第05話 - 反撃の開始
─ 2012年4月20日(金) 08:40 ─
「嘘だろ…」
ノーマンが、驚愕した顔で俺に問いかける。本気なのか冗談なのかは分からないが、コイツがこんな表情をするのは初めて見た気がする。
サングラスを掛けているため、どの程度目が見開かれているかが分からない点が残念でならない。
「嘘だといってよ、BBィ」
「おいバカやめろ。俺が死んじゃうフラグだろ、それ! …けど、上手いな。“○○ダム”初のOVA第五話を、いい感じに捩ってるじゃないか。座布団を5枚上げちゃおう。 でもごめん。耳や尻尾を誤魔化すための道具は、本当に用意できてないんだ」
「ねぇ、渉落ち着いて。 さっきから、渉が何を言ってるのか分からないよっ!」
「遺言だよ…。 あ…」
俺たちのやり取りを見ているだけの滝川だったが、突然饒舌に語り出した俺にツッコミを入れてくる。そのツッコミ内容に俺のアニヲタ魂が反応し、つい“ホモ疑惑の高い少年”風に返事をしてしまった。
振り返ってみると、青ざめた表情の滝川と目があった。目には涙が溜まり始めている。直前に「死んじゃうフラグ」などと発言していた事もあり、冗談に聞こえなかったのかもしれない。
そもそも、滝川は一般人だし、今のネタは分かるわけもないか…。何と言うか、やっちまった感が半端ない。自他ともに認める姉好きの俺だが、幼馴染への罪悪感で死ねそうだと思ったのは今日が初めてだ。
うわっ…この数分で俺の初めて、奪われ過ぎ…?
いや、総死亡回数が30回を超える“ニ○ル”や“ト○ル”に比べればまだまだだな。…って、そんなこと考えてる場合じゃない。早く謝らないと。
「ごめん。久しぶりのオタトークだったから、ついテンションが上がっちゃって…。 さっきのノーマンの発言で、俺が本当に死ぬことはないから安心してくれ。な? 遺言とか言ったけど、そっちもただのアニメネタだからさ」
「えっ…あ、うん。良かった。 …それよりノーマンは頭、平気なの?」
「ん?奈津美の心配は尤もだと思うが、俺は正気だぞ? 確かに嘘みたいな話だが、本当に獣耳も獣尻尾もついてる娘が居るんだよ。 こっからじゃ見えないだろうが、今もあの辺で校舎周辺の動きを観察してもらっている」
ノーマンが、クイクイと親指で山の方を指す。
俺も釣られてそっちを見るが、山の木々しか見えなかった。待ち伏せ態勢をとってるだろうし、見えなくて当然か。
「えっと、その…そういう意味じゃなくて、さっき渉に撃たれてたよね? 金属の筒みたいなのだって落っこちてるし、おでこだって赤くなってるし、弾、当たったんじゃないの? …っていうか、なんで渉もピストルなんて持ってるの?!よくできた偽物だったりしないの?! それに、ノーマンが転入するのって、来月って言ってなかった?! ねぇ、今学園で何が起きてるの?!」
滝川がわたわたしながら疑問をぶつけてくる。途中から、常識離れしている現状にヒートアップしたようで、半ば泣き叫ぶような問い方になっていた。金属の筒と言ったのは、恐らく俺の足元に転がっている“空薬莢”の事だろう。日常生活では聞く事のない名称だから、知らなくてもおかしくはない。
そういえば、ノーマンがここに来た経緯を話す直前、俺は挨拶と同時に一発おでこにぶっ放しているんだった。本人が普通に話を始めたから、俺も気にしてなかったが…。
当たり前だが、実弾を脳天に食らって生きていられる人間は居ない。ノーマンは戦車相手に生身で戦えるようなヤツだから、俺も躊躇なくツッコミ代わりに撃てただけである。だが滝川はそんなこと知るわけないから、目の前でいきなり『幼馴染が、幼馴染を撃ち殺した』ようにしか見えないよな。色々と驚かせてばかりで申し訳ない。
「滝川…すまないが、説明は暫く待っていてもらえないかな。 …皆も、色々と混乱しているだろうし、説明が欲しいところだと思う。 だけど、俺たちにも何でこんな事になっているのか分かってないんだ。だから、ここにいるノーマンと一緒に、まずは他の教室を解放させようと思う。 ついでにテロリストを締め上げて、目的とかを聞き出して“事”の全容を聞き出そうと思ってるんだけど、良いかな?」
滝川とクラスメイトたちに、まずは学園の解放をしておきたい旨を伝える。始めは不安そうにクラスメイト同士で顔を見合わせたりしていたが、俺の表情や声音から自信があることを感じたのか覚悟を決めた顔で全員頷いてくれた。
作戦を立てるためノーマンの方に向き直ってみると、喉に装着したバンド型の通信機を押さえて小声で話をしている。恐らく、マージちゃんと状況確認を取っているのだろう。俺も今のうちに、中断されていたマチュアの報告を聞くことにした。
[マチュア。さっきの続きだが、連中の動きはどうなってる?]
[他の教室についてですが、それぞれ一名ずつテロリストが配置されています。 教職員棟、警備員棟ともに動きはありません。 学園内の残りの反応も、29名のまま変化ありません]
「…よし。ノーマン、マージちゃんは何だって?」
「俺がここに来た時と変わりなしだと。これといって、目に見えた変化はないそうだ。 テロリストは、どいつも教室の前方ドア付近に居て、生徒らに睨みを効かせている状態だ」
ノーマンからの情報でふと思いついたことがあり、マチュアに確認を取る。
[マチュア、各教室の生徒たちはどうなってる? 皆自分の席に座らされたままか?]
[いいえ。どの教室でも全員窓側に移動させられています]
「ふむ、ならば……ノーマン、素人考えなんだが──」
俺が思いついた作戦をノーマンに説明する。
「──というのはどうだろう?」
「いいんじゃないか? 面識のない俺が入って下手に騒がれるよりスムーズだろうからな。 じゃ、状況開始といこうか」
ドアの窓部分から廊下を窺いながら説明を聞いていたノーマンだったが、俺の作戦をあっさり快諾するや否や即実行に移した。「じゃ、」と言い始めた時点でドアを開けていたあたり、ノーマンもさっさと終わらせたいのだろう。
「二人とも気を付けて。 無事に戻ってきてよ」
俺も廊下に出ようとした瞬間、滝川が声を掛けて送り出してくれた。
「大丈夫、いざとなったらノーマンを盾にするから」
「ちょ、BB?!」
「しっ。いくら各教室の防音性能が高いと言っても、廊下で大声出したら気づかれるかも知れないだろ」
「解せぬ…」
滝川を安心させようとボケたつもりだったが、何とも言えない表情で苦笑いされてしまった。そういえば、まだノーマンの身体の秘密を説明してないんだったな。全部片付いたら、今まで秘密にしていた理由も含めて説明した上で謝罪しよう。
─ 同日 08:39 ─
さて、このままでは気絶状態とはいえテロリストを放置する事になる。もしもの時のため、いざという時の対応を“菜月先生”にお願いしてみるか。
[“菜月先生”。万が一テロリストが目覚めた場合は、対応をお願いします!]
[オッケー、貸し一つね。 それより、私の事は“マジカルゆかりん”って呼んでって言ったじゃない]
“マジカルゆかりん”改め“菜月紫”が、頼み事の内容よりも呼び方に文句を言ってくる。
俺に精神系魔法を伝授してくれた先生という意味で「菜月先生」と呼んでいるだけであり、実際はこの学園の女生徒の一人だ。精神系魔法の扱いは俺よりも遥かに手慣れているので、留守を任せられるとしたら彼女の他に考えられない。
[…え?!あれ、本気で言ってたの?! 恥ずかしくない?]
[どこが? いかにも魔法少女みたいで、可愛らしいじゃない]
[…さいですか]
やり取りをしている間に、隣の2-A教室の後方ドアに到着したので身を潜める。
前方ドアに手を掛けたノーマンが、なかなか行動に移さない俺を見て首を傾げていた。「なんでもない」と手を振り、一呼吸置く。直後、勢いよく後方ドアを開け、教室に入ると同時にグロッグ26を構え前方ドアへ向き直る。
向き直った俺の目に映った光景は、テロリストをノーマンが絞め上げる瞬間であった。俺の侵入とほぼ同時に背後を取り、サクッと締め上げたらしい。AK-47の銃身で首を押さえられ、力負けしたテロリストの肘や手首が、悲鳴を上げそうなくらい急角度で曲がっている。これでは叫びたくても口が開かず、撃ちたくても引き金を引くだけの力が入らないだろう。
いきなりの出来事に固まっている生徒たちに対し「静かに」とジェスチャーし、もがき苦しむテロリストに近づいて催眠魔法を試みる。
催眠魔法は、端的に言えば相手の意識に同調し易くするためのリラックス状態を誘発させる魔法である。意図的に事前対策しないと、気付いた時には暗示をかけられた後だったなどという可能性すらあり得るほどの同人誌を厚くできる魔法である。その分、使いこなすにはかなりの練度が必要となるので、簡単に実行できる魔法でもない。
ちなみに、菜月先生は俺のように近づく必要もなく、視界内にいる相手であれば催眠状態にできるほどの手練れである。
テロリストの体から力が抜けたので、ノーマンに目配せして離すよう促した。どさりと尻を打ち付けるが、何の反応もない。あとはテレパシーで暗示をかけ、催眠状態にするだけだ。テレパシーを使う理由だが、これは言語を意識する必要がないためである。わざわざアラビア語で暗示を言うの面倒だし。
普通であれば、暗示と併せて催眠状態を解除するためのキーワードなども設定するが、今回の場合は解除する理由もないので一方的に以下の暗示をかけることにした。非人道的と非難されるかもしれないが、先に仕掛けてきたのは彼らだ。どのような結末になろうと自業自得である。慈悲は無い。
・「さぁ、作戦を再開するぞ」と言うと、次の暗示を実行する
・学園の生徒には、危害を加えない
・自分は、防衛軍所属のスパイである
・伊藤渉も野間俊之も、自分と行動を共にする仲間である
・「これが終わったら、俺、防衛軍で農業するんだ」と心に決めている
農業の件はとっさに思い付いただけの嫌がらせなので、実行してくれるかどうかは怪しいところだ。だがもし農業をしてくれるなら、テロリストの有効的な活用方法として防衛軍上層部に掛け合うのも吝かではない。
給料は最低賃金など完全無視な現物支給。急な天候の変化には24時間対応しなければならず、気を抜く事も出来ないハラハラドキドキな毎日。虫喰い、日照り、土の病気など、自然に対して人間が如何にちっぽけな存在であるかを体感できる生活環境です。悟りを開きたい方にオススメな自給自足ライフを是非どうぞ。
なに、ちゃんと暗示が効いていれば、本人たちは「お仕事楽しいです!」と言いながら喜んで農業してくれる事だろう。実にクリーンで、エコで、非人道的なテロリストのリサイクル方法である。
その内、「お前も農林業にしてやろうかー!」とか叫んで仲間を増やしたりしないかな。
「BB。黒い笑顔してるけど、終わった?」
「あぁ、終わった」
「恐らくコイツの人生もな」と付け加えながら、ノーマンに暗示の内容を説明する。
「BB、えげつないな。 実は結構怒ってるのか?」
「当・然! 今だって、この真下で莉穂姉が怯えてると思うと、今すぐ駆け付けたいくらいだしな!」
今更だが、この高等部校舎は2Fに三年生の教室、3Fに二年生の教室、4Fに一年生の教室が割り当てられている。各学年にはA~Cの組があり、いずれも30名強の生徒が在籍している。ノーマンとマージちゃんを含めると、高等部の総生徒数は315名にも及ぶ。
既に何度か名前が挙がっている俺の義姉である“伊藤莉穂”は、この教室の真下、3-Aに在籍している。早く助けに行きたいところだが、まずは3Fを解放する予定である。その次は、一番心細い思いをしているだろう一年生を解放しに行く予定だ。義姉との再会は、最後の最後でじっくりと味わうことにしよう。
「歪みねぇ姉好きぷりだな」
「勿論です。プロですから」
「『野郎オブクラッシャー!』…なんて、間違っても叫ぶなよ? 死亡フラグだから」
「こやつめ、ハハハ! 俺の死亡フラグを真っ先に立てておきながらぬかしおる」
そもそも、俺が銃を捨ててナイフで格闘戦に挑むなんて、そんな無謀な事するわけないだろ。
─ 同日 08:44 ─
「さてと…。 2-Aの皆、聞いて欲しい──」
先ほど教室で言ったことと同じ内容の説得をすると、少しざわついたものの先ほどと同様に頷いてくれた。こうも簡単に納得してもらえると、同級生たちからの信頼が嬉しい反面、プレッシャーも感じてくるな。
一方テロリストだが、催眠状態にした後の措置を考えていなかった。いくら無害になったとはいえ、2-Aに置いたままにするわけにもいかないので──
「マジカルゆかりん。 今後、仕留めたテロリストを2-Bにまとめることにしたから。悪いけど監視よろしく!」
「…完全に仲間として周知させに来たわね。どういうつもりよ?」
──2-Bに放り込んで、菜月先生に丸投げする事にした。
菜月先生から「返答次第では承知しないわよ」といったプレッシャーを感じるが、「お前だけが頼りなんだ!」といった具合に頼れば喜んで手助けしてくれるので説得自体は容易い。実に攻略し易いヒロインなお人なのだ。…将来、ダメ男に引っかかって大変な思いをするんじゃないかと少し不安になってくる。
「BB、彼女は?」
「さっき使った催眠魔法とかを教えてくれた、いわば俺の魔法の先生だよ。 俺よりも優れた使い手だし、何かあっても一瞬でテロリストなんか洗の…撃退してくれること間違いなし」
「渉。あなた今“洗脳”とか物騒なこと言いそうになったわね? 私を巻き込んだ事といい、今すぐ罰を与えてあげようじゃない! …そうね、とりあえず私の足を舐めてもらうとかどうかしら?…フフフ」
顔に影を落としながら、ベタな命令を言い出す菜月先生。口を細い三日月状に開き、舌で上唇を軽く舐める仕草が妙に艶めかしい。普段は絶対に見せる事のない表情に、ゾクッと来るものを感じてしまう。
…いけない、そっち側に目覚めてしまうところだった。おのれ、身長150cmもない幼女体型の癖に蠱惑的なアトモスフィアを纏いおって。ロリコン連中には、間違いなくご褒美じゃないか。俺にはただの罰でしかないけど…あ、「罰を与える」って言ってたのだから正しい判断だな。
俺の中で何かが芽生えそうになったりしていた間に、菜月先生が机に腰掛け足を組みながらそっとニーソを下ろし始める。綺麗に染め上げられた金髪が煌めき、「クスクス」という笑い声に合わせてツインテールが微かに揺れる。
表情と相まって、Mには堪らない雰囲気を醸し出していると思う。俺はMじゃないし、ロリコンでもないからよく分からないけど。
しかし、金髪ツインテールの美少女がツン成分多めなのは様式美だから仕方ないとしても、俺が莉穂姉の御御足より先に、他人の足を舐めるなどゆゆしき事態である。どうせ菜月先生も、俺が断ることを見越して本命の提案を別に用意しているだろうし、ここは気軽に断っておこう。
「俺の代わりに、ノーマンが舐めるんで許してください」「美少女の生足?!羨まし過ぎるぞっ、BB!俺と代われ!」
「「……えっ?!」」
俺とノーマンの発言が重なる。一見、利害関係が一致しているように見えるが、俺のは100%冗談だぞ、オイ。
お互いの発言に驚き、確認するように顔を見合わせる俺たち。
「「本気で言ってるの?!」」
今度は言葉まで完全に一致した。だが、お互いの心境は恐らく微塵も一致していない。俺の発言には困惑が、ノーマンの発言には歓喜が含まれているからだ。
「~~っ冗談に決まってるでしょ! 渉に困った顔をさせたかっただけなのに、何て事言い出すのよっ!そのグラサン野郎はっ!」
顔を真っ赤にして狼狽えた言い出しっぺが、ノーマンに八つ当たりを始める。先ほどまで放っていた雰囲気とのギャップに、俺は不覚にも少し萌えてしまった。教室内にも、どことなくほっこりした空気が漂う。
美少女が赤くなってわたわたしている姿は、どうしてこうも尊いのだろう。
「ちぇ~、残念…」
対照的にノーマンだけが少し項垂れて一言呟いていた。コイツ、半分くらい本気だったな。あとでマージちゃんに会ったらチクってやろう。
2017/4/4 高等部の総生徒数を撃ち間違えていたので修正(115名→315名)
三学年、計9クラスもあって115名は少なすぎるって。クラス分けの意味がない。