の事。それを分けてしまったか。
「あと、戦艦長門をステージボスに設定したよね?」
『それは、日本人ならば燃え上がる展開かと……』
「するワケないでしょ。それに菊花紋章も再現しちゃうなんて……それを敵にするなんて不敬罪だよ」
『うぅぅ……』
これは本当にいけない。
菊花紋章は皇族の証。あまりにも恐れ多い。
そのMMOがどのようなゲームか分からないが、戦艦が敵って何だよ。そこは超巨大ドラゴンでいいじゃないか。
「武器のインフレも酷かったなあ……これは私たち運営にも非があるけどね」
『そ、それはいつまでも同じ装備でいて欲しくなくて……』
「新実装の武器は並みのステータスだって告知してたのに、それはバランスが壊れるほど強化されてたよね? ダメだよ、ユーザーさんのそれまでの苦労が全部水の泡になっちゃったんだよ?」
『…………』
それもいけない。
まあゲ―ムでインフレが発生するのは仕方のないことだとは思うが、バランスブレイカーを生み出してしまうとは……うまく調整するのは難しい。
『うわあああああん! 全部私のせいだって言うんですかあああああ!』
ここでハヤナは大号泣。
結構耐えたほうだと思う。
「うふふっまーたエラー起こしちゃった? ごめんねハヤナ、楽しくってつい」
笑顔を取り戻してそんなことを口走る。このメイド少女おっかねえ。
いやしかし、新菜のネチネチした言葉攻めはなんというか……俺もされてみたいというか……。
不純な思考を巡らせていると、少女の目が優しく、遠くを見つめた。
「色々大変だったけど……本当、楽しかったなあ」
「え?」
『ぐすっ…………ふぇ?』
楽しかったって……正気か!?
今の話を聞く限り、地獄でしかないハズだが。
「みんなでゲームをつくり上げていったあの時間……今では大切なものだったと思ってるよ」
『…………本当に?』
「もちろん! こんなアホ度120%の可愛いAIなんだもん、目に映しても痛くないよ」
入れてもの間違いでは?
その言葉を聞いたハヤナは涙を拭い、いつかのように高らかに宣言する。
『そうでしょうそうでしょう! やはりニーナは良き友人です! 広大な電子の海から私を探し出しただけはあります!』
相変わらず切り替えが早い。
勘違いするな、決してお前を褒めてるワケじゃないぞ。
新菜は勤務会社のみんなのことを思って……あ、ここでふと思い出す。
「友人って……その友人に廃棄されそうになってるのは誰だ?」
そうだ、目まぐるしく変化する現実に翻弄されて忘れていたが、新菜はこのAIを廃棄する目的でここに来た。仲良くおしゃべりしてる場合じゃないだろ。
『はっ……!?』
「あ、そんなことも言ってたね」
そう言って新菜は優しく笑う。
あの冷酷な顔はなりを潜めていた。
「う~ん、お兄ちゃん勘違いしてない? 私は廃棄するつもりなんてないよ?」
『ふぇ?』
「へ?」
あれ、そうだったっけ?
「私の目的はあくまで保護。ハヤナは今、お兄ちゃんのPCと、それに同期した機器にしか意識を伝達できないから。ネットワーク上は未だに監視されてるからね」
「保護? 監視?」
何が何やら。
「危険な存在だって言ったでしょ? うふふっお兄ちゃんは忘れんぼさんなんだから。ハヤナを生み出した研究所は回収の為に目を皿にして探してるし、私の所の上層部は破棄する為に徹底した監視網を敷いてるの」
回収と破壊、その目的をもった2つの組織がハヤナを探し続けた?
技術的特異点を加速させる存在か……あながち間違っていないのかもしれない。
脅威となり得る人工知能に目をやる。
『ふふんっ誰もが私を求めるのです……あぁ、なんて罪深い女なのでしょう! そんな美少女が敵の目を掻い潜り、ご自宅の回線へ迷い込んできたのですよご主人? 誇りに思ったらどうですか!?』
やっぱ違うな。ただのバカだ。
「あ、この地区は不自然にならないように監視の穴を開けておいたからね」
そして保護を目的に行動する一派。
かなり混沌としてるな……そこに俺が巻き込まれるとは。爆弾が設置されたも同義か。
「ちょっと待て、新菜の会社って何なんだ? ただのゲーム開発会社じゃないのか?」
湧き上がる疑問。
ダミーだったり破棄だったり保護だったり……全体像が掴めない。
「うふふふっ普通の会社だよ、お兄ちゃん! たま~に法律を無視した命令が下されたりするけど」
「超絶ブラックじゃないか!」
やはり法が守るのは公務員だけなのか。
『それについては聞くだけ無駄ですご主人、はぐらかされますので。今は……そうですね、主に電子機器を製作する会社だと思っていて下さい』
「んなこと言われてもな……」
気になる。すごく気になる。
従業員にメイドの恰好させる会社だぞ? 社内の風紀とか気にならない? ピンク色に染まってんのかな……。
「今日はお兄ちゃんがどんな人なのか確認に来ただけなの。ハヤナから話は聞いてたけど、報告通りみたいで良かったぁ」
「俺……?」
確認って何を?
「ハヤナを暴走させるような人だったら……うふ……うふふふふふ……」
「…………!」
狂気を孕んだ妖艶な笑み。
笑ってない……笑ってないぞ新菜。
しかし、暴走か……このちんちくりんが暴走したとして何が出来るのやら。
人類の支配? いやまさか。
「そうそう、もう一つの目的を忘れるところだった! ハヤナ、送ったデバイスは気に入ってくれた?」
『MRHMDのことですか? それなら有効に―――』
「ううん、それじゃない。試作品のメガネ型デバイス」
なんだ、他にも現実拡張機器が送られてたのか。
思わず段ボールの山に目をやる。未だ未開封のものがズラリとスペースを占領していた。
「お兄ちゃんが付けてたMRデバイスより人目を引きにくいし、センサーもたくさん付けてあるから映画鑑賞くらい出来るよ? どうして使わないの?」
今までの辛辣な雰囲気ではなく、心から心配している声音。
友人というのは間違っていないようだ。
『で、ですが……その……』
「うん」
言い淀むハヤナ。
そういえば、最先端技術がなんとやらで使えない機器もあると言ってたような記憶。
『何と言いますか……ええと……』
「うん」
その声は段々と震えていく。
様子を察した新菜はただ頷いた。
『また……同じ過ちを犯してしまうのでは……ないかと……うっ……』
「……うん」
一度目は失敗した。いつの日か聞いた贖罪を思い出す。
ハヤナの言葉に嗚咽が混じり、その瞳には涙が溢れる。
『ぐすっ……ご主人に……ひっく……嫌われるかもってえええええ……』
「…………うん」
出会う前のハヤナが何をしたのかは知らない。
『もう……ずずっ……失いたくないんですう……』
「………………うん」
知っているのはAIとして生み出されたこと。
新菜と共にゲームをつくったこと。
それだけだ。
「はあ……何言ってるんだか。俺はお前のことが嫌いだ」
湿っぽい空気に水を差す。
『ご……ご主人……?』
「お兄ちゃん?」
二人の表情は驚きの色。
それはそうか、面と向かって言われればな。俺が言われれば泣く自信がある。
「AIのクセに舐めた態度とるし、何かと俺を馬鹿にするし、スマホのバッテリーはヘタらせてくれるし、PCの領域は圧迫してくれるし、余計な出費は増えるし……」
『うっ……うううううう……』
全て真実だ。
俺の日常は侵略されていた。
「お兄ちゃんそれ以上──」
新菜が静止を求める。
どうして止める? 君も散々泣かせたじゃないか。
その言葉を遮るように声を張り上げた。
「──ただな!」
「…………?」
『ひっく……うぅ……』
視線が注目。やばい、恥ずかしい。
くそ、言い切るしかない。
「つまらない事で口喧嘩して……くだらない事でも口喧嘩して……」
それはハヤナと過ごした時間。
……よくよく思い返すと口喧嘩しかしてないな。
「ソシャゲで支配なんて考えて……映画を見たいって泣きわめいて……」
この欲まみれの電子生命体が誰かの影と混ざる。
忘れたいと何度も願った。
「そんなヤツが、嫌われることなんて考えるな! ただやりたいことをやってればいいじゃねーか! お前の意思で!」
ダメだ、何言ってるんだ俺。
支離滅裂すぎる。ええと、つまり……。
「だ、だから泣くな! …………泣かないでくれよ」
本当に、何を言ってるんだか。
どうして重なって見えるのだろう。
『ご主人……ぐずっ』
ハヤナは涙を乱暴に拭う。
赤く染まった瞳と視線が交差した。
『んくっ……はいっ! ハヤナはもう泣きません! 賢く美しい美少女AIですので!』
だから、どれも当て嵌まってないっつーの。
「うふふふっ本当に情報通りだねお兄ちゃん」
傍観していた新菜が微笑む。
情報通りって何のことだ、頭の回転が襲いことか?
「う~ん……これならハヤナを任せてもいいかな」
「任せる?」
「うん! ハヤナの教育係、引き続きよろしくね!」
新菜は悪戯っぽく笑う。何故そうなる!?
「教育って……」
「私が引き取るつもりだったけど、ハヤナはおにいちゃんのこと気に入ってるみたいだし……ね、ハヤナもいいでしょ?」
『し、仕方ありませんねぇ……ご主人は私がいないと何もできない無能ですものねえ』
「勝手に決めるな! それにお前ほど無能じゃねえ!」
引き取ってくれるならそれがいい。
信じてるワケじゃないが2045年問題もある。コイツを野放しにしておくのは確かに危険だ。
「ん~でもお~? お兄ちゃんはゲーム制作の知識無いよね?」
「え、いきなりなんだよ……そりゃ知識はないけど」
PCを弄るのは好きだが制作は全くの素人。
HTMLくらいは触ったが。
『ふふんっ必要ありませんとも! 私一人で全──」
「ハヤナ」
『こうてい…………はい。申し訳ありません』
「あのねお兄ちゃん、お願いがあるの!」
騒ぐAIを黙らせて、メイド少女は猫撫で声で俺に願う。
「これから一週間で、何かゲームを作ってみて!」
はい。
気付かれる方もいらっしゃるでしょう。
アレですアレ。アレですよ。
全く関係ないですが、開発を1年延期して世に放たれたモノがルールから破綻してるクソゲ―だった時のあの謎の感動がたまりません。あっついなぁ。
はい。それだけです。