④劇場マナーを守って!
『まずいとは?』
このAIには一般常識や刑法が組み込まれていないのか。
「映画を撮影するのは倫理的に問題だろ、犯罪だよ犯罪」
『ば……馬鹿な!?』
映画の盗撮の防止に関する法律。通称、映画盗撮防止法。
刑事罰の対象になる犯罪だ。
『い、いやしかし! 私は録画などしていませんよ!?』
「そこは疑ってねーけど……マナーは守らないと。上映中は携帯の電源切らなきゃだし」
どれだけの人間が守っているか甚だ疑問だがそれがマナー。
薄っぺらい正義感を持っている俺は律儀に守るつもりだ。
『そ、そんな……私は映画鑑賞できないのですか……』
スマホの中の少女は悲しげな顔を浮かべる。
こういう時はどう声を掛ければいいか分からん。
「まあ……今回は我慢してさ、帰ったら別の映画でもレンタルするか」
なんだかんだ、情が移ってしまったようだ。
人類支配を企むバカな人工知能に。
『……一緒に見たいんです』
「は……?」
その声はマイクが確実に拾っていた。
『諦めません……絶対、劇場で映画を見ます! 絶対!!』
また出来もしないことを言う。
『帰ったら早速準備に取り掛かります! というか今すぐ帰りましょう!』
「何言ってんだ!? チケット2枚分買ったのにパーじゃねえか!」
『私が見れない映画に価値などありません! 撤収! 撤収です!』
「横暴だ!」
結局、映画はしっかりと鑑賞した。
感想は……「うん、まあこんなもんだろ」って感じ。
電源を切られることだけは断固拒否されたので付けておいたが、バッグから取り出したスマホの中でハヤナは涙を堪えていた。本当に泣き虫だなお前。
☆ ☆ ☆
急かされるように自宅へ帰還。
既に夕刻、空にはうっすらと茜色。
ハヤナはすぐにPCへと移って作業を開始したようだ。ウィンドウには意味の分からない数字の羅列。
「なんだコレ?」
『うふふふふふ……お楽しみですよ』
薄気味悪い声で笑う。お前そんなキャラだっけ?
それ以降は俺の問いに答えなくなった。夕飯を終えた後もずっと作業を続けている。
ああ、静かでいいな。
しばらく手を付けられなかったソーシャルゲームを起動させる。
所詮俺は社会のはみ出し者。
PCの中の人工知能も妄想が生み出したもの。
全部、現実から逃げた俺の空想。
それでいいじゃないか。
深夜になって俺が就寝しようとすると、それを察知したハヤナがスマホへ移る。
やはり暗闇は怖いらしい。
「明日は、【新選組コレクション】のDVDでも借りてくるかなあ……」
なぜそんなことを言ったのだろうか。
本当に情が移ってしまったというなら大問題だ。精神科へ行かなくては。
『え、本当ですかご主人!? それも原作はソシャゲですよね!? そのアニメ私知ってるんですよ、すごく評価が高くてですね!』
先ほどまで寡黙だった少女は興奮気味に語る。
睡魔が吹き飛んでしまうくらいにうるさい声だ。
だがどこか懐かしさを感じながら、俺は眠りについた。
☆ ☆ ☆
「……なんだコレ」
翌日。
レンタルショップから帰宅すると、玄関に大きな段ボールの山。
『お帰りなさい、ご主人! お風呂にしますか? ご飯にしますか? そ・れ・と・も~?』
「うるさい、聞いてるのはこっちだ。コレはなんだ?」
ハヤナが帰宅と同時にスマホに出現。また余計な知識をつけてやがる。どれもお前には用意出来ないことだろうと一蹴。
俺のPCで作業の続き&留守番をしていた筈だが。
『つれませんね……えー、ゴホン。これはですね、まあその……なんというか……」
「何だよ、ハッキリ言えって」
モジモジするな鬱陶しい。
『知り合いにですね……ちょ~っとばかし部品を分けてもらえるよう頼んだんですが……』
また知り合いか。
いい加減詳細を教えてもらいたいんだが。
『そ、それは言えないといいますか……言いづらいといいますか……ま、まあそれは置いておいて、知り合いはお節介な方でしてね!?』
「ふーん……」
まあ興味はないんだけど。
『危け……んんっ最先端技術が使われた部品を送ってきてしまいまして』
はっきり危険って聞こえたぞ。
まあいい、聞かなかったことにしてやろう。
「最先端?」
『えぇ……とても市販のPCには組み込めないものでして。あ、要望の品はキチンと送られてきておりますので!』
そんなこと言われても反応に困る。
「で……これどうすんだよ」
山のように積まれた箱に目をやる。
てかコレ誰が運んできたんだ? 郵便屋か宅配業者? いや、家にはこの人工知能しかいない、受け取りは不可能だ。くそっこのAIに出会ってから疑問ばっかり沸いてきやがる。
『あははは決まってるじゃないですかご主人! 私には肉体がありませんので!』
引き籠ってばかりいた俺だ、筋肉痛不可避。
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