第02話 - ところがどっこい現実です
アラビア語部分は機械翻訳ですので、あしからず。
─ 2012年4月20日(金) 08:27 ─
“このテロリストはフィクションであり、目の前にいる人物・銃器等は妄想にすぎません”
…だったのなら「厨二病も大概にしろよな、俺」で済む話だが、残念ながら目の前の人物は実物である。
その証拠に、クラスメイトたちも体を強張らせながら、テロリストの行動を注視しているのが分かる。
これが仮に、集団幻覚の類だとしたら話は別なのだが、そんな大規模な仕掛けであれば発動前にマチュアが看破して俺に警告を発するのであり得ないだろう。
色々と思考を巡らせつつ、教室内を探るように見ているテロリストの目線を追う。
「何かを探しているのだろうか?」と暫く様子を見ていると、こちらの視線に気付いたのか一瞬だけテロリストと目が合った。
すぐ視線を戻そうとしたテロリストだったが、慌てて俺を二度見してくる。
“目と目が逢う♪ 瞬間敵だと気付いた♪ あなたは今♪ どんな気持──”
「!?ماذا」
テロリストが変な声を上げたせいで、脳内再生されていた曲が止まってしまった。
くそっ、この曲はボタンを押すタイミングが計りやすいし、曲自体も結構好きだったからもう少し聴いていたかったのに……一部分だけ歌詞が変わってたけど。
あとでMP3を再生しなくちゃ(使命感)
それはともかく、よく見たら目出し帽から唯一見えているテロリストの目が思いっきり見開かれていた。どうやら彼は素で驚いているらしい。すぐ近くに人が居たことを驚いているのか、女しか居ないと思っていた教室に男が居たことを驚いているのか、或いはそれ以外の理由か…。
そういえば、すっかり考えるのを忘れていたが、彼らは何の目的があってこんな辺鄙な場所を襲撃したのだろうか。
先ほどテロリストが教室に乱入してきた際、他の教室からも銃声や悲鳴が聞こえていた。こういった場合、少なくとも高等部校舎の主要な教室は制圧されてしまっていると考えた方がよいだろう。
だが、一体何故そこまでしてここを襲うのか、その理由がさっぱり分からない。
ここ“私立籠月学園”は、伊豆最南端の石廊崎から西へ2kmほど離れた場所にある約4haある広大な私有地内に存在する。東西に長い楕円状に私有地が広がっており、西側から3/4ほどが学園用の敷地となっている。敷地内には、高等部及び大学の校舎、教職員棟、警備員棟、生徒を含め学園関係者全員が住んでいる寮が存在する。
近隣にお店や民家などはなく、目に見える範囲には更地か木々ばかりが広がっている場所である。陸の孤島とも言えるような場所なので、防衛軍や警察に気づかれる前に制圧できるだろうが、拠点にしたところでメリットも少ない場所だろう。
…などと考え事をしている内に、テロリストが我に返ったようだ。陣取っていたドア付近から、教卓の横に立っている俺の元へ近づいて来る。
「!لا تقاوم !اتبعنيعن」[額が強調されるような髪型ではなく、サングラスもかけていない。 だが男だからな。もしかしたら、コイツがクソッタレ人間兵器かもしれん。 念のため、リーダーの元へ連れて行こう]
声と同時に、相手の思考が直接脳内に響いてくる。
入学直後から猛特訓してきた精神系魔法の一つ、“精神感応魔法”によるものだ。世間一般では“超能力”として有名だが、実際は魔法の一種である。慣れない内は“相手の考えているイメージが感じ取れる”だけの魔法なのだが、慣れてくると“言語を問わず相手の思考を読める”とてつもない魔法に化けるのだ。
プライバーシを無視して考えが筒抜けになってしまうため普段は使わないようにしているが、今回はテロリスト相手なので遠慮なく使わせてもらった。
おかげで、ここを襲撃してきた目的が人探しだと分かったものの、今度は別の問題が出てきてしまった。
何故なら、彼らが探している人物像がどう考えてもノーマンだからである。
だって、“額”と“サングラス”がキーワードになって、学生に該当する年齢の“男”なんて世界中探したってアイツ以外に考えられないじゃないか!
いや、落ち着け、俺。まだあわてるような時間じゃない。
もしかしたら、彼らのリーダーがただの男色で、「でこ広でサングラスをかけた少年を押し倒したい!」という超マニアックな理由でテロ行為に及んだ可能性も微粒子レベルで存在しているじゃあないか。
まぁ、それはそれで頭の痛い話ではあるが…。
しかし、仮に腐っていたとしても彼らは的確に教室を襲撃してくるような連中だ。学園に在籍している生徒のほぼ100%が女子という情報だって、当然把握しているはずである。
そんな連中が、わざわざ男を探すためだけにこんな僻地を襲うわけが……待てよ?
もしかしたら、俺はとんでもない勘違いをしているのかもしれない!
そう、まだテロリストのリーダーが“男”だとは誰も言っていないのだ!
戦隊ものにおける敵の女将軍には、妙にエロい雰囲気のお姉さまが居る場合が多い。であれば、テロリストのリーダーが、妙齢の美女であるという可能性も捨てきれないのだ。
もしかしたら、「エロいお姉さんに押し倒されて、“あんなこと”や“こんなこと初めて!”なんてことされたい!」という思春期童貞の妄想が叶ってしまう可能性もあり得るのでは?!
…いや、やっぱ現実逃避はやめよう。例えリーダーの性別がどっちだとしても、単に男を探しているだけなら、わざわざこの学園を襲撃する意味がないことに変わりはない。
ついでに言うと、いくら非日常的な展開になってるとはいえ「美女に押し倒される」などという希望は持たない方が良い。
自分好みの容姿とは限らないし、何より妙齢を通り越していた場合の絶望感が半端ない。
やはり、テロリストの目的はノーマンを探しだすことで間違いないだろう。“クソッタレ人間兵器”とか半ば固有名詞な単語を使ってるくらいだし…。
何にせよ彼らは、何らかの方法でノーマンが籠月学園に来る(居る)と知り、襲撃したことになる。
しかしそうなると、一体どうやってその情報を知り得たのかが謎である。手続きの話をしていた時ですら学園の名前は出さないようにしていたし、クラッキングや盗聴にも十分対策していたというのに…。
…悩んでいても仕方ない。現時点で分かっていることを改めると、“ノーマンが籠月学園に来る(居る)ことは知っていたが、学園に在籍していないことまでは知らなかった”ということになる。
しかも、目の前のテロリストに至っては「とりあえず男だから」という理由だけで、俺をリーダーの元に連れて行こうとしている。
ということは、ノーマンの姿を捉えた資料が無い、或いは末端への情報共有が壊滅的に悪い集団ということになる。
本当になんなんだ彼らは…。情報収集能力が高いのか低いのか、連携が良いのか悪いのかさっぱり分からない。
もしも彼らの主目的がノーマンの捕縛だとしたら、テロリスト一人では実現不可能だろう。
アイツは弾丸よりも速く動けるわけではないが、それでも1秒あれば静止状態から一気に20mも移動できるような人外だ。少しでも隙を見せた瞬間、並みのテロリスト程度では瞬きする間に倒されるだけだろう。
他の教室にも一人ずつしか送り込んでいないのだとしたら、自滅行為も甚だしい。人選ミスってレベルじゃねぇぞ。
それに、どうやってここまで侵入してきたのかも謎だ。
この籠月学園の敷地周辺には、学園が設置している監視カメラやセンサーに加え、俺が個人的に用意した赤外線、生物感知、魔力・神力感知などのセンサーを増設し、厳重な監視体制を敷かれている。そして、それらはすべてマチュアが監視してくれているのだ。
これだけの警戒態勢をどうやってすり抜けたのだろうか。
センサーやカメラを壊してくれたのなら、その時点でマチュアが異常を察知しただろうに…。
考えれば考えるほど謎だらけだが、とりあえず両手を上げてテロリストの指示に従う──
「.الروسية أفهم أنا لا ,أنا آسف」[残念だけど、俺はどこぞの“人型兵器”ではないんだ。お前さん方が探している人物とは、間違いなく別人だよ]
「!?ッ……ماذا تتحدث ,عن」[……ッ?!こいつ直接脳内に!?]
──と見せかけてアラビア語でおちょくりつつ、精神感応魔法で俺の思考を叩き込み動揺させる。
相当驚いたのだろう、一瞬ではあるがテロリストの動きが完全に止まった。フフフ…日本人の高校生が、まさかアラビア語を話せるなんて思ってもみなかったろう。俺だって、ノーマンがエジプトやサウジアラビアに遠征しなければ覚える機会もなかったさ。
…いや、普通に考えれば脳内に声が響いたことの方がよっぽど驚くか。
AK-47ごとテロリストの腕を左脇に挟み、がら空きの顎に向かって右掌を突き上げる。
ノーマンほどではないが、俺も一緒に格闘訓練をしたことはあるので、その時の記憶を頼りに体を動かす。アイツのサポート役しかやらないだろうと高を括っていたのに、まさかこんな日が来ようとは…。
危険を察して身じろぎするテロリストだったがもう遅い。狙い違わず顎に命中した掌底を振り抜かずに止め、そのまま相手の顎を固定する。
万が一テロリストが乱射しても、銃口が黒板側を向くよう相手の体を軸に左回転しながら足払いを仕掛け、教卓と黒板の間のスペースに押し倒した。
ゴッ!──
鈍い音と共にテロリストの全身から力が抜ける。
かなり強引に事に及んでしまったが、ノーマンを探してここへ攻めてきた連中だ。このまま様子見していては、次々に増援が来てしまう可能性がある。早い段階で、何らかの手を打っておくべきと思ったゆえの行動である。
それに、何も考えずに行動したわけでもない。俺が習得した精神系魔法の中には、精神感応魔法の他にも“催眠魔法”があるのだ。これを使えば、一人ずつではあるがテロリストを暗示にかけて味方にすることができる。構成員や人数の確認もできるだろうし、リーダーの元へも確実に案内してもらえるだろう。
多少時間は掛かるだろうが、地道に味方を増やしていけば逆転のチャンスはいずれ作れるはずだ。
さて、肝心の催眠魔法だが、これは意識がある人物の精神に介入するタイプ魔法である。そのため、気絶している相手にはまるでと言って良いほど効果がない。実行するには、テロリストが目覚めるまで待つか、叩き起こす必要があるのだ。
とりあえず、目を覚ました際に暴れられたら困るので、まずはテロリストを拘束しておこう。
[渉、無事ですか?]
左耳の後ろに装着していた魔力通信機を介して、マチュアの声が響いてくる。このタイミングで話しかけてきたのは、教室内の監視カメラで俺がテロリストを倒したのを確認したからだろう。
[マチュアか。俺の方は怪我一つ負ってないから大丈夫。 クラスメイトにも被害無しだ。 それよりマチュア。コイツらなんだが、お前からのアラートも無しに突然現れたよな? つまりコイツらは、“何らかの方法でセンサーやカメラを掻い潜り襲撃してきた”ってことになるわけだが、一体どうやったってんだ?]
マチュアに問いかけながら、テロリストを拘束できそうなものを探す。
教卓の中に、ケーブルを纏めるためのプラスチック製ワイヤーを発見したので、それを使う事にした。
テロリストを後ろ手にし、親指同士、人差し指同士をそれぞれ固定していく。鬱血しないよう注意しつつ、抜けないよう加減するのに苦労した。
[私もまだ詳しい方法は解析できていません。 ただ、今から720秒前、突如教職員棟に11体の未登録生物反応が出現したのが事の発端と見て間違いないでしょう。 そして同時刻、警備員棟にも同様の反応が10体出現しました。 籠月学園の監視カメラを確認したところ、反応に該当する人物が計21名映っていました。 全員AK-47を所持しており、教職員、警備員ともに拘束され始めているところでした]
[通りで先生の姿を見なかったわけだ。 …ところで、それが確認できた時点で俺に報告しなかった理由は? 他にも潜伏者がいる場合を想定して、センサーやカメラの記録から出現パターンを解析するのを優先したのか?]
[その通りです。 それに、“武装した人物が校内に潜伏している可能性が高い”などと伝えた場合、渉は真っ先に“莉穂”の元へ走りかねません。 ですので、下手に動かれないよう解析作業を優先したという理由もあります]
[義姉ちゃんを護るのは、義弟の義務だ。駆け付けるのは当たり前だろう]
[姉好きも大概にして下さい」
AK-47以外に武器を持っていないかテロリストを調べつつ、「父親好きに言われたかねぇよ」とツッコミたいのを堪えながら黙って聞くことにする。まずは情報が欲しい。
それにしてもコイツら、ノーマンをどうこうするために来たっぽいくせに、拘束用の道具も持っていないとは……本当に何がしたいのだかさっぱり分からん。
「報告を続けます。 210秒前には、高等部の各教室前に未登録生物反応が1体ずつ出現。その後の行動については、渉も体験した通りの流れです。 教職員や警備員を襲った集団の仲間と考えて問題ないでしょう。 現在、学園内には合計で30名の反応が確認できています。 まだ何名か潜伏している可能性も考えられますが、現時点では残りの29名に動きは…っ?!]
不意にマチュアが報告を中断する。動揺したかのような反応だったが、妙な動きでもあったのだろうか。
[マチュア?どうし──]
「ねぇ、渉?なんか妙に落ち着いた感じで対処してるけど…これ、何かのドッキリだったりするの? あと、凄い音したけど…その人、死んでないよね?」
声のした方を見ると、クラスメイトの“滝川奈津美”が少し不安そうな表情で俺の作業を覗き込んでいた。