第19話 - いつも通りやればいい
「…っと、どうしたよ? 急に叫び出して。ここは魔獣とかは少ないけど、狩猟で肉を供給できるくらいには動物も居るからあんまり騒がないでくれよ…。まぁ、このメンツなら軽くぶちのめせるけどさ」
「そうだぞ、BB。急に叫ぶもんだから、頭がおかしくなったのかと少し心配したくらいだ」
「うっさいわ! さっきまで『おっぱいの大きさが測れない』なんて下らない理由で地団駄踏んでたヤツに、頭の心配をされたくないっての!」
鳩が豆鉄砲を食らったような表情の師匠と、いつの間にか地団駄を止めたノーマンが俺にツッコミを入れてくる。
…それよりも、師匠から心配されるのはともかく、ノーマンに頭の心配をされたくは無かったのでとてもショックだ。
「…まぁ、そんなことはいい。師匠、どうして“負の感情”を集めるって方向に作戦にしたんだのさ? “正の感情”、要するに“嬉しい”とか“楽しい”とか、そういったものを際立たせる…って方が良かったんじゃないの?」
俺が先ほど考えていた事を述べると、師匠がとても渋い顔をした。
まるで、「美味しいから食べてみ?」と酒飲みのオッサンに言われ、苦みの利いた山菜を食わされてしまった子供の様な表情である。
少なくとも、美少年と形容できるような幼児がして良い顔ではないな、こりゃ。
「それな、僕もそう思ったから試した事はあるよ? でも、普段大人しい人とか、感情表現が豊かじゃない人って一定数は居るじゃない? そういった人達の正の感情を刺激したら、怪しいクスリを極めちゃった人の様にハイテンションになっちゃって…。ご近所さんからも変な目で見られていたから、催眠魔法を掛けて、関わった人間の記憶をあやふやにするというアフターケアを全力で施したという苦い記憶がだね…。あ、ちなみに催眠魔法を作ったのはこの事が原因ね」
「ごめん師匠。俺が悪かった。あと、無駄知識をありがとう。聞きたくなかったよ、そんな理由で生まれた魔法だったなんて…」
それから俺達は、互いの近況報告を交えながら、どういった経緯でテロ組織ラスト・ワンと一戦交えたかなどを説明した。
なぜ元の日本に戻ろうとしなかったのかという点を聞いてみたところ、高確率で魔法が使えなくなってしまう事と、姉ではなくクソ生意気な妹しか居ないという事が理由だったそうだ。
俺達をこの世界に送るためのゲートを作ってくれた白い少年“キノスラ”と、ある日ひょんな事から知り合う事になったという。そして、俺達が生まれた世界で世界平和を実現させれば、この世界で姉の居る人生を謳歌できるよう取り計らう…という約束をしたらしい。
…まぁ、その約束の最後の仕上げを俺達に丸投げして、一足先に人生を再スタートさせたという話だったのでもう一発引っ叩いておいた。
涙目で文句を言われたが、「最後のシメと、それ以降のアフターケア要員として人造人間を作った」などと言われては、引っ叩きたくもなろうというものだ。いくら高性能な体で、金銭面等併せて生活に不自由しない環境を用意されたとしても。
「そういや師匠。マージの事なんだが、あの子に関しても師匠が裏で関わってたりするんじゃないか? BB曰く、かなり高度な魔方陣が頭皮に刻まれていたとかいう話だったし。人造人間ではないが、孤児院に居た頃は病弱だったはずのアルビノの少女を、俺と同等の動きができる人間として強化できる連中が早々居るとも思えない」
流石に自身で助けただけあるのか、俺が聞き忘れていたマージちゃんの件をノーマンが質問する。
俺達と一緒に過ごす時間が長かった事で、幼馴染達の魔力保有量と神力精製量が自然と鍛えられ、今や一般人のそれを遥かに凌駕している。しかし、マージちゃんに至っては、どちらも彼女らより頭一つ分ほど高い。
そういった超人類を創り出せるとしたら、師匠くらいしか考えられないのだ。なんせ、俺達を一から創り出したわけだし…。
「あぁ、そうだよ。キノスラが見つけてくれた子なんだけど、余命があと僅かだったらしくてな。アリサさんの組──今はラスト・ワンか…その更に下っ端の組織の連中を使って引き取らせたんだよ。で、『このままではキミは確実に死ぬ。生きたいか、何もせず死ぬか、どちらか選べ』と聞いたわけだ。……あとは分かるな?」
「なるほど、大体わかった。…で、マージは手を施す前から巨乳だったのか? いや、間違えた“魔乳”だったのか?」
真っ先に聞くところがおっぱいの大きさとか…歪みねぇなノーマン。
「僕が遺伝子改造を施す前はスレンダーだったんだけど…何、あの子そんな領域に育ったの? …となると、やっぱ外見の良さは魔力保有量によるもの……いや、神力精製量の方が直接人体自体には影響を与えそうだが…くぅ、やっぱこの辺の関連性はちょっと気になるなぁ」
「あ~…師匠。多分巨乳云々は神力精製量じゃなくて魔力保有量に関係すると思うよ。師匠が俺に寄越した、精神系魔法の使い手の菜月紫って居たでしょ? あの子、魔力保有量はマージちゃん以上だけど、神力精製量は一般人よりちょっと高い程度なんだよね。で、ロリッ娘ボディだったのを老化魔法で成長促進させたら、ボンッキュッボンッなグラマラスバディに大変身したんだよ。だから、神力精製量はあまり影響しないものと思われる」
「そうか…そうかっ! だったら、俺のお姉ちゃんも将来はグラマラスバディ間違いなしだな! うはっ! み・な・ぎっ・て・キターーッ!」
さっき俺がデカい声で叫んだ時は窘めていた師匠だったが、今度は自分がデカい声で叫びだしていた。
「……まったく、こと“姉”の話となると本当にダメ人間になるよな、師匠って」
「今日の『お前だけは言われたくない』スレは、ここですか…と」
俺の横でノーマンが何か失礼な事を言っているが、スルーしておく。いやだって、俺はここまで酷くはなかったよ……少なくとも、今の師匠と同じくらいの見た目の頃はな。
「……と。いかんいかん、ついはしゃぎ過ぎてしまった。じゃあ、他に質問が無ければそろそろ家に帰ろうと思うんだが、何かある?」
師匠の言葉が気になったのでスマホを見てみると、この世界に来てからかれこれ二時間近くしゃべり倒していたらしい。
元の世界に戻った時は、夕方の晩御飯前といったあたりか…。
ノーマンに目くばせすると、特にないと言いたげに首を振って返してくる。
俺は、今度こそ最後となる質問を師匠にぶつけてみた。
「じゃあ、最後に一つだけ…。俺達の世界で、それこそ本当に世界を股にかけて戦争中の死者を極めて少なくするために奔走していた影の功労者である師匠に、とてもシンプルな質問だ。『今、幸せ?』」
俺から称賛の言葉が出たのが意外だったのか、単に予想外の質問だったからか師匠は一瞬驚いた表情をしたが、途端に満面の笑顔でこう返してきた。
「おうよ! すっげー幸せだ!」
「うん。なら良し! こっちの世界のアフターケアは、バッチリ引き受けてやる! お姉ちゃんを幸せにしろよ、師匠!」
「お前もな、渉。あ、そうそう…俊之も、マージちゃんの事を頼んだぞ。寿命を一般人レベルにさせるためとはいえ、そっちの世界では他に存在しない獣耳少女にしちまったからな。話を聞く限り、お前に懐いているようだから、幸せにしてやってくれ」
「あいよ。師匠に言われるまでもねぇ…」
そうして俺達は師匠と分かれ、光り輝くゲートに入った。
▲▽△▼△▽▲
「やぁ、お帰り。久しぶりの会話は楽しめたようだね。ここから面白おかしく観察させてもらっていたよ」
謎の部屋に戻ってくるなり、白い少年キノスラが朗らかな笑顔で話しかけてきた。
そういや近況報告の際、キノスラと師匠がよく会話している風なことを言っていたが、一体どうやって──
「え? 嘘、ヤダ、デバガメ? キノスラさんったら変態。これじゃ迂闊に青姦できないじゃないの、もぅ」
「──おいデコ助野郎自重しろ」
「いやぁ、僕も別に覗き見したいわけじゃないんだけどね、色んな世界を見ているとそういう性癖を持った連中が集まる特殊な場所が、必ず世界各国で散見されるんだ。しかもだ、そういう連中に混じって男同士や女同士の熱い組んず解れつが展開されたり──」
「キノスラさんも拾わなくていいから! あと後半部分は俺、聞きたくなかった!」
「──僕の事は、気軽にキノスラと呼び捨てで構わないよ?」
「じゃあキノスラ、さっき言いかけた組んず解れつの話を詳しく」
「頼むから普通の話をさせてくれ!」
いやまぁ、俺も健全な思春期の少年なので、結構その手の話は気になったりするけどね!
そんな煩悩を振り払うように悪ノリし始めた二人の話を無理やりぶった切り、キノスラと連絡を取る手段について問い質してみる。
するとキノスラは「精神感応魔法で会話する感覚で、僕を意識して頭の中で話しかければ連絡がとれるはずだよ」と、事も無げに返してきた。エーテルも感じられない空間なのにそんなことが可能なのかと半信半疑で試したところ、本当に脳内で会話ができたので驚いてしまった。
前提条件として、この謎空間に来る必要があるみたいな事を言っていたが、キノスラ本人ですら詳しい原理がわかっていないとの事。まったく、この部屋といいキノスラといい、色々と謎な存在である。
「まぁ、キミ達がそう思うのも無理はない。何しろ、僕本人でさえ自分の存在が謎だと思っているくらいだからね。気づいたらこの空間に一人でいて、足元にある複数の地球についても何となく知識があって、観測する方法などもどういう訳か知っていた。本当に色々と不思議な話だよね」
飄々《ひょうひょう》とした感じの話し方ではあったが、そう言ったキノスラの表情からは、どことなく寂しげな…そんな雰囲気が見受けられる。
「でもまぁ、ここ100年くらいはクリス……あ、キミ達の師匠の今の名前ね。彼とも毎日話をしてたし、これからはキミ達の活躍も楽しめそうだ。だからもう、己の存在意義とか、自分がどうしてここに居るのかはともかくとして、これからを楽しんで“生きて”いければ良いかなって思ってるよ。うん」
そう言ったキノスラの表情は、今度こそ清々しいまでの笑顔になっていた。
「さて、僕の事はさて置き、キミ達はそろそろ戻った方が良いかもね。キミ達の幼馴染が、午後の修行を終えて居住区画に向かっているようだぞ」
「お? んじゃBB、さっさと戻ろうぜ。男二人が一つの部屋に長時間籠ってるなんて、いかがわしい事をしてるんじゃないかと邪推されたら困るだろ? BBが」
「戻るって点に関しては賛成だ。が、そんな悍ましい想像するのは、黒薔薇三連星くらいなもんだよ、バカ」
アホなやり取りをしながらキノスラに会釈をし、この部屋唯一の扉に向かう。
俺達の背後でキノスラが何かを操作している様な気配が感じられた瞬間、扉が音も無く両サイドへスライドしていく。
視線の先では、研究所へ通じる黒い幕の様なゲートがゆらめいており、真っ暗な空間の中で妙な存在感を放っている。
「あぁ、そうだ…」
「「え?」」
「いや、大したことではないんだが…。これから先、キミ達の前に何回かに分けてラスト・ワンから襲撃があると思う。もちろん、殺傷能力が極めて削られた武装だろうけど、油断せずにあたって欲しい。それから、近い将来、ラスト・ワンの教祖であるアリサと直に顔合わせする機会が来るだろう。その時は、必ず僕に連絡を寄越して欲しいんだ。…頼む」
先ほどまでとは打って変わり、神妙な雰囲気の声色で頭を下げてくるキノスラ。
俺達は顔を見合わせると、力強く頷いて返事をする。その内容はもちろん──
「「──了解!」」
▲▽△▼△▽▲
ゲートから出ると、部屋の窓から夕焼けに染まる森が見える。
スマホを確認してみると、既に17時を回っていた。思っていたよりも時間を食ってしまったらしい。
「さて…と、今日の修行の成果は確認できてないが、皆もう十分実戦レベルになってると思われるわけだが…そこんとこどう思う? BB」
「念のため、明日は朝食後に軽く模擬戦をやってみようと思う。キノスラの言葉に触発されたわけじゃないけど、皆の実力をみて怪我をしないようにしたいからね。…もちろん、ご褒美とか賭けなんかは無しでな」
「ちぇっ、ツマンネー。…ま、それはそうと、今後BBはどう動く予定だ? 話の通りなら、何回かに分けて攻めてくるって事らしいが?」
『どう動くか』とは、ラスト・ワンに対してという事だろう。
キノスラによれば、何度かやりあう事になるという話だったし。師匠からも、いずれ教祖アリサと会う機会が来ると言われたくらいだ。
だが、俺のやることに大きな変わりはない。
ノーマンが戦場に居た時と同じく、俺がサポート用の魔導具を創り、前線部隊が安全に戦える下地を作るだけだ。
「今までと大して変わらないよ。軍用の魔導具開発依頼がストップした今、そこに割いてたリソースを莉穂姉達専用の魔導具開発に充てるだけさ。要は、いつも通りってやつだよ」
「そこは、『皆は俺が守る!』くらい言った方がカッコ良かったんじゃない?」
「守りはするさ。俺は最強のシールド要員と自負しているからね。ただ、皆は自分の意思で強くなって戦いに参加しようとしているわけだから、その邪魔をしたくないのさ。“怪我をさせない”という確度を高める事こそ、俺のやるべきことだと思わんかね?」
「ま、言われてみればその方がBBらしいし、生存確率や掃討作戦の成功率も上がりそうだな………あ…」
師匠の部屋から出て廊下を歩きながら話していると、突然ノーマンが10mほど後方にバックステップした。
「って、ノーマン? いきなりどうし──グフォ…」
「シャワー前の義弟成分補給~~!」「シャワー前の渉成分補給~~!」
「「しまった、出遅れた!」」
ノーマンの奇怪な行動に気を取られたせいで、受け身を取る事も出来ずに莉穂姉とマチュアのタックルを食らって仰向けに倒れてしまった。
その抱き着いてくる莉穂姉越しには、滝川と由子お姉ちゃんが地団太を踏んでいる。
今日の修行で激しい運動でもしていたのか、マチュア以外はほんのりと体を火照らせて汗ばんでいた。
……あ。ヤバイ。莉穂姉の汗の匂いを間近で嗅ぐなんて滅多に無い事だったから、めちゃめちゃ興奮してきた。
これ以上意識しちゃうと、別の意味で立てなくなる!
仮に立てたとしても、確実に前かがみにならざるを得なくなってしまう!
「ノーマン、手を貸して──」
「…確かに、BBはいつも通りだったな」
「──さっきのはこういう意味で言ったんじゃねぇよ! いいから手を貸せっての!」




