第04話 - 夏休みと学園祭への対策をどうするか…
俺の真顔の説得が効いたのか、天野は一息ついて俺の呼び方について諦めてくれた。
「ふぅ…そんな真剣な表情で言われたら、諦めるしかないな。…じゃあ、渉が『技の一号』、ノーマンが『力の二号』ってのはどうだ?」
…訂正。天野は呼び方の変更を諦めていなかったようだ。
「ふっふっふ…いやいや、冗談だって。そんな顔で見ないでくれ。からかい半分だったのはすまなかったが、二人が自分の生い立ちについてショックを受けてるのか否か知りたかったんだ。まぁ、普段通りな反応であるのを見るに、“切実に思い悩んでいる”…って事は無さそうで安心したよ」
ノーマンと俺が二人揃って「え~…」といった表情をしているのを見た天野が、あっけらかんと言った。
どうやら、俺達の生い立ちについてナイーブな話かどうか、呼び方をネタに反応を確かめたかったようである。普通に聞いてくれりゃあ、「別に俺達は気にしてないよ? むしろ、『影のあるキャラみたいでかっこいいかも…』とすら思ってる」などと、こちらも答えてやれたものを…。
「うむ。既に俺の事がグレッグ経由でバレていたとは言え、薫は思ったより冷静だな。正直意外だった」
天野の平常運転っぷりを見たノーマンが、半ば感心したかのように言う。
正直なところ、俺もその感想には同意である。ノーマンが兵士であり、俺も何らかの形で関与していただろう事までは予想できていても多少驚くだろうとは思っていたのだが、逆に俺達の心情を考えての反応をするとは思っていなかった。
「いやいやノーマンさんや、俺はちっとも冷静なんかじゃないぞ。めちゃくちゃワクワクして、興奮しているくらいさ! んでんで、さっき渉がそのマジックアイテムを取り出した時からずっと聞きたかったんだけど──」
勢い余ってリビングテーブルに両手を着いて乗り出した天野が、“ゴクリ”と喉を鳴らす。
「──“二次元”に行くための魔法はあるのか?!」
(((((やっぱり、それか…)))))
今のは精神感応魔法を使わなくても分かる。幼馴染ズと俺達の心の声は完全に一致していた。
何しろ、関口が予想していた通りの事を天野が言ってきたのだ。本当に平常運転過ぎて、コイツのオリハルコンメンタルには脱帽しそうになる。
そんな天野の横に視線を移すと、不安そうに唇を噛みしめて床を睨んでいる網谷の姿が見えた。
まぁ、網谷の心配は分かる。今まではどう頑張っても二次元に行く手がかりすらなかった天野の前に、魔法と言う不思議パワーを操れる俺達が現れたのだ。ただでさえ暖簾に腕押し状態だった網谷の想いは、風前の灯火といったところだろう。
だが安心したまえ、なぜなら…。
「そんな魔法は無い!」
「────ッ!」
「マジかよーーーーっ!」
俺の言葉に、一転して顔を輝かせる網谷と打ちひしがれる天野。
天野が目に涙を溜めつつ恨めし気な表情で俺とノーマンを見てくるが、残念ながらそんな魔法は俺達の師匠も作り出してはいない。諦めてくれ。
俺達の表情を見て、自分の求めていた魔法が存在しない事を悟ったのか、天野が肩を落としながらしおしおと座りなおす。
そんな天野の肩を抱きながら、よしよしと頭を撫でる網谷であったが……満面の笑みでやるなや。せめて、表情くらいは慰める素振りを見せてやれっての。ソイツ、お前を引きはがす気力を失うくらいショック受けてるんだからな。
「…なぁBB、二次元に行かせることはできないが、二次元の世界を体験させてやることはできるんじゃないか? テロリスト達を無力化したときの例の魔法で」
「…体験? VRみたいな感じに…って事か?」
ノーマンの提案を聞いた天野が顔を上げるが、目が完全にレイプ目状態になっている。
撫で続けていた網谷が「余計な事を言うんじゃないわよ!」的な表情で俺達を睨んでいるが、余計な提案をしたのはノーマンである。俺まで非難しないで欲しい。
「…まぁ、ノーマンの言った事は実現できるだろうな。マジカルゆかりんも居る事だし、成功率は100%も同然だろう。もしかしたら、天野が『網谷を恋人にしたい!』って言いだす可能性も──」
「よし、渉君。その方法とやらを詳しく! Right now!」
「──アッハイ」
網谷の目がマジだったので、俺は包み隠さず話した。
その内容とは、催眠魔法を用いた深層心理の書き換えである。
まぁ、本来であれば“洗脳”としか言えない強引な方法ではあるのだが、“二次元に行けない”という絶望的状況を緩和する上では次善策といえなくもないだろう。
天野は、今生きている世界を“現実”として認識しており、“アニメやゲームとは別”と正しく理解できてしまっているが故に「二次元に行きたい」と言っているわけだ。
では、その認識を騙す──つまり、今生きている世界を“二次元の世界”として天野に認識させてはどうか…というのが、ノーマンの提案であり、天野にとっても網谷にとっても平和な解決方法と言えるわけだ。
何しろ網谷は人気アイドルだし、天野にとっては幼馴染属性まで追加されている。しかも、網谷はどう見ても天野に好意を寄せているわけで、ここで天野に二次元という認識を埋め込んでしまえば丸く収まるのでは…という話である。
さっきだって、「お前が現実の女だからダメ」的な発言をしていたばかりだし…。
「いいじゃない! 完璧じゃない! ね、薫! 今すぐ試してみましょうよっ!」
「……その方法を試せば、網谷を現実女子という偏見なく、純粋に攻略キャラとして見ることができるかも知れないんだな?」
「あぁ、そういうことだ。…ただし、一つ条件が──」
「だが断る」
「ちょっ!? なんでよ薫っ!?」
俺がすべてを言い切る前に天野が劇画調で却下し、それを聞いた網谷が悲鳴に近い声で叫んだ。
「……いやぁ、いい感じに『だが断る』してきたねぇ。まさか断られるとは思っても無かったよ。流石は天野、使いどころを心得てらっしゃる」
「うむ。ナイス『だが断る』」
「ちょっと二人とも、何で拍手しながら褒めてるの?! 断られると思ってなかったのなら、薫に“断った理由”を問いただす場面じゃないの?!」
「あぁ、すまん網谷。ジョジョネタを知らないとそういう反応になるよな。
…んじゃ、ネタの説明をすると先に進まないし、網谷の言うように“理由”を聞かせてもらおうか、天野?」
網谷をはじめとする女性陣の頭に“?”が見え始めたので、天野に断った理由を尋ねてみる。実際、俺達としても断られた理由は不明だからな。
「いいだろう。まず一番の理由だが、俺は二次元のキャラ──特に某ゲームのタ○姉に甘えたり甘やかされたりしたいんだ! …別に網谷が嫌いってわけではないが、俺は“理想のキャラを堪能したい”って夢を諦めきれないんだ!」
「分かる! タ○姉、いいよなっ!」
「だろっ! リアル姉萌えの渉なら、絶対に理解してくれると思ったぜ!」
ガシッと音がしそうな勢いで握手を交わす俺達。
しかし、そんな俺の真横から底冷えするような声で莉穂姉が話しかけてきた。
「渉。あとでそのキャラについて、じっくりと聞いてもいいかしら? ううん。別に渉を責めてるわけじゃないのよ? ただ、渉がそんなに嬉しそうに私以外の“姉”を話すものだから、『私も負けてられないわね』って思っただけなの。…い・い・か・し・ら?」
「…はい、ヨロコンデ」
「まぁ、そういう訳だから、さっきの提案については“最後の切り札”とさせてくれ」
「ちょ…こんな状態なのに話続けちゃうんだ?! いやまぁ、理由は分かったよ。その気になったら連絡してくれ…」
「おう。そん時は頼む」
莉穂姉の雰囲気に呑まれている俺をよそに、天野は爽やかに微笑んでいた。ホント、コイツはガチの二次オタという点を除けば、裏表のない爽やかイケメンだというのに惜しい奴である。
網谷、頑張ってくれ。俺は陰ながら応援するぞ。
……などと考えていたのがいけなかったのか、網谷が俺に近づいてこう言ってきた。
「私にも、そのキャラの説明を聞かせてもらえるかしら?」
「…はい」
その後なんやかんやあって、タ○姉について説明する相手は由子お姉ちゃん、マチュア、滝川を含め計5人となりました。
まったく、皆して自己研磨の精神が高いんだかなんなんだか…。
やや脱線した場面もあったものの、当初の目的である“制約魔法魔道具を天野及びグレッグ達に使用する”という点はクリアできた。
網谷という想定外の参加者も居たが、6年ぶりだというのに昔通りに接する事もできたし、俺達の詳細も説明できたから丁度良かったのかもしれない。
これで、名実ともに昔から交遊のあった幼馴染全員に俺とノーマンの秘密をさらけ出すことができたわけだ。今後は軍関係の仕事をしている事を無理に誤魔化したりする必要もないのだ。
切っ掛けがグレッグのうっかりだったとはいえ、有意義な時間だったと言える。
その後、天野と網谷とは初顔合わせとなるメンバーに自己紹介をしてもらい。夕飯を食べたりしていたら20時を過ぎていた。
会談自体はそこでお開きとなったのだが、タ○姉について説明をせがまれた俺が解放されたのはそこから更に2時間が経った後である。
ノーマン達やグレッグ達、天野なんかは「関係ない」とばかりに帰宅してしまっていたので、「網谷を家に送り届けろ!」という名目で天野だけ呼び戻してやった。
聞くところによると、網谷は家族と一緒に昔住んでいた家に戻ってきたそうだ。家の場所は天野家の隣なので、天野のやつも素直に迎えに来ていた。現実の女とは付き合いたくないとは言っているが、別に女性に対してぞんざいな対応をするような奴ではないので、夜に女の子を送り迎えする程度の甲斐性はあるのだ。
このまま『ラブコメ系ラノベ主人公』としての位置を確立してしまうがいい。お前も俺の仲間となるのだ。
▲▽△▼△▽▲
その夜、籠月学園寮に戻ってきた俺はキッチン兼リビング兼ダイニングで大きな溜息を吐いていた。
「はぁぁぁぁぁ~……やっと終わった。マジ疲れた」
「おぅ。BB、お疲れ。大変だったみたいだな」
「あぁ。実際、大変だったよマジで。突貫工事で魔道具を改造したあとだったから倒れるかと思った…」
莉穂姉達に説明を始めたばかりの頃は良かったんだが、途中から説明に熱が入ってしまい、後半あたりからあまり記憶が無い。なんかもう、魂で語ってた感じがする。終わったあと、しばらく呆然としてしまったくらいだ。
「そうか。じゃあ大浴場にでもゆっくり浸かってぐっすり眠ると良い。ホイ、BBのパジャマと風呂道具一式だ」
「おぉ…、ありがとう。んじゃ、早速浸かってくるわ…」
「おぅ。茹ってきな」
ノーマンの軽口を後ろに聞きながら玄関を閉め、寮最上階の大浴場に向かう。
大浴場の天井は一面ガラス張りになっており、雲が少なければ夜空が良く見えて気持ちよく風呂に浸かれるのだ。
銭湯と同様に男風呂と女風呂が用意されているのだが、女性に比べて男性の方が魔力保有量が少ない傾向にあるため、男子の入学者はどうしても少なくなる。そのため、男子風呂は女子のそれと比べて二回りほど小さめに作られているらしい。
女子風呂に比べて小さいとはいえ、俺とノーマンしか利用する人間が居ないのでほぼ貸切風呂のようにゆったり浸かれる。一応、生徒が過ごしている部屋にも洗面台やユニットバスが設けられているが、大浴場の利用者の方が圧倒的に多いらしい。
「ま、こんな立派な大浴場が朝晩利用し放題だもんな。わざわざユニットバスにお湯を張って掃除して…なんてやらずに済むんだし、こっちを利用する人が多くなるのも頷ける話だ。
はぁ~…それにしても、やる事増えたなぁ~。学園祭までに“ラスト・ワン”共をひっ捕らえる準備して、夏休み中は莉穂姉達を師匠から譲られた無人島に案内して、来月の今頃は期末試験…いや、これば別に対策するまでも無いか。
何にせよ、一番の問題は学園祭だよなぁ…。一般人があちこち移動する中、“ラスト・ワン”の連中をどう誤魔化しながら捕まえるか? 流石に今度ばかりは学園に居る皆の力を借りないと手が回らないだろうなぁ…。人の目が無けりゃ、ノーマン一人で余裕だろうに…くそっ、もどかしい」
湯船に浸かりながら、そう独り言をこぼす。
傍から見ればバカっぽいだろうが、意外と考えがまとまるし、なんとなく気分もすっきりするので困った時に良くこうしている。
ただ、今回ばかりは疲れの方が強かったようで、良い案が浮かぶことも無くのぼせかけてしまった。急いで脱衣所に戻り、扇風機に当たりながら体と頭を冷やす。
「ふぃ~…。まったく、趣味の方面での魔道具作りもやりたいってのに…設計図が完成してるのだっていくつか溜まって……あ!」
俺は籠に入れていた荷物の中から携帯を取り出し、義父さんに電話を掛けた。
「もしもし、義父さん? あのさ、あとで設計図を渡すから、“研究所の地下駐車場にある巨大ロボット”を、暇そうな研究員とっ捕まえて完成させてもらえないかな。…うん、そう。所長命令で。なる早でお願い。
…あ、それともう一つ設計図を渡すから、そっちも別枠で作成よろしく。大丈夫、こっちはロボットに比べりゃ遥かに楽だから。じゃ、よろしく~」
そう、なにも俺が手ずから作る必要はないのだ。マチュアボディを作り上げるだけの技術が集結している研究所だし、彼らならポンッと作り上げてくれるに違いない。
スピーカーの向こうから「勘弁してくれ~」という断末魔が聞こえた気がしたが、きっと幻聴だろう。なんだかんだで義父さんならやってくれると俺は信じているからな。
まったく、どうして今まで気付かなかったんだろう。いざとなったら、仲間を頼る。うん、実に日本人らしい良い言葉じゃあないか。
俺はすっきりした気分で部屋に戻り、ぐっすりと眠るのだった。
…後日、研究所からでとんでもない金額の請求書が届くことになる事を、この時の俺はまだ知らない。




