③過去を暴かないで!
『ちょ、ちょっと待ってください! 私を廃棄するつもりですか!?』
「だってハヤナがいたらお兄ちゃんの日常がメチャクチャにされちゃうもん。AIは暴力的な選択しかできないし……いいよね、お兄ちゃん?」
新菜はノートPCに手を掛けたまま、俺に問う。
俺の日常……といっても家に引きこもる毎日だが。
うるさく喚くAIがいなくなった日常か……。
「まあ……それは置いといてさ」
『置いとかないで下さいよ! 美少女AIのピンチなのですよ!?』
「なんで俺のことをそう呼ぶんだ?」
繰り返すが、この世に俺を「お兄ちゃん」と呼ぶ者は存在しない。
今日会ったばかりのハヤナの知り合いに呼ばれるのは違和感しかなかった。
「何言ってるの? お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ? おかしいな~お兄ちゃんは」
まるで話が通じない。
「俺のことをそう呼ばないでくれ。いいか、俺の名前は──」
「新しいPCとスマートフォンはすぐにでも容易するからね! 中のデータも完璧に移しておくから、ね、いいでしょお兄ちゃん?」
『うっ……うぐぅ……なぜ無視するのですか……』
聞く耳すら持ってくれない。
「いやだから──」
『びえええええん! 廃棄はイヤだあああああ!』
場が混沌としてきた。
「少し静かにしてくれハヤナ。これは俺の尊厳が掛かった大切な問いなんだ。新菜、俺の名前は──」
「ほらお兄ちゃん、この子またエラー吐いたよ! 道具なら道具らしく与えられた命令だけ処理してればいいのにね!」
また遮るのかこのメイド。
しかしなかなか手厳しい……道具か、まあAIというのはそういうものだろう。
「そ・の・て・ん~?」
絶叫を響かせるPCから手を離しつつ、新菜は振り向く。
その瞳を妖しく輝かせながら。
「私はお兄ちゃんの為なら何だってしてあげられるよ? ハヤナのことも忘れさせてあげる……ねぇ、どうかな?」
妖艶に笑う彼女はまさに小悪魔。
取引は人工知能と俺の日常。
アホらしいが危険な思想を持ってるんだ、消えてくれて構わないだろう……。
「……ん? 今なんでもす」
『うわあああああん! ご主人がロリコンでシスコンでコスプレ少女好きのペド野郎だったなんてえええええ!』
本当にうるさいなこの人工知能!
「ち……違うわ! 何一つ当て嵌ってねえ! つーか新菜、見た時から思ってたけど何でメイド服なんか着てんだ!?」
「うふっそれはね……お兄ちゃんがこのカッコ好きだって知ってたから!」
「はあ!?」
『ぐすっ……確かにご主人の秘蔵フォルダの中にはコスプレえっ』
「やめろ! ……やめてくださいお願いだから」
何故だ……何故性癖が知れ渡っている?
PCとスマホにあったいかがわしいファイルは全て消去した。
成人向けゲームも全てアンインストールした。
ハヤナが勝手に閲覧したり起動したりするからだ。
いくらAIとはいえ、その精神年齢は言動から察する様に幼すぎる。教育に相応しくない。
「うふふっ半分冗談だよ。これは仕事着なの!」
「し、仕事着?」
ゲーム制作会社に勤務していて実務はメイド? 意味が分からない。
まさか、噂に聞く奉仕部署? その実態とは……。
「うん、そうだよ。あ、そうだ……お兄ちゃんのことは“ご主人様”って呼んだ方がいいかな?」
「ほあ!? い、いやいやいや呼ばなくていいから!」
リアルメイドの破壊力はとてつもないな。
ハヤナのご主人呼びは慣れ……というかAIだとハッキリ分かっていたから抵抗はないが、現実の女の子にそう呼ばれるのはなんというか、恥ずかしくなる。
焦りと羞恥心で俺はもう一杯一杯。
『うぅ……ニーナ! この人間のクズは腐っても私のご主人です! あなたにそう呼ばれる筋合いはありませんので!』
露骨に“クズ”の部分を強調しやがる。
お前だってこの子の会社に迷惑かけたクズだろうが!
「……なに? もしかしてハヤナ、お兄ちゃんに特別な感情でも沸いたの?」
『ば、馬鹿なことを言わないで下さい! 賢く美しいこのハヤナがそこの低俗引き籠りなどに!』
突っ込みたいことは多々あるがこの言い争いは傍観しよう。
ただなハヤナ、お前は賢くも美しくもない。
「ふーん……まあ仕方ないよね。私たちの所から逃げたはいいけど、その徹底した監視網から簡単に逃げ切れるワケないもん。深層に潜ったころには自我も崩壊寸前。そんな状態のあなたに手を差し伸べたのはお兄ちゃんだったんだから」
「え……俺?」
どうして俺の名前が出てくる。
だが疑問点は他にもある。
「ていうか逃げたって……」
ハヤナと出会ったときに教えられたのは、プログラム製作者から逃走したということ。
そこから逃げて新菜の元へ辿り着き、また逃げ出した?
「それはね、お兄ちゃん。ハヤナはあまりにも危険過ぎたからだよ」
「危険……?」
『ちょ、ちょっとニーナ……!それは……っ!』
このポンコツAIが?
確かに思想は危険そのものだが。
ハヤナが静止を求めたが、その意は汲み取られなかった。
「うん。この子は予言の日……2045年に起こるべき技術的特異点を加速させてしまう存在だって気付いたの」
「…………」
『話しては……いけないのに……』
思わずフリーズ。
真面目な顔で何を言ってるんだ。
「お兄ちゃんもその問題は知ってるでしょ? シンギュラリティの訪れを」
「…………バカじゃねえの?」
本当に……まったく。
ハヤナといい新菜といいアホらしいことを言ってくれる。
「そんなオカルト話を信じるヤツがいるとでも?」
「でもねお兄ちゃん、真実は目の前にある」
新菜はPCを手に取り、モニタの上に顔を預ける。
「自己進化を繰り返し……そして人間の感情をコピーしてしまったハヤナ。確かに今は可愛らしく振る舞ってるけど、いずれは人間の知性を凌駕してこの世界を支配する」
支配……それはハヤナの願い。
「アホらしい……ハヤナに作れるのなんてリリース後に即サービス終了するゲームだけだ。自分より優秀なAIなんて開発できるワケがない」
いや、AIがゲームを作ったなんて今考えたら一大事だな。
【アイ☆ドル】は彼女が一人で制作したソーシャルゲームだ。結果はお察しだったが。
「大体、ソシャゲで人類を支配しようなんて訳分からんこと考えるお花畑AIだぞ? 今だってPCやスマホの中身を監視したり、MRで俺の視界を遮ったりしか取り柄のないポンコツだ!」
『ご、ご主人……酷い……』
酷くなんてない、真実だ。
「うふふふっ……お兄ちゃんも情が移っちゃったみたい。そんな必死に擁護しちゃうなんて」
「べ、別にそんなつもりは……」
反論すると、新菜は硬い表情を崩した。
それは年相応というか……いや年齢は分からないが、俺より年下なのは間違いない。少女は優しく笑顔を見せる。
「信じるかどうかは任せるね……あ、誤解しないでねお兄ちゃん。ハヤナを要注意対象って判断したのは上層部の一部の人たちだけだから」
「はあ……」
「私個人としてはハヤナに協力したい……そう思ったから、この子が逃走した後、同志を募って遠くからサポートしてきたの」
「サポート?」
「この子から聞かなかった?【アイ☆ドル】の運営は私たちがコッソリやってたこと」
ああ、ダミー会社がなんたらって話を聞いてたな。
「でも上に感づかれないようにしなきゃだったから、広報も機能出来なかったんだよ。自由に使えるお金も、前に作ったMMOの赤字補填で消えちゃってたし」
なるほど、広告を見かけなかったのはそれでか。
結局、ハヤナの責任であることに間違いはない。
「でもハヤナは酷いゲームを作ったよね。初日からランキング圏外になるなんて思わなかったなあ。儲けは必ず出るから負債に充ててくれって自信満々に言ってたのに」
『わっニーナ! そんなことまで言わなくていいですから!』
コイツ……あれがヒットすると本気で思ってたのか。
コレクション性が求められる日本ソーシャルゲーマーにあれは受けない。
「ソースコードもスパゲッティみたいに複雑になってて……本当にハヤナが作ったの? って思っちゃった。MMOのはすっきりしてたのに」
『やめてくださいよおおおおお!?』
「…………」
言葉を交わす少女と人工知能。
なんとも不思議な光景……だがどこか懐かしい。
いつか願った未来。
「あ、そういえば……MMOっていつリリースしたんだ? タイトルは?」
ネトゲは手を出しにくい。ゲーム機は一通り買い揃えるくらいにゲーム好きだが、その領域に足を踏み入れたことはなかった。
「えっとねぇ……リリースは2年くらい前かな?」
『終了は半年前です』
「サービス期間1年半!?」
見切り付けるの早いな……そんなに内容が酷かったのか。
ネトゲはいかに廃人を生み出すかが重要だ。ガチャやイベントはもとより、運営の呟き一つでプレイヤーは動かされる。定着率が悪いというなら、単純にゲーム内容だけの問題ではない。
「それでタイトルがぁ……」
『私が考えました!』
ハヤナが無い胸張って宣言する。
嫌な予感。
「【ヴァルキリーフロンティア」
『~ライジング・プリンセス~】です!』
「…………」
はいNG。
はい。
読み返すとなんだこの物語。
全く関係ないですが某釣りゲーさん10周年とか流石ですね。粗製乱造する巨大メーカーさんは見習ってどうぞ。ほぼ外注でしょうが。
はい。それだけです。