第06話 - 海開き2日目前編
タイトルの割に、海要素少ないです。ごめんなさい。
─ 2012年6月5日(火) ─
…ふぅ。久々に徹夜をしてしまった。
まぁ、今日も授業自体は休みだから、ビーチパラソルの下で優雅に昼寝を満喫するのもアリだろう。…昨日みたいに周りがはしゃいで来そうだから、あまり期待はできないが。
「はぁ…。ちと早いが、今のうちに美沙都さん達に渡してくるか」
俺は、徹夜の理由となったブレスレット型魔力通信機とルームキーを手に取る。
現在時刻は午前5時を少し過ぎたくらいだが、警備員棟に勤めているお姉さん方には夜勤担当の人もいる。
シフト制なので、今日の夜勤担当に美沙都さんが居るかは分からないが、テロ騒動の際にノーマンにぶち壊させた天窓が補修されるまで、強化ガラス代わりの防御壁魔法を毎日張りに行っていたのだ。そのため、今では美沙都さんだけでなく警備員のお姉さん方全員と顔見知りである。
俺やノーマンが異常なスペックを有していることも、防衛軍に所属していることも、今や学園関係者全員が共有している事実だ。こういった便利魔導具を、俺がちょいと作ったとしても性能を疑われることなく受け取ってもらえるだろう。
「ノーマン。俺、今からちょいと魔導具渡しに警備員棟へ行ってくるわ。使い方の説明とか、実際に扱った際の感覚とかも確認してくるから、時間が掛かるかもしれない。朝の清掃開始までに戻れなかったら、俺はそのまま担当の清掃区域に直接向かう事にするわ。その際は、お前の方で戸締りを頼む」
「了解。朝飯は皆と一緒に食うんだろ? それとも、掃除のあとも説明に戻る予定か?」
ノーマンの私室のドアを軽くノックし、扉越しに出かける旨を伝えると、既に起床して着替えも終わっていたノーマンが顔を出して聞いてきた。
この学園は、もともと“花嫁修業をさせつつ、強く賢い女性を育てる”という名目で創設された女学園である。その名残と言うか、建前と言うか…が、今でもいくつか残っているのだ。その一つが、日曜日を除き毎朝6時から行われる清掃活動である。
高等部と大学を合わせて700名近い生徒が寮に住んでいるので、その清掃範囲は寮内だけではなく学園の敷地全体にまで及ぶ。とは言っても、魔法を用いて掃除を行うという魔法訓練も兼ねているため、肉体的にはそこまできつくは無い。早起きが得意ではない生徒が、多少泣きをみる程度である。
清掃区域や、一緒に作業をするグループメンバーは毎週ランダムに振られ、親しい間柄云々は考慮されずに組むこととなる。ただし、入学当初は心細いだろうという配慮から、仲が良いメンバーと一緒になるという配慮はされていたので、今後、男子の比率が増えてくれば、男性のみのグループというものが見られるかもしれない。
まぁ、入学前の最終面接で“大まかに人柄を見抜く魔導具”を使って合否を決めているので、イジメや険悪な態度を取るような人物が入学する事が無いのが救いといったところか。
清掃時間は長くても30分で打ち切りになるため、じっくりと掃除することはできないが、創設から50年以上行われてきただけあって学園内はどこも綺麗な状態を保てている。
尚、校舎内の清掃は高等部も大学も授業後に行っているので、朝の清掃範囲には含まれていない。
また、家庭部に所属する生徒は朝の清掃活動を免除されているが、その分、早くから朝食の用意と昼食用の仕込みを行うという作業が割り当てられている。
朝食は早くても6:30からの開始であり、授業開始時間を考慮し、高等部生徒は8:00までに、大学生は8:30までに朝食をすませなければならないというのが暗黙の了解となっている。
今までは、朝食や昼食を意図的に一緒に取るという事をあまり行っていなかったのだが、俺の姉禁暴走事件に学び、『可能な限り、朝食や昼食は幼馴染メンバー全員で食べよう!』という方針が、一昨日の夕飯時に打ち出された。
ノーマンが今しがた「一緒に食うんだろ?」と確認してきたのは、それが原因である。
女性陣としては、軽くメイクしたり清掃後のエチケットとして消臭スプレーを遣ったり、色々面倒な手間が増えるだろうからと、あえて一緒にならないよう配慮していたのだが、まさか自分が原因でこんな方針が決まるとは皮肉な話である。
実際、去年俺が入学した当初は、学園内の“逆・紅一点”という事もあり、朝の清掃活動で同じグループになった女生徒や、朝食時の食堂内は、妙にそわそわしたような雰囲気を醸し出していたし、化粧にもやや気合が入っていたものだ。
まぁ、一週間も経てば、俺の度を越した姉好きっぷりと、莉穂姉の弟好きっぷりに辟易したようで、生徒達から肩の力が良い意味で抜けたのは記憶に新しい。
「朝食か…。うん。たぶん大丈夫だから、一緒に食べるよ」
「OK。じゃあ、BB。昨日と同じ時間に食堂で…」
「了解。ほんじゃ、また後ほど…」
報連相も済ませ、警備員棟に出向こうとして玄関を開けた瞬間、最初の試練が待ち構えていた。
「おはよう、渉。徹夜、お疲れ様。どこかに出かけるんでしょ? 偶然、私も昨晩からずっと暇で待機していたから、一緒に行きましょう」
「マチュア…。俺は今、お前本体とコピーとの情報連携をストップさせようかと本気で悩み始めたぞ」
恐らく、俺の私室PCに備え付けになっているカメラからの情報で、俺が昨晩からリビングで何かの作業をしていることを察したマチュア・コピーが、本体に情報をリークしたのだろう。
寝る必要も無ければ、特にメイクしなくても見栄えの良い人工皮膚を持つマチュアである。俺が何か早朝から作業するかもしれないと踏んで、昨晩からスタンバイしていたようだ。
まったく、「普通に教職員棟の整理とかしとけよ!」と言いたいところだが、実はマチュアが教職員として働くようになって以降、教職員棟の在庫管理や備品の整理等はいまだかつてないほどに良好らしい。運転免許から教職員免許、果てはファイリングデザイナー検定と、色々な資格を取らせていたことが功を奏したのか、俺へのアブノーマルなアプローチ以外、マチュアへの評価は概ね教職員から好調とのことである。
「解せぬ」という思いを胸に、マチュアの誘いを断る理由が見つからなかった俺は、しぶしぶ行動を共にするしかなかった。どうせ、断ったところで付いてくる気満々といった表情だったしな…。
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あのあと、警備員棟を訪ねたのだが美沙都さんは居らず、ここ最近で顔見知りになったお姉さん方に魔力通信機の使い方を説明し、試しに実践してもらうという流れを行った。
老化抑制魔法の効果アップのために、魔法式のフル構築が浸透したおかげか、精神感応魔法の応用に当たる念話通信もすんなりと覚えてもらえたのは嬉しい誤算だった。おかげで、予想よりも早く使い方をマスターしてもらえたので、テロ組織ラスト・ワンと思しき人物が日本に潜入しているという情報も共有でき、敷地の外に怪しい人物を見かけたら通信機で連絡をもらえるよう約束を取り付けることもできた。
お姉さん方は皆、「なぜこの学園が狙われるのか?」という疑問を持ったようだが、軍関係者が居るという状況を思い出し、「世界各国で鎮圧を成功させてきたから、恨まれているのか…」という結論に行きついたらしい。
まぁ、その考えは的外れで、「俺とノーマンにぶちのめさせるために送り込んできている」というのが正解なのだが、そこは黙っておくことにする。俺達が、この学園の敷地内で敵をぶちのめすことにより完成するらしい“儀式”の詳細も、師匠は教えてくれなかったし、変に疑問をぶり返す必要もないだろうからな。
まぁ、何にせよここまでは良かったんだ。
マチュアも腕を組んでくるくらいで、特に喧しくも無かったし、ちょっと動きづらい程度だったから。
問題だったのは、朝食時である。
まず、朝の清掃を終え、部屋に戻り清掃用ジャージから私服に着替える。いつもならば制服を着るところだが、今日もビーチで遊ぶしか予定がないので水着の用意と私服だけで十分なのだ。
ノーマンのやつは、結局のところ制服を作りに行かなかったので、私服を貫き通すつもりでいるらしい。マージちゃんも獣耳と尻尾の関係で、わざわざ隠してまで作りに行くのが面倒という流れになり、これまた私服で過ごすことになった。マージちゃんはシックな服装なので良いのだが、ノーマンは黒いタンクトップに迷彩ズボンという出で立ちが多いので、クラスの中でもめっちゃ目立つったらない。…今度、オーソドックスな服を買いに行かせようと思っている。
次に、食堂へ向かう。そして、第二の試練はここで起きた。
なんと、俺とマチュアが連れ立って警備員棟に向かって行ったのを、莉穂姉がベランダからたまたま目撃していたらしいのだ。
そこからはもう、食堂に居合わせた女生徒達が好奇の目で見てくるレベルの、昼ドラの様な会話の応酬開始である。まぁ、やりあっていたのはマチュアと莉穂姉だけで、俺が止めようにも「渉は黙ってて!」とユニゾンで言ってくるなど取り付く島も無かったわけだが…。
そして、二人が言い争いをしている間に、ちゃっかりと俺の両脇の席を押さえる滝川と由子お姉ちゃん。それを見て愕然とするマチュアと莉穂姉。苦笑いするしかない関口と妹尾。いつも通りの調子を貫く他のメンバーといった感じで、俺の周囲だけ姦しい状態の朝食となった。
正直、落ち着いて飯が食いたい…。
そんなこんなで現在。
打ち寄せる潮騒は穏やかで、水着に着替えた女生徒達は楽しげに海水浴を楽しみ、そんな姿を澄み渡る青空が見守ってくれている。昨日に引き続き、絶好の海日和といった感じだ。
だが俺は、徹夜をしたこと以上に疲れていた…精神が。
女が三人寄れば姦しいとは言うが、右手に莉穂姉、右後方に由子お姉ちゃん、左後方にマチュア、左手に滝川…この状況だとどうなるんだろう? 女女男女女……なんだ、ただの5Pか…などと思考がダメダメになるほど疲れていた。
眠い…だが、今眠ってしまうとナニをされるか分かったもんじゃないという状況である。
何しろ、この場に居る人間は、俺を含め軒並み水着なのだ。脱ぐのも簡単だし、脱がせられるのも簡単である。
…くそう、莉穂姉だけに何かされるのならともかく、マチュアが本当に何をしでかすか分かったもんじゃないのが恐ろしい。
流石に、これだけ周りに目がある中でいかがわしい事はできないとは思うが…大丈夫だよな。「見られている中の方が興奮する!」とか痴女な方向に目覚めないよな。痴女っちゃう莉穂姉とか、満更嫌でもないから俺頑張っちゃうよ──ってマジで何を考えているんだ俺は!
何か、何か目が覚めるような事をしなくては…嗚呼、莉穂姉のおっぱい柔らかくて気持ちいぃ…脳が溶けるぅ。
[こちら美沙都。渉君、聞こえるかしら?]
半分寝落ちしかかった俺の頭に、魔力通信が届く。突然の事だったのでビクッとしてしまったが、おかげで目が冴えた。
引っ付いていた莉穂姉達が、やや艶めかしい声を出したから凄くドギマギしてしまったが、今は美沙都さんからの通信に集中しよう。
[はい。美沙都さん、しっかり届いてます]
[あぁ、良かった。この通信機ありがとうね。こうして実際に浸かってみると、凄く便利だわ]
[喜んでもらえたようで何より…ところで、わざわざそれを伝えるために通信を?]
[いけない! 実はさっき、北東東の林の上に、人影らしきものが見えたのよ。一瞬だけで、見間違いかもしれなかったのだけど、念のため報告しておこうと思って…]
[早速、来やがったか。…ありがとう、美沙都さん。こっちでもノーマンと一緒に確認してみます!]
今度こそ先制打を取ってやるという意気込みを胸に、俺はノーマンを引き連れて男子更衣室に急ぐのだった。




