第06話 - 演習場での一コマ
茶番や説明ばっかでサーセン。
─ 2012年4月29日(日) ─
ヘッドロックされたまま引き摺られるという極めて特殊な初体験をすること数十秒、俺達は演習場の扉の前まで来ていた。
日本古来の市中引き回しでも、西部劇で見る引き摺り回しでもない斬新なスタイルを体験できたわけだが、何一つ嬉しくない。
さて、今俺たちの前にあるのは高さ5m、幅6m、厚さ30cmの正方形に近い、左右スライド式のステンレス鋼製の扉だ。
この扉には、左右の合わせ目を跨ぐ形で魔法陣が刻まれており、扉を閉めた状態で魔力を注いで発動させると、熱や衝撃を吸収してくれる仕組みになっている。
熱による変形、冷気による破断、衝撃による歪み…などを防ぎ、演習後も無事に扉が開くようにしているのだ。
普通であれば武器なり専用工具なりを使わないと実現不可能な話だが、それを人間単体で可能にしてしまうのが魔法の凄い面であり、恐ろしい面でもある。
そういった理由から、戸締りをして魔力をしっかりと注ぐ事が演習場を使用する上での規則となっている。…とは言っても、これだけ馬鹿デカイ扉なので開いてたら嫌でも気付くし、扉が開いてる状態で中に人が居たり、魔法陣に魔力が十分に注がれていないとアラームが鳴り続けるので、意図的に無視しない限りは事故は起きないようになってはいるが。
「なぁBB、どうしてこの扉には取っ手が無いんだ?」
「ここの所員は男女問わず魔法を使えるが、筋力も耐久力も体力も、世間一般よりやや優秀って程度だ。そんな人間が、こんな馬鹿デカイ合金を素手で動かそうとするわけないだろ!
仮に動かせるだけの力が出せても、取っ手の根元に掛かる応力で、取っ手の方が先にぶっ壊れるわ! 金属も人間も、お前みたいに常識外れの耐久力をしてねぇんだよ!」
まったく、これだから“立ちふさがる障害は殴り壊せば良い”を実行できちゃうヤツは困るんだ。
その尋常ならざる体で、ローラー作戦よろしく過激派テロ組織を虱潰しにしてきたんだろうが、誰もかれもがそんな真似出来ると思うなよ?
「…あぁ! 言われてみりゃそうだな! …となると、ドア横の左右の壁に魔法陣が刻まれたプレートがあるけど、ひょっとしてアレらが開閉ボタンの代わり?」
「正解。そこに魔力を一定量流して陣を起動させれば、ドアが左右にスライドするという仕掛けになってる。さぁ、どうする? 仮にお前が、どこぞのヨガの達人みたいに腕を伸ばせても、両サイドに手を当てるには俺を解放する必要があるだろう? …クックック」
「BBの首元で腕をクロスした状態で伸ばせば、拘束したまま開ける事ができそうだけど…力加減ミスってBBの首を捻じ切っちゃいそうだから危険だな…」
「……え? まさか、できるの?」
どうしよう、ノーマンだからできても不思議じゃないところが恐ろしい。
もしも間違ってコイツの全力が首に掛かったとしたら、俺は全力で治癒魔法し続ける方が良いのか、限界まで身体強化を行った方が良いのか判断に迷うぞ。
「いや無理。…残念だが今回はこのくらいで勘弁してやらぁ。一応、引き摺り回しはできたし、嫌がらせとしては十分だろう」
「…ふぅ。まったく、脅かしやがって。一瞬マジでヒヤヒヤしたぞ」
ヘッドロック状態が解けて自由になった首元をさすりながら、俺は左側プレートに移動する。
逆側を見ると、ノーマンは既にプレートに手を当ててスタンバっていた。はえーよホセ。
「準備は良さそうだな。そんじゃ、開けるぞ~」
ウィィィィン──
魔力を注入するとモーター音が響き、扉がスライドしていく…左半分だけ。
「えっ!? ちょ…これって同時に魔力を込めないとダメなんじゃないの?!」
「フッ…誰がそんなことを言ったね? 両方の陣に魔力を注がないといけないなんて一言も──ごめんなさい調子こきましたシャイニングフィンガーしないで下さい死にますマジで」
アメリカ人が得意そうな“両手を肩の位置で開いて「やれやれ」という風に肩をすくめるアレ”をしたら、一瞬でノーマンにアイアンクローをかまされてしまった。
指先に力が込められていくにつれ、前頭葉付近の骨からミシミシと音が聞こえてくる。
俺は身体強化で頭と首回りの耐久度を上げつつ、ノーマンに持たれたままの状態で空中土下座をすることにした。
「……渉、何やってんの?」
莉穂姉達に見られてしまった…不覚!
▲▽△▼△▽▲
「まったく…、BBにはすっかり騙されたぜ。ついこの間までは、“敵を殴って無力化する”、“味方や民間人に被害が出ないよう敵側の弾丸や砲弾を叩き潰す”、“口頭で事後報告する”、“スコットらと定期的に会話して、遊び歩いてない事を証明する”程度の簡単な内容しかなかったから、BBのような性質の悪い誘導するヤツなんて居なかったしな」
全員で演習場に入ると、ノーマンが苦々しい表情で毒づいてきた。
ヘッドロック引き摺り回しの仕返しに、ちょっとからかってやろうと思っただけなのに、「騙された」だの「性質が悪い」だの酷い言われようだ。
よく見たらトルーパーヘルメットみたいな口になってるし、そんなに不服をアピールしたいのか…。
演習場の方だが、アラームが鳴り響いて煩いので、扉を閉めて魔法陣にも魔力供給したあとである。
義母さんは、「渉達を見てたら、久々に崇とイチャイチャしたくなっちゃった。ちょっと行ってくるわね」とか言い残して出て行ってしまった。
この歳になって、0歳の義弟や義妹が増えたりするような事はあるまいな…。
「酷い言われ様だなぁ。日本社会の文化、玉虫色の発言の賜物と言って欲しいね。…つか、後半2つはともかく、前半2つは何一つ簡単じゃねぇっての。つくづく人外なヤツだ」
「俺の事を『人外』とか言ってるけど、BBも大概だからな? テロリスト受け渡しの時、スコットらだけじゃなく、草壁大佐や渡瀬中佐といった大御所までBBの連絡先を聞いてきたのがその証拠だ」
俺の発言を聞いたノーマンが、若干呆れを含んだ感じで「お前が言うな」的な事を言ってくる。
「え? あれって単に、『軍に在籍しているのは知ってるけど、実際に姿を見る事の無いツチノコ並みのレアキャラに会えた! 記念に写メ撮っとこう!』みたいな感覚だったんじゃないの?」
「はぁ…。自分の事となると途端に評価を怠るよな、BBって。そんなんだから、滝川の気持ちにもずっと気付かないんだよ」
俺へのお返しと言わんばかりに、肩をすくめてヤレヤレのポーズでため息を吐くノーマン。
自分でやってた時は分からなかったけど、他人にやられるとマジでイラッとくるな、その仕草。
ノーマンの話によると、俺が初めて魔法陣の変形に成功してから数年の間に、連合防衛軍全体の生活環境が劇的に良くなったそうだ。
特に、任務中の生活居住区が海上に限定される海軍からは称賛の嵐だったらしい。
形状を気にせず魔法陣を刻めるようになったおかげで、艦内の温度・湿度管理がとても快適になり、装甲強度にも斑が無くなったおかげで安全になったと、男女問わず喜ばれたとか何とか。
ちなみに、大佐や中佐といった官位の人達からは、「より安全に任務に送り出せる」と泣いて喜ばれたそうである。
まぁ、真円の魔法陣を刻んでいた頃でも、陣から離れているところにクリティカルヒットしなければ大破することも無いという仕様ではあったようだが、満遍なくガードできるという安心感はでかいよな。
「でもそれって、魔法陣を変形できるって気付いたのが俺ってだけじゃん。
実際に魔法陣を刻み直したのは師匠だし、陣に魔力を補充してるのは水兵さん達自身じゃないか。俺、特に何もしてないぞ?」
「『その発見のおかげで、皆の命をより確実に護る事に繋がった』ってのを、師匠が軍関係者に触れ回ってたらしいぜ?
それだけじゃない。その後も師匠と一緒に、兵士の意見を取り入れた新装備の開発とかを、文句も言わずいくつも完成させてきたろ? おかげで新米兵士の負傷も軽微になったし、死傷者なんて完全にゼロだ。
こんな事、天才だろうと何だろうと、簡単に実現できるような内容じゃねぇだろ? だからBBも、軍の中じゃ俺と同じ“人外”で“英雄”扱いなんだぜ?」
「渋かっこいいおっさんが、妙にソワソワしてるなとは思っていたが、俺ってそういう扱いになってたのか。
…ちょっと待って。今、俺、ベタ褒めされてなかったか?」
「ん? そりゃそうだろ? BBの道具のおかげで、心置きなく任務に集中できるって皆感謝してたんだから、ベタ褒めされるの当たり前じゃないか」
今まで、軍の関係者からのメッセージなんて聞く機会が無かったから、こんなに感謝されてるなんて知らなかった。
素直に嬉しいとは感じるが、何よりこそばゆい感覚の方が大きい。
……やばい、顔がめっちゃ熱くなってきた。きっと俺の顔はかなり赤くなっているに違いない。
「OK。そんなに感謝されてるなんて喜ばしい限りだ、うん。さ、さぁ、じゃあ無駄話もこれくらいにして、さっさと修行にとりかかろうか!」
「おやぁ? BB、照れ隠しですかぁ?」
本来の目的に会話をシフトするついでに、顔の赤みを落ち着かせようとしようとしたのだが、ノーマンのやつが一瞬で見抜いてきやがった。
まぁ、ここまであからさまに話を逸らせたら誰にでもバレるか…。
「仕方ないじゃないか! 今まで面と向かって感謝されたり、お礼を言われる機会なんてなかったんだしさぁ!」
「渉…皆から感謝されるような凄い子に育ってくれて、お姉ちゃん嬉しい! こっちいらっしゃい、抱きしめてナデナデしてあげる!」
「いや、今この状態で莉穂姉にそんなことされたら、赤みが引かなくなるから勘弁して。凄く嬉しい申し出だけど…」
「じゃあ、私がナデナデしてあげるわ、渉君」
「うん。由子お姉ちゃんも少し自重しようか」
「じゃあここは、同い年の私がナデナデして──」
「滝川も落ち着けっ! …というか、ナデナデされるのが恥ずかしいから断ってるって事に気付けっての!」
「もぅ! BBってば赤くなっちゃって、か~↓わ~↑い~↑い~↑」
「うっぜ! そのいかにもJKっぽい言い方マジでうぜぇ!」
お前、つい一ヵ月前まで紛争地帯でローラー作戦してたろ!
どうしてそんな口調を知ってるんだよ、鬱陶しい!
周りを見れば、篠山ねーちんとマージちゃんは羨ましそうに俺をジト目で見ているし。
美希姉は、魔乳をたゆんたゆんさせて朗らかに俺達を見守ってるし。何ソレ? 武器? ついつい目が奪われそうになっちゃうよ?
そして、マジカルゆかりんと関口と妹尾に至っては、若干苦笑い気味になってるし……ん? 関口?
そういや、関口に何か説明してやろうと思ってた事が──
「──って、ああっ! 思いだした! 関口!」
「えっ?! な、何?! 私?!」
突然大声で名前を呼ばれた関口が、飛び上がる勢いでビクッとする。
「あ…すまん。驚かすつもりは無かったんだが、話を逸らすための良い口実……いや、ホラこの前『神力に興味ある』的な事を言ってたじゃない? 折角だし、今のうちに説明しちゃおうかと思ってさ」
「渉、誤魔化しきれてないわよ…。まぁいいわ、その申し出に乗ってあげる」
やや呆れた感じを出しながらも、セミロングの髪を揺らして柔らかく微笑んでくる関口。
色々と空気を読ませてしてしまって面目ない。
「感謝。圧倒的感謝。頑張って教えさせて頂きます。
それじゃあ、修行の前準備として“神力と魔力の違い”について説明して行こうか──」
来週も、金曜日に投稿できたらいいな…。




