第20話 - 愛しさと、再会と、半泣きの説教と
前回のあらすじ。
天野と網谷の両名を引き連れ、群馬の研究所を案内していた渉とノーマン。
しかし、そんな渉のもとに、痺れを切らした籠月菖蒲が「早くお兄様に会わせろ」と言わんばかりに笑顔でプレッシャーをかけに来るのであった。
「あ~…。ど、どうも菖蒲さん。お久しぶりです…」
「えぇ。お久しぶりですわね、渉さん。では、挨拶も致しましたので、早速お兄様の下へ連れて行って下さいまし! 私、昨晩から楽しみで仕方ありませんでしたの!」
俺の引きつった笑顔なんぞ気にも留めず、さっさと異世界に案内しろと急かす菖蒲さん。
言葉使いはお嬢様然としているが、気持ちの方は急いでいるらしく、俺の身体が半ば引き摺られ始めていた。
「あの、菖蒲さん? ちょっと落ち着きましょうか。いま俺、友人を案内しているところでして…」
「あとにして下さいまし! 私、もう待ちきれませんの! この研究施設は逃げませんが、お兄様の方は逃げてしまいかねませんわ!」
「いや、師匠だって逃げはしませんよ!? ……隠れはするかもしれないけど」
「でしたら、尚のこと急ぎませんと! お兄様も、昔から魔法実技で叱咤激励する際に仰っていましたわ、『速さが足りない! 故に、皆は僕を捉えられないんだ!』と…」
「速さが足りない」とか、クーガー兄貴かよ…。いやそれよりも、師匠は魔女というものに何を求めていたというのだろうか。
確かに、迅速に事件を解決する手腕は必要だとは思うが、それは間違っても“速度”によって解決するようなものじゃないだろうに…。
それにしても、いつの間にか俺、完全に菖蒲さんに引き摺られながら移動しちまってるな。
こりゃもう、菖蒲さんを止める事は難しいと見た。さっさと異世界に連れて行って大人しくなってもらうとしよう…。
「天野、網谷、すまん。ちょっとこの女性を落ち着かせるのは無理みたいだから、先に師匠の下に連れて行くことにするわ。代わりの案内役を手配するから、悪いけど見学して時間を潰し──」
「あ、だったら俺も異世界に行ってみたい。もしかしたら、二次元の世界への手がかりが掴めるかもしれないし」
「薫が行くんだったら、私もついて行くわ。もし二次元の世界があったとしたら、薫を引き戻さなくちゃいけなくなるし」
天野はまだ、二次元世界の発見を諦めていなかったか…。
「──そうか、わかった。まぁ、危険はないはずだけど、万が一の際は俺とノーマンが責任を持って守るから安心してくれ。特に網谷はトップアイドルだからな、何かあったら業界に多大な迷惑を被らせてしまう」
「最近BBが、俺を巻き込むことに一切の躊躇を見せなくなってきた件」
ノーマンが、どこか悟ったような声色でそんなことを言っていたがスルーである。物理的な障害が起きた際、一番頼りになる存在だからな。安全第一に考えると、“連れて行かない”という選択肢がない。
俺は防御力には自信があるが、攻撃に関しては慣れてないから決定打に欠けるのだ。
「さて、そんなわけで急きょ予定が繰り上がっちまった。悪いけど、莉穂姉達は談話コーナーとかの休憩スペースでのんびり待っててもらえるかな?」
莉穂姉達に目線を移しながらそう伝えると、莉穂姉が申し訳なさそうに口を開いた。
「ねぇ、渉。私達も付いて行っちゃダメかしら?」
莉穂姉のこの一言で、俺を含めた総勢11名が異世界に行くこととなった。
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「いやぁ~、まさかこの空間に……いや、キミ達の師匠はここを“部屋”と呼んでいたからそれに合わせよう。まさかこの部屋に、こんなに大勢の人が訪ねてくる日が来ようとは…。僕は今、感動で涙が出そうだよ。
長生き──と、言って良いのかどうか、自分でも甚だ疑問な存在ではあるが、長生きはしてみるもんだねぇ。うんうん」
天井や壁には、宇宙を彷彿とさせる銀河や星々が煌めき、床には膨大な数の異世界の地球が並ぶ空間。俺達は、師匠の私室からゲートを潜り、その先にある意匠の凝った輝く扉を開いてその空間に足を踏み入れていた。
太陽の様な恒星が存在する壁を背に、白い少年──師匠曰く“キノスラ”が、感慨深げに俺達を出迎えてくれた。
肌や着ているローブめいた服、手に持っている大きな杖、それらは全て白がベース色となっている。杖の先端には、キノスラの顔程度のトゲトゲした星形の球体が浮かんでいる。
今回を含めて2回しか来た事がない場所とは言え、相変わらず色々と不思議な空間である。
全員揃っているか確認するために振り返ってみると、ノーマンを除いた他の皆は軒並みこの不思議空間に驚いている様子だ。だが残念ながら、初めてここを訪れた時の俺の様に“部屋に踏み込むのをためらう”といった人間は誰一人として居なかった。地味に悔しい。
「さて、折角だから少しおもてなしして差し上げたい所だが、クリス──いや、歩の妹がじっとしてくれないだろうからね。前に渉達を送り出した場所へ、すぐにゲートを繋げよう。もちろん、歩もその場に呼び出し済みだ」
「あ~…なんていうか対応早いですね、キノスラさん。でも、助かりました。ありがとうございます」
「“キノスラ”と呼び捨てで構わないよ。歩と似た顔立ちのキミに敬語を使われると、どうにも落ち着かないからね。それに、気軽な口調で話してくれた方が僕としても話し易い。
あぁ、他の皆も気楽に接してくれると助かる」
「そう言ってもらえるのはありがたいんですが、そう簡単に『うん、分かった』…とは言えませんよ…」
キノスラはフランクな雰囲気が好みのようだが、さすがに“面識の薄い”あるいは“初対面”の相手に対し、いきなりタメ口で話せる日本人は早々居ないだろう。
そんな風に考えながら苦笑いで返していると、不意にキノスラが俺の斜め後方にある地球に目を移した。
「む…もう少し話していたかったけど、そろそろクリスがゲートに到着しそうだ。菖蒲くんもお待ちかねの様だし、早速繋げるとしよう」
キノスラがそう言って杖を翳す。すると、以前ゲートを繋げてもらった時と同様、キノスラが視線を向けていた床から地球が一つ浮上し、空中で止まる。
それとほぼ同時に、俺達がこの空間に入ってきた際の扉が開き、光り輝くゲートが姿を現した。
「さて、菖蒲くん。ゲートを潜ると目の前に金髪の少年が居るハズだ。姿や声は変わっているが、その少年こそキミが愛して止まないお兄様だから、気の済むまで抱き着くなり甘えるなりするといい」
キノスラが慈愛に満ちた声と笑顔で菖蒲さんにそう伝えてきたが、俺はその笑顔に“イタズラの成功を確信した悪ガキ”めいた雰囲気を感じていた。
「過分なご配慮、ありがたく存じますわ。お言葉に甘えまして、久方ぶりにお兄様を堪能させて頂きます」
そう言ってキノスラに綺麗なお辞儀をした菖蒲さんは、大きく深呼吸をすると表情をキッと引き締め──
「菖蒲、参ります!」
──と叫ぶや否や、和服とは思えぬ速度でゲートの向こうに消えて行った。
流石は師匠の妹である。魔法式のフル構築を師匠から教えてもらっていただけあって、飛翔魔法の初速度をとんでもない速さに設定し、文字通り飛んで行ったようだ。
ちなみに、つい数秒前まで進路上に居たハズの莉穂姉達は、菖蒲さんから漂う只ならぬ雰囲気を察したのか、モーセの割った海の様に綺麗に道を作っていた。
「……ハッ、しまった!! ノーマン、俺達もすぐに追うぞ! “年配な外見の妹に抱き着かれて、めっちゃ困惑顔になってる少年な師匠”なんて光景、二度とお目に掛かれない面白イベントだ! 見逃すなんてもったいないし、指さして思いっきり爆笑してやろうぜ!」
「うむ。ナイスアイディア、BB! そんじゃ……ノーマン、出撃ます!」
そう言いながらクラウチングスタートの姿勢を取ったノーマンが、次の瞬間には菖蒲さんを超える速度で光の彼方に消える。最近は割と常識的な速度で動くノーマンしか見ていなかったが、目の前で桁外れな速度を出されると本当に瞬間移動したように見える。
完全に出遅れた感に軽く打ちひしがれながら、俺も一秒でも早くたどり着こうとゲートを潜った。
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ゲートを潜ると雪景色……などという事は無く、以前訪れた時と同様、青々と茂る木々に囲まれた広場に移動していた。
前回と違う点としては、師匠がちゃんとゲートの正面に居たという事くらいか。
あとは──
「あぁ…お兄様! とてもお懐かしゅうございます、お兄様! こんな可愛らしいお姿になって、私感激の極みでございます!」
「ちょ…!? 菖蒲、落ち着きなさい。恥ずかしいから…凄く恥ずかしいから! ホラ、良い子だから僕を下ろしなさい。ね?」
「あぁ…。この優しく諭してくれる感じ……堪りませんわっ! くんかくんか…」
「ぎゃあす! 待って、服に顔押し付けて匂い嗅がないで! くすぐったいし、さっき以上に恥ずかしいから!」
──あとは、変態チックな行動を連発する菖蒲さんのインパクトが凄くって、他に目が行かなくなってしまった。
俺達に世界平和のための後処理を丸投げした事や、天野を二次元大好きオタクに仕立て上げてしまった事に対し、「軽く嫌がらせをしてやれ」的なノリで菖蒲さんを連れてきたのだが、正直やりすぎたかもしれん。なにしろ、ちょっとやそっとで動じないノーマンですら、口を半開きにして驚いている程だからな…。
「もぅ、渉もノーマンも行動早過…ぎ……」
「渉くん、お婆様はどこ…へ……」
俺達を追いかけてきた莉穂姉、由子お姉ちゃん、その他の面々が、目の前の出来事に絶句する。
極度の兄好きっぷりをその言動の各所にちりばめていたとはいえ、言葉使いや立ち居振る舞いだけならば気品のある年配女性といった風貌の菖蒲さんだ。そんな人が、まさかこんな人目もはばからないような行動を起こすとは思っていなかったのだろう。
俺と初めて会った時の酷いはしゃぎっぷりすら、今より遥かにマシな方だったのだ。その事実を、俺と由子お姉ちゃんはまざまざと見せつけられた感じである。
「うわあああ、なんか人が大勢居るし!? 見ないで、こんな恥ずかしい姿見ないでぇええええ…」
中世的な顔立ちをした少年から出る悲愴な叫び声は、菖蒲さんの行動を止める事も無く、無慈悲に森の中へ吸い込まれていくだけだった。
結局、菖蒲さんが我を取り戻したのはそれから30分ほど経ってからである。
「私ったら、皆さまの前で大変な醜態を…。お目汚し、大変失礼いたしました…。もう二度とお話しも出来ないと思っていたお兄様と、こうして再会できたと思った途端に歯止めが効かなくなってしまいまして……」
「……長く、苦しい、羞恥心との戦いだった…」
恥ずかしさで小さくなっている菖蒲さんの言葉に対し、心底疲れたといった感じの師匠がそう零した。
尚、師匠は現在、ノーマンの背後に隠れた状態で菖蒲さんから距離を取っている。
師匠ごめん。俺がちょっと「八つ当たり気味に嫌がらせをしてやろう」なんて思ったばっかりに…。
でも、仮に俺が“莉穂姉と二度と会えない状態”になったと思っていた所、降って湧いた幸運で再会が叶った日には、さっきの菖蒲さんと同じような発作を起こしてたと思うんだ。だから、菖蒲さんの気持ちを考えると止めるに止められなかったんだよね……と、心の中で謝罪と言い訳をしておく。
「師匠、お久しぶりです! 師匠は覚えていないかもしれませんが、子供の頃、あなたの言葉に感銘を受け『二次元世界に、俺は行く!』を合言葉に育ってきた、天野薫です!」
おっと、他にも感極まってしまう人物が居るの忘れてた。
一体どんな言葉を聞いたのかは知らないが、一桁の年齢しかなかったガキの頃の天野がリスペクトしていたのが師匠らしいからな。それ以降会ってなかったみたいだし、ある感動も一入だろう。
ただ、肝心の師匠がそれを覚えているかどうか──
「『子供の頃』…? あぁ! 確か幼稚園の友達だかに、『アニメとかゲームとかに入れるわけないじゃん! バーカ!』って言われたとかで、キミが近所の公園で落ち込んでた時に声を掛けた時の話だよね?
それで僕は、『昔は絵本の中でしか見たことが無かった魔女ですら、今の世の中には人知れず生きているんだ。キミが諦めることなく、何かの縁で魔女と友達になれたのなら…。その時は、ゲームやアニメの世界へ行くことが出来るかもしれない。悔しいのであれば、その夢を諦めない事だ』とか、そんな感じに励ましたような気がするんだけど…違ったかな?」
「はい、その通りです! 覚えて頂いていたようで感激です!」
──割としっかり覚えてたみたいだな。…というか師匠、そんな“魔女は万能”的な事言って励ましたのかよ。通りで天野が二次元世界を諦めなかったわけだ。
魔女の活躍とか、魔法が発動する瞬間とかは、偶にとは言えニュースで話題になったりするから、天野としても“魔法があれば可能かもしれない”と、信憑性が高まる一方だったかもしれん。
それにしても、仮に俺ら以外の魔女と知り合いになれたとしたら、その魔女は天野に無茶振りを言われて大変な思いをしたことだろうな。
……うん。その魔女の被害とかも考慮すると、さっきの師匠の恥辱塗れの再会は、妥当な刑罰に思えてきたぞ。やっぱ、さっきの心の中の謝罪は撤回だ。
「それにしても、薫くんは籠月学園を受験してなかったから、魔女との接点は限りなく遠のいたものと考えていたのだが…。こうして、本当の渉と俊之と改めて縁を結べたんだな。良かった良かった…。
僕はこの世界で、理想のお姉ちゃんと“キャッキャウフフ…”しながら楽しく過ごしているが、この先、お姉ちゃんと恋人関係になれるか…。更には、結婚までこぎつけるかどうかは僕のこれからの努力次第。
薫くん、お互い夢に向かって頑張ろうな!」
……ん? 今なにか、現代日本人が聞いたら首をひねりそうな発言を聞いた気がするんだが…。
「あ…はい。……あの、ところで師匠。この世界、近親婚ってOKなんですか? あ、それとも、渉と同じく義理の姉を嫁にしたいって意味だったり?」
おぉ、流石は天野だ。俺が聞きたかった事を平然と聞いてくれる。
「いいや。近親婚はNGだし、姉は正真正銘“この体とは血の繋がった”姉さ。だから、この国の王様に直訴して──」
今師匠、「国王に直訴」つったか?
この世界の王様がどれほどの権力持っているかはわからんが、“姉との結婚を認めさせる”なんて頭のおかしな事のために文句を言いに行くだなんて。それじゃあ、殺されに行くような……いや、師匠の無敵っぷりを考えれば、逆に国王を脅して帰ってこれるな。“直訴”じゃなくて、ただの“脅迫”だわ。
「お兄様? 昔、私がお兄様に“一世一代のプロポーズ”をした際、『近親婚は劣勢遺伝によって、子供に障害が出る可能性が高い』だのなんだのと、それっぽい理屈を言って断りましたわよね?」
「──はい。確かに言いました。でもね、この世界は菖蒲たちが暮らす世界よりもエーテル濃度が300倍も濃いんだ。だから、例え実の姉弟で子を成そうとも、母体の神力精製量と魔力保有量の多さがストッパーになって、劣性遺伝が起きる可能性はゼロに等しい。つまり、僕とお姉ちゃんが結婚しても問題は無いんです。ご理解いただけましたかな?」
「理解はできましたが、納得は行きませんわ!」
そのあと、半泣きになりながら師匠を責める菖蒲さんの剣幕を見て、「あぁ、コレ絶対に長くなるパターンだ」と確信した俺達は、早々にゲートを潜りキノスラが居る空間へと戻った。
そして、キノスラと師匠とが知り合った経緯などを聞いて時間を潰すことにした。キノスラは大勢と会話をするのは初めてとの事で、始終喜んで会話をしてくれた。おかげで、俺達もなかなか楽しい一時を過ごせたと思う。
尚、菖蒲さんが戻ってきたのは、それからたっぷり2時間が過ぎてからである。
そして──
「私、お兄様の住む世界に残りますわ!」
──姿を現した直後、菖蒲さんはそう言い切ったのだった。瞳に固い決意を宿して…。
毎度読んでいただきありがとうございます。
次回も金曜日更新予定です。お暇でしたら宜しく。




