第10話 - 学園祭二日目 ~下準備~
前回のあらすじ。
網谷紗友莉がライブ中に発言した事の真意を知った渉は、学園祭二日目、三日目を使って天野の好感度を網谷に傾けられるよう準備を進めるのだった。
─ 2012年11月3日(土) ─
学園祭二日目の朝。俺は私服に着替えるや否や理事長室に向かい、由子お姉ちゃんと交渉を行っていた。
「──というわけで、“面白そう”という個人的な理由と、“学園が網谷とのコネを持てる”という二つの理由から、俺達の隣の部屋を使わせて欲しいんです。決してラブホ代わりの使い方はさせませんので、なにとぞ許可を!」
「分かりました。私と二人きりのデートをしてくれると言うのであれば、喜んで鍵を渡しましょう」
由子お姉ちゃんはそう答えると、優しさと妖艶さの混じった笑顔を見せながら俺に右手を差し出してきた。この手を握れば、交渉成立というわけである。
だが、莉穂姉とすら昨日までお預け気味だった“二人きりのデート”を引き合いに出されるとなると、素直に応じづらいというのが本心だ。しかも、昨日は途中で余計な乱入者が来たからデート完遂とは言い辛かったし…。
「じゃ、じゃあ、オプションとして、由子お姉ちゃんが用意してたコスプレ衣装セット一式も付けてくれるなら…」
「今日、明日のお昼に、私に着て欲しい衣装を残してくれるなら喜んで」
今日、明日とコスプレ昼食接待するのは決定なのね…。
「莉穂姉の衣装も残して良いのなら!」
「あら、それじゃあ滝川さんやマチュアさんに対してフェアじゃないわ。ちゃんと二人の分も見繕ってくれたら、残りを貸しましょう」
「くっ……分かりました。宜しくお願いします」
笑顔で差し出される由子お姉ちゃんの手を取り、握手を交わした。これにて交渉成立である。
急な話だったので書面は用意されてないが、口約束だろうとちゃんと履行する義務を負う事になるので、近々由子お姉ちゃんとはデートせねばならない。まぁ、踏み倒して裁判になったところで「書面が無いので約束したという証明ができません」となるだけなのだが、これは由子お姉ちゃんだけでなく、莉穂姉からの好感度も最悪にしてしまうので絶対に踏み倒すわけにはいかないのだ。
…あ、忘れるところだった。コスプレ衣装を見繕って保守しとかんと…。
▲▽△▼△▽▲
由子お姉ちゃんの手の平で転がされた感じもするが、学園規則を無視した無茶苦茶なお願いをしているのは俺の方である。こんな“可愛らしい我が儘”程度の内容で許可を貰えるというのが、どれほど異常なのかという事も分かってはいるのだが──
「──『学園設備周りの魔法陣を、もっと便利にして』って感じの内容でくると思ってたんだけどなぁ…。ちょっと、交渉内容が斜め上だった」
由子お姉ちゃんから手渡された鍵を握り締め、目的の部屋へと足を運びながら俺は独り言ちた。別に不満のある交渉内容だったわけではないのだが、ちょいと想定外だったというのが本心だ。
「まぁ、あんな内容で許可をくれたあたり、網谷と天野の事は十分に信用しているということなんだろうな……と」
ガチャ──
鍵を回し部屋へと足を踏み入れる。作りは、俺とノーマンが済んでいる部屋と全く同じ構造である。…というか、学園寮の部屋は全て同じであり男女で部屋の差はない。部屋を割り当てられた生徒が、どのようにデコレーションするかだけである。
この部屋は一度も使われた事がないが、朝の清掃活動時に定期的に掃除をして空気の入れ替えを行っているので、独特のカビ臭さなどは一切ない。
俺は、トータルエクリプス島の倉庫に一時退避させていた衣装ラックを取り出し、二部屋ある私室の一つに設置する。そして、俺達の部屋の冷蔵庫から昨晩購入しておいた食材を取り出し、借りた部屋の冷蔵庫へと移した。
「……っし! 新婚さんごっこ用の部屋、一丁上がり!」
「BB、朝から何の引っ越し作業やってるかと思ったら……。いい歳して“おままごと”の準備か?」
いつの間にか、呆れ顔したノーマンが玄関に立っていた。いやまぁ、自室の冷蔵庫から物を持って行ったりした挙句、隣の空き部屋からごそごそ音がしていれば確認したくもなるわな。
「失礼な奴だ。“おままごと”の準備じゃあない。これは“リアルおままごと”の準備だ!」
「……どう違うってのさ?」
「ちゃんと料理ができる!」
「……それだけ?」
「ついでにコスプレもできる!」
「……他には?」
「以上!」
「え~? 一体何のために、わざわざ空き部屋に用意したんだよ? 誰が使うってのさ?」
他にもオプション的な何かを期待していたのか、ノーマンが心底ガッカリした感じのブーイングをしてくる。
「いつもは察しが良いくせに、こういう時はイマイチなんだな…。今日、明日とゲスト出演してくれる予定の二人が使うに決まってるじゃないですかやだー」
「紗友莉と薫の事か? ……あぁ、そういや夏休み前にBBが『二人きりの空間を用意する』みたいな事を約束してたっけ。で、ココがその空間と?」
「その通り! “幼馴染”で“トップアイドル”、思わず『アニメキャラかよ!』とツッコミたくなるような歪みねぇ属性を持つ網谷が、この部屋で“大好きオーラ”を放ちながら天野と新婚生活めいた一時を過ごす。こりゃもう、天野の精神に根を張った二次元フィルターも相当ぐらつくこと間違いなし!」
「あの筋金入りが、その程度の作戦で陥落するかねぇ?」
やや疑いの眼差しで部屋を見回すノーマン。俺達の部屋と全く同じ構造をしているので、私室に銃器やガンパウダーが置いてあったり、自意識を持ったパソコンが設置されていたりしないという点以外、何も変わり映えしない部屋である。
……まぁ、俺達の部屋以外で、そんな変な物が置かれている部屋なんて寮内に無いわけだが。
「チッチッチ…。ノーマンは戦闘に関してはプロかもしれんが、オタクに関しては俺の方に一日の長があるんだぜ? その俺の勘が囁くのさ。ズバリ、天野の様な二次オタだからこそ、こういったシンプルな作戦に弱い…ってね。
オタクなら、誰しも一度くらいは『可愛い幼馴染の女の子に朝起こして欲しい』だの、『自分のためにお弁当を用意してくれる彼女が欲しい』だの、『テロリストに制圧された学校を、自分の手で取り戻したい』だのと妄想するものさ」
「最初の二つはともかく、最後の一つは俺ら実現できてるな」
「あの時は、俺らと言うか、ほぼお前がだったけどな。俺なんか、生徒達がパニックに陥らないようにするための説得担当みたいなもんだったし…。あ、でも洗脳──もとい、暗示をかけて早期解決できたのは俺の手柄といっても良いかもしれんな。うん、そう考えると確かに俺らと言えるか。…何にせよ、実現できたけど嬉しくも無かったな。面倒臭くって」
「あれでもスムーズに事が済んだ方だと思うがね…」
確かに、テロリストを無力化して軍に引き渡すとか、直通のラインがないと簡単にはできなかったろうな。
…はて、なんでこの様な話になったんだったっけ?
「……って、そんなテロ云々はどうでもいいんだよ。…いや、今日も襲撃があるだろうから、厳密にはどうでもよくはないんだけど…。とにかく、網谷のライブ前と後に、二人にはこの部屋で思うさま甘い一時を過ごしてもらうのさ。まぁ、認識阻害の腕輪を使って、普通に学園祭デートしてもらっても構わないわけだが…」
「はいはい、分かった分かった。俺としても文句は無いよ。ただ単に疑問視しただけだ。そんじゃ、準備も済んだってんなら、そろそろ飯にしようぜ。たぶん、皆待ってるだろうからよ」
ノーマンが適当に流したせいで、やや語り足りないものが残ってしまったが、実際に頑張るのは網谷である。俺が熱く語ったところで結果が変わるわけでもないので、大人しく食堂へ移動する事にした。
▲▽△▼△▽▲
食堂に降りると、ノーマンが予想した通り全員揃っていた。網谷と天野も含めて…。
「貴方達はなんでそこに居るんですか? まだ7時前だぜ?」
「今朝送られてきた渉の返信メールの意味を問いただそうと思って家を出たら、網谷に拉致されてご覧のありさまだよ」
「私は薫が起きたのを確認して、玄関からずっと天野家を張ってたの。そしたら思ったよりも早く薫が出てきてくれたから、これ幸いと朝一デートと洒落込んだわけよ♪」
やだ、網谷さん怖い。それはもう半分ストーカー行為でしてよ。
「………そうか。まぁでも丁度いいや。網谷、コレを渡しとくから手貸して」
「……? これは…カギ?」
自分の手の平に置かれた鍵を、網谷がいぶかしげに眺める。俺は口元に手を置き、網谷に顔を近づけ周りに聞こえないようにそっと囁いた。
「あぁ、16階の部屋の鍵だ。食材やらコスプレ衣装やらも準備しといた。あとは…分かるな?」
「なるほど、既成事実を作れ…って事ね」
「違う、そうじゃない。シチュエーションで天野を籠絡せよと言いたかったんだ! お前もマチュアに毒されちまったのかよ…。頼むから、早まった真似はせんようにな」
「ふふふ…冗談よ。色々準備してくれてありがと♪ 私、今日で決めるつもりで頑張るわ!」
「あぁ、その意気だ」
俺が網谷から顔を離すと、天野が胡乱気な表情でこちらを見ていた。
「何をコソコソと悪巧みしてるんだ?」
「いやいや、悪巧みじゃないよ。…少なくとも“俺達にとっては”な」
「そうかい。んじゃあ、今朝のメールの件と併せて詳しく聞かせて──」
「よし、じゃあみんな揃ってるし朝食にしようぜ~」
「「「「「おー!」」」」」
「──コラー! 皆してスルーすんな!」
そんなこんなで、皆して賑やかに朝食を楽しんだ。
天野だけ納得のいかなさそうな顔をしていたが、早ければ朝食後すぐにでも天野の疑問は晴れるだろう。まぁ、晴れたところで解決にはならないのだが…。
「さて、朝ご飯も食べ終わった事だし、今日の予定を確認していこうか」
皆が食べ終わったのを見計らって声を掛けると、俺に注目が集まる。
実際に話を聞いて欲しい人物は、今回の学園祭が初の主催者側となる妹尾、ノーマン、マージちゃん、天野、網谷の面々だ。
籠月学園の学園祭は、元々女子校だった事もあって参加者を制限するためにチケット制が採られている。一日目は周辺の町に住む人々のみに自治体経由でチケットが配られ、二日目以降は生徒名義で家族や友人・知人に送付されたチケットで参加が可能といった仕組みである。
「一日目のチケットを持った人は、二日目以降来れないのか?」という質問をされたことがあるのだが、答えは“No”だ。近隣の町に住む人だからと言って、平日である金曜日にしか参加できないとなったら、わざわざその日は仕事や学校を休まなければならない。そんな不便な制度では、以降の学園祭は廃れる一方だろう。そういう観点もあり、一日目のチケットを持つ人は三日間全日程参加可能というわけだ。
さて、そうなると一体どういった現象が起きるのか。ズバリ、二日目以降は参加者が激増する。例年、二日目、三日目は一日目の4倍強の参加者が訪れているのだ。
「そういうわけで、今年は例年よりも更にとんでもない人数が来ると思う」
「なるほど、昨日の紗友莉のライブだな?」
俺の説明を聞いたノーマンが納得したように相槌を打った。
「その通りだ。俺の部屋に置いてあるマチュア・コピーが、昨日の網谷のライブについてネット上の反応を調べてくれたんだが……とんでもない数の反響がいたるところで見受けられた。
知っての通り、チケット一枚で一組五名様まで参加できる。今日、明日はおそらく、殆どのチケット持ちが五人一組で参加するだろう」
今年が初めてとなる妹尾達はおろか、去年までの学園祭を経験している美希姉達ですら表情を硬くする。
「ただ、一つだけ良い事もあると思う」
「「「「「良い事?」」」」」
「あぁ。テロリストと思しきヤツを、入場時点で絞れるハズだからな」
「「なるほど、そういう事か」」
俺の言葉を聞き、ノーマンと天野がすぐさま納得したように反応する。他は、数秒考えた後に答えに行きついた者、いまだ解らず“?”を頭に浮かべている者とに分かれた。中でも妹尾に至っては、周りが解った風な反応をしているのを見て、少し涙目になりながらあたふたしている。小動物を見ているようで可愛い。
そんな妹尾の反応を見て居た堪れなくなったのか、関口が答えを教えていた。
「久恵ちゃん。要するに、周りが最大人数で入場する中“一人で入場する人物”が怪しいという事よ」
「あ……あぁ! なるほど! うん! よく解った! ありがと! 加奈子お姉ちゃん!」
「ふふ…どういたしまして(嗚呼、癒されるわぁ)」
(((((ほっこりするなぁ…)))))
[[[伊藤君、ナイスな百合アシストごちそうさまでした!]]]
少し緊張した空気が漂っていた中、妹尾の可愛らしさを見て皆が優しい顔になっていた。
白百合三姉妹から不本意なお礼精神感応魔法が飛んできたために、俺だけが若干渋い顔をしていたに違いない。
「ンン…。まぁ、そういうわけなんで…マチュア、一人で参加してきた人物が居たら優先的にマークしてくれ。コピーの方との連携も密に取る事。何せ今回は、歴代最多の参加者になるかもしれんからな」
「ラジャー、渉」
「ノーマンと俺は、昨日と同じく怪人スーツを着た状態で待機する。どうせ昼前後に行動が集中するだろうが、今日は参加者も多くなるしイマイチ予測ができないからな」
「OK、BB」
「網谷と天野は、13:50頃には所定の転移魔法陣で待機できるようにしていてくれ。登場のタイミングは魔力通信で行うから、それまでは学園祭を楽しむなり好きに行動してくれて構わない」
「わかった」「わかったわ」
「よし、それじゃあ今日もがんばろー!」
「「「「「おー!」」」」」
こうして、皆の気力が充実した中、学園祭二日目は幕を開けるのだった。
毎度読んでいただきありがとうございます。
ぎっくり腰の方は、数日まともに動けない状態が続きましたが、なんとかこうして更新できるほどには回復できました。
話によると、タンパク質不足だと起きやすいようですね。それを聞いた時、思わず“へぇ~”ボタンを押したくなりました。持ってないけど。
次回も金曜日の更新予定なので、お暇でしたら宜しくお願いします。




