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伝え合うひととき

練習作の続きです。

「それで、改めて聞きたいんだけど。どうして僕に耳かきするのに拘ったの?」

「う……やっぱり話さなきゃダメですよね」


あれから数十分後。すっきりした気持ちで目覚めた僕は、感謝の言葉もそこそこに本題へと入った。

そう。僕が今回耳かきの依頼を受けたのは、これが気になっていたからである。

思えばこの前逢った時から、色々とおかしな所作が見受けられた。原因が何処にあるのかはっきり分かっていなかったが、ひょっとするとそれらも関係しているのかも知れない。

それも含めて、彼女が今何を考えているのか知りたいと思ったのだ。


「えーと、ですね。今描いている漫画の執筆に必要っていうのは、嘘じゃないのです」

「……『嘘じゃない』っていう言い方が引っかかるね」

「はい。実は、他にも理由があるのです」


そう言い置くと、彼女は懐から一枚の紙を取り出した。よくよく見てみると、それは綺麗に折りたたまれた手紙なのだと分かる。

誰かから受け取ったのだろうか?などと考えていると、彼女はそれを僕に押し付けてきた。


「暫く前、これが君の机に入っていたのです」

「……はい?」

「だから、この手紙が君の机に入っていたのです」

「……えーと、待ってね。これが僕の机に入っていたんだね?」

「はい。放課後、教室に忘れ物をしましてですね。取りに戻ったとき、ついでに君の机を覗いてみたら、そこに」

「なんで君がそれを持ってるの?」

「え、だって君も忘れ物をしているのかなーと思いまして。持って帰ってあげないと、と」

「ああ……そういう事ね……」


吃驚した。一瞬、彼女が僕の机を勝手に覗いて私物を奪取したのかと思った。

……他人宛ての手紙を勝手に読むのはいいのか、とも思ったが。そもそもこれを初見で手紙だと見抜くのは難しいのかも知れない。(折りたたまれた状態では、学校で配布されるプリントの類と見分けがつかない)

そこには言及せず、話を続ける。


「んで、その手紙がどうしたの」

「とりあえず、目を通してみるのですよ」


そう促され、渡された手紙へと目を落とす。


[明日の放課後17時、屋上で待っています]


「……これだけ?」

「はい。封筒は見当たらず、紙一枚だけが無造作に置かれていたのです」

「うーん」


差出人の名前は書かれていない。筆跡も、敢えて分かり難いように定規を使って綴られている。

この一文だけでは、僕を呼び出してどうしたいのかも分からないし――


「ってちょっと待って。この手紙が入っていたのって、いつの話?」

「えーとですね。このあいだテストが終わった直後ですから、だいたい十日くらい前の事で痛たたたた!?」


とんでもない発言をした彼女の頬を引っ張りながら、僕は大きくため息を吐いた。

十日くらい前?

『明日待っています』という手紙を十日後に渡されても、こちらにはどうしようもない。おまけに差出人の名前すら分からないのでは、会って謝る事すらかなわない。

これでは手紙だけ貰って無視している形になるではないか。


「っていうか、何でこの手紙を今まで隠していたの?」

はず(まず)ひょほはえひ(そのまえに)へを(てを)ははひへ(はなして)ふははひ(ください)

「あ、ごめん」

「っ痛たたた……。危うく口の形が変わるかと思いました」

「ごめんって。それで、何でこの手紙を隠してたの?怒らないから、話して貰えないかな」

「既に怒られた気がしますけれど……」

「うん。もう(・・)怒らないから、話して?」


話が進まない。

改めて問い直すと、彼女は視線をキョロキョロと彷徨わせた。この期に及んで、まだ言いたくない事でもあるのだろうか。

「むー」とか「うー」などと言い淀んだ後、ややあってポツリポツリと言葉を紡いだ。


「その、君がこの手紙を読んだら……きっと君は、馬鹿正直に呼び出しに応じてしまうのではないかと思ったのです」

「それの何が問題なの?まぁ確かに、いかにも怪しい感じの手紙だけどさ。そんな大げさな――」

「――大げさな事ではないのですよ!」


僕の言葉をさえぎって、彼女はこちらへ身を乗り出した。

僕の鼻先に彼女の鼻がくっつきそうで、思わず身を引いてしまう。ふわりと鼻腔をくすぐる甘い香りに、不覚にもドキッとしてしまった。


「え、大げさな事じゃない、って」

「だってこれ、きっと女の子からの手紙に決まっています。こういうシチュエーション、よく漫画で読みましたもん」

「いや、そりゃ漫画とか創作の世界ならよくある話だろうけど。流石にそれは考えすぎじゃない? 今どきこんな古風なマネする人いないだろうし、男がイタズラでこういう事するって可能性もあるんじゃないかな」

「そ、それはそうかも知れませんが。でも女の子だっていう可能性も捨てきれないじゃないですか」


そう言葉を交わす間も、彼女はどんどんこちらへ身を乗り出して迫ってくる。吐息すら感じられる距離に近づき、僕の心臓は一気に拍動を速めた。

そんなハイビートを刻む僕をよそに、そのまま彼女は僕の襟首をガシッと掴む。


「それで、もし女の子で、こ、こ、告白だったりしたら……君はどうするつもりなのです」

「それって色々と思考が突飛な気もするけど……」

「いいから答えて下さい。どうするつもりなのです」

「どうするって、そりゃまぁ、相手によっては返事をするかも知れないし、しないかも知れないし……」


我ながら何ともどっちつかずな答えである。だが、実際そのようなシチュエーションに遭遇してみないと分からないのも事実。

そんな曖昧な言いぐさに業を煮やしたのか、さらに予想外に強い力で襟首を締め上げられる。それにつれて、さらに彼女との距離が近づき――ついには(ゴツン)とおでこをくっつけ、彼女の顔が眼前に来る。


「そんな、もし君が告白に返事なんてしたら……君が私から離れて行ってしまうじゃないですか……」

「……へ?」

「私……そんなの嫌です」

「や、嫌って言われても……なんで?」


『離れて行ってしまうのは嫌』

この言葉は僕にとって考えてもいないものだった。

突然のことで、思考が追いつかない。一瞬呼吸が停止し、顔が上気する。


「なんで、って……。君は私にとって、その、漫画を描くうえで大事な協力者で……私の我が儘に付き合ってくれる貴重な人で……えーっと、それで……」

「それで?」

「と、とにかく!君は私にとって大切な存在なのです。それが勝手に離れてしまうなんて、絶対に嫌です」

「え、えぇ~……」


そこで彼女は、顔を真っ赤に染め上げて一方的な拒否宣告を言い渡した。

理屈もへったくれも無いその主張は(いささ)か理不尽な気もするが、その様子から必死さだけは伝わってきた。無意識のうちに(ぎゅっ)と唇を噛んでしまう。


「それで、君が勝手に離れて行ったりしないように……君を(とりこ)にするにはどうすればいいかって考えたのですが……」

「思いついたのが耳かきだった、て事?」

(おっしゃ)る通りです。耳かきと、一緒に漫画を作るのとで、もっと私との距離を縮めようと……」

「それは手段のチョイスを間違えてない?色々と」

「う、や、そんな事ありません! その、実体験とか色々と情報を(かんが)みてですね――」


額をくっつけたまま、彼女は顔を真っ赤にしてまくし立てる。何かさまざまな種類の恥ずかしさが入り混じっている様子である。

それはそれで見ていたい、などと酔狂な事が頭に浮かんでしまったのは気の迷いだと思う事にする。

ともあれ。

その気持ちを振り払うように彼女の体を押し返し、呼吸を整える。唐突に告げられた話の内容と、自らの気持ちを整理させる必要があったのだ。

それにあのままの距離で接していたら、自分でもよく分からないが、何か危うげな感情が芽生えそうな予感がしたのもある。

因みにその間、彼女の息遣いも荒いものとなっていた。僕は顔を背けていたので、どんな表情をしていたのかは知る由もないが。

ややあって気持ちが落ち着くと、改めて彼女と向き合い口を開く。


「うーんと。話を(まと)めると、君は僕が誰かと恋愛関係になるのがとにかく嫌だった、と?」

「う……身もふたもない言い方ですが、ごく簡単に纏めるとそうなります」


じゃあ最初からそう言えばいいのに。相変わらず話を簡潔に伝えるのが苦手なのだろうか。というかやっている事が色々と回りくどい。余計な手段を介さず、直接口頭で伝えたら良いのだと思うのだが。

大体そんな事、手紙を入手したそのときすぐ言えば良いだけの話だろうに。何故こうも言い渋っていたのだ。

僕は小さく息を吐くと、彼女の方へと向き直った。


「あのさ。そもそも僕らって、特に付き合っている訳でも無い、単なる幼馴染ってだけだよね」

「まぁ確かに、そうですけど」

「じゃあ、お互いが誰とどういう関係になったとしても、それについて云々言われる筋合いは無いと思うんだ」

「……それは」


彼女はうつむき加減で呟く。

些か酷い言い様だが、しかし現状ではそういう事なのではないかと思っている。

例えば恋人同士だとか、そういった間柄にまでなれば話は別なのかも知れない。だが今の関係では、これは過干渉とも捉えられてしまう。

が。

寂しげに目を伏せた彼女へ、僕は続けて声を掛ける。


「大体ね。仮に僕が誰かと恋愛するようになったとしても、それだけの理由で君から完全に離れるなんて事は無いよ」

「……はい?」


その言葉に、彼女は呆けたような顔をする。鳩が豆鉄砲を喰らったような、というのはこういう表情の事を言うのだろう。


「だって君、子供の頃から何か一つに集中して周りが見えなくなる癖があるじゃない。そんな人を一人で放っておいたら、周りが……或いは君自身がどんな目に遭うか分からないんだよ」

「む、どうしてひとを危険物みたいに表現するのですか」

「でも、それは僕自身の実体験で確認済みだよ。つい先日も、耳掃除に集中して僕の声なんてちっとも届いていなかったじゃないか」

「う」


気まずそうに視線を逸らされる。彼女なりに色々と思い当たる節はあるようだ。

そう。彼女を一人で放置してしまうと、彼女自身の悪癖により周りが振り回されてしまう。いきなり押しかけてきて耳かきを強要されたり、耳を弄られたりなど序の口だ。

そんな人を放っておける筈もない。


「君のその癖が改善されるか何かしない限りは、僕が隣でフォローしなきゃならないと思ってる。だから、僕の立場がどうなったとしても、そう簡単に君からは離れたりしないよ」


彼女の、小動物のように澄んだ瞳を見据えて、はっきりと宣言した。

やや大仰な仕草だったかも知れない。だがそうでも言わないと、きっと彼女はまた同じように不安に駆られた行動を起こすに違いない。

僕自身はそう考えての行動だったのだが、言われた本人は一瞬目を丸くした後、(きゅう)と顔を林檎のように赤く染めた。

どうしたというのだろう。癖について言及するのは、少々言い過ぎだったろうか。


「今の言葉、君の本心なのですか。それだけが理由なのですか?」

「うーん、まぁ、そうなるかな」

「む……理由については納得できない部分もありますが、とにかく、君は私と一緒に居てくれるのですね?」

「え? うん、平たく言うとそういう事だね」


改めてそう告げると、彼女は居心地悪そうに体を揺らした。先程まで額をくっつける程に肉薄したというのに、今はやや引き気味で視線すら逸らしてしまう。「急に、そんな事言われても……」等、か細い声で何やら呟いているようだが、その内容までは聞き取れなかった。

傷付けるような事を言ってしまっただろうか?と考えていると、ややあって彼女が口を開いた。


「そう、その……君がそう言ってくれるのでしたら、今回の事は不問にします」

「それ、僕の台詞じゃないかな。手紙の事とか色々」

「う。と、とにかく! その……不束者ですが、今後ともよろしくお願いします」

「ん。よろしく」


『よろしくお願いします』

伏し目がちに、絞り出すような声音で、しかしはっきりと彼女はそう言った。

僕も(不束者、という表現はどこか不適切な気もしたが)簡潔かつ明瞭に答えた。そして、お互いに微笑みかける。

ここしばらくズレていたお互いの関係が、ようやく元に戻った気がした。


「じゃあ早速ですが、私のやった耳かきについて幾つかお伺いしたい事があるのですよ!」

「……あ、そうなるのね」


そして、シャープペンとノートを取り出した彼女に向けて、僕は本日何度目かのため息を吐いた。

先程までの赤面は何処へやら、嬉々としてインタビューの準備を進める彼女の仕草を見ていると、本当に関係が元に戻ったのだと感じる。

だが、そうしたやりとりも悪くない、とも感じていた。



***



ひとしきり話が終わった所で、僕は新たな問題について話をする。


「で、だ。この手紙についてだけど」

「そんなもの、もう忘れてしまうと言うのは如何でしょう。数日過ぎても差出人から何一つアプローチが無いという事は、その女の子も諦めている事でしょうから」

「んー、それもそうかも知れないけど……ただ、やっぱり一言謝るくらいの事はあってもいいと思う。色んなアクシデントがあった事も含めてね」

「まぁ、そうですね。私も、今時こうした手段を取る人がどのような御方なのか、ちょっと興味が湧いて来ました」


その前に君も一言謝った方が良いだろう、とも思ったが。とりあえずツッコミは入れないでおく。

ただ、何をするにしても一番の問題が首をもたげてくる。


「何にせよ、この差出人が見つからない事にはどうしようもないんだけどねぇ」

「そうですねー。それでしたら『この手紙を書いたのは誰ですか』と学校中を触れ回るのは」

「それは単なる晒し首に等しいから却下。そういうのじゃなくて、こう、秘密裏にものを相談できるような――あ」

「どうしました?何か妙案でも浮かびました?」

「うん。ひとり、話ができそうな人がいる。あんまり頼りたくないんだけど」

「?」


不思議そうに僕の顔を覗き込む彼女をよそに、どうしたものかと思案する。

あの先輩に尋ねてみたら、きっと何か情報を掴めるのではないか。


「(こういう都合の良い時だけ頼るのは、なかなか失礼な気もするけれど――いや、僕も課題の肩代わりをしたりとか、色々貸しは作ってるし……)」

「何を迷っているのか分かりませんが、二人だけであれこれ考えても埒があきません。思い当たる節があるのなら行動あるのみ、ですよ!」


そんな僕とは対照的に、彼女は立ち上がって普段通りの笑顔を浮かべた。そしてそのまま導くように僕の腕を引っ張る。まぁ確かに、このまま云々考えたところでそれ以上の打開策は見つかりそうもない。

とりあえず先輩に話を聞いてみて、後の事はそれから考えよう。

こういうときだけは、彼女の物事に対する突進力に見習うべきものを感じる。

僕は何かに後押しされるように、腰を上げた。





「いや待って、今から行くわけじゃないからね?」

「え……えぇ~」

「いや、もう日が傾いているし。明日学校に行ったら、聞いてみるよ」

「そんな、今から行こうって感じの流れだったではありませんか」

「流石に無理があると思う」

「むー」


……ま、見習うと言っても程々に、ではあるが。

最後までお読み頂きありがとうございます。

こういった描写は得意では有りませんから、何かと無理が生じていないかと気になる所です。

御意見、御感想など頂けましたら幸いです。

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