四季綴りの女王たち~Storyteller of the Seasons~
『季節の女王』に選ばれた四人の女王は交代で塔に住み、その季節を綴ります。
選ばれ方は誰も知りません。
ただいきなり選ばれて、塔へと連れてこられるのです。
性格も、年齢も。てんでばらばら。
文字が書けること、言葉を話せることが最低条件です。
塔へと連れてこられた女王は、ひたすら季節を綴る毎日。
扉を開けて外に出ようにも、不思議な力で出られません。
誰かが代わりに書くこともできず。
彼女たち自身の言葉で、紡いでいく必要があるのです。
その季節の始まりから終わりまで。
書き終わらないと、その季節はずっと続くことになります。
春が終われば、夏が来て。
夏が終われば、秋が来る。
秋が終われば、冬が来るし。
冬が終われば、また春がやって来る。
そうやって、四つの季節を繰り返しながら時は巡っていきます。
女王によって、季節の長さはバラバラです。
夏が短い時もあれば、秋の長い時もあります。
ですが、一つの季節がずっと続くなんてことは――
いままで一度も無かったのでした。
春の女王は、幼い少女でした。
生まれて十年かそこらだった彼女にとっては、世界のなにもかもが新鮮で。
自分が見てきたままの春を、勢いに任せて綴っていたのでした。
そのこともあって、その年の春は波乱万丈。
嵐が起きたり、大雨が降ったり。
それでも、それが止むと花が咲き乱れ、虹がでました。
良い意味で若さに溢れる春の訪れに、国民たちは新しい風を感じるのでした。
夏の女王は、活発な貴族の娘で。
自分の好きだった夏を、これでもかと綴り続けました。
おかげで、いつも太陽がカンカン照りです。
国の端にある浜辺にはいつも人で溢れかえっていました。
水不足などの問題も起きることもありましたが――
その時は、思いっきりやってしまえと台風を呼びます。
何もかもが勢い任せでしたが、それも夏ならではと国民たちは笑います。
秋の女王は妙齢の女性です。
ほっそりとした眼鏡の奥で、冷静に物事を見つめます。
女王に選ばれたときも落ち着きを払って。
静かに筆をとり、順調に季節を綴っていきました。
木の葉を黄や赤に染め、木の実や果実を実らせ。
冬のために蓄えを生みださせます。
自らの知識を活かして、国民たちの望んでいるものを的確に、適量に与えます。
厳しさと、優しさを持って秋を送らせるのでした。
そして、既に三つの季節を越え――
順番が訪れたのは、ごく普通の町娘。
いままで小説を書こうと思ったことすらありません。
季節についてもあまり真剣に考えたこともなく、冬は一番嫌いな季節でした。
小説の書き方が分からないだけではなく、何を書けばいいのかすらも分からない。
塔の中へと連れられて、最初の数行を書いたところで手が止まります。
「うーん……? 冬って……何を書けばいいの?」
――冬は寒く、厳しいもの。
それ以上でも、それ以下でもない。
書いては消しての繰り返しで、あっという間に数日が経っていました。
自分がいままで冬を過ごしていた時にあった、厳しい体験。
それを何とか書いて進めていましたが、途中途中で手が止まってしまいます。
気が付けば――
いつもならば春が来てもおかしくない。
そんな時期にまで、時は迫っていたのでした。
そこで困り果ててしまったのは、その国の王様でした。
なにせ暖かい春が来ず、冷たく厳しい冬がずっと続いているのです。
辺り一面雪に覆われ、このままではいずれ食べる物も尽きてしまいます。
王様でさえ、塔の中で行われていることに手を出すことはできません。
どうすれば女王に冬を綴りきってもらえるのかも分かりません。
どうしようもなくなった王様は、国中にお触れを出したのでした。
―――――――
冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。
ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。
季節を廻らせることを妨げてはならない。
―――――――
多くの人が、褒美を求め塔へと向かいましたが――
焦っていた冬の女王の耳には、どんな言葉も届きませんでした。
冬の女王は塔の中で一人、孤独に震えていました。
「みんな口々に『ああすればいい』『こうすればいい』って言うけれど……。
それじゃあダメなのよ。皆が思うようには私は書けないし。
皆が言った通りに書いても、それでは私が綴ったことにはならない」
窓の外に見える大きな木も、雪を被って真っ白になって。
一年中葉っぱを付けた、素晴らしい木だったのに。
私に春の女王のような無邪気さがあれば。
私に夏の女王のような情熱があれば。
私が秋の女王のように博識であれば。
この冬は、もっと素晴らしいものになっていた筈なのに。
「私のせいで――」
重たく圧し掛かってくる責任感に、冬の女王は目を瞑ります。耳を塞ぎます。
塔の扉を閉めきって。窓も全て閉めきって。誰も入れない様にしてしまいます。
皆がこぞって冬の女王に季節を綴ってもらおうにも。
何をしても逆効果。もうお手上げ。八方塞がりです。
「これでは一向に春が来ないではないか!」
そんな困り果てた国民たちや王様のもとにやってきたのは――
たった一人の青年でした。
この青年は、いろいろな国を旅していました。
王国に訪れた際、王様のお触れを耳にしてこうして城までやってきたのです。
かといって、最初から冬を終わらせるために来たわけではありません。
青年は、まずは王様から事情を聞くことにしました。
「冬の女王は――‟冬”を綴り切らないと外に出ることができないのだ」
「‟冬”を、ですか」
青年は他の季節の女王にも話を聞きます。
「季節の女王は、この国に季節をもたらすために選ばれたのよ」
「私たちはそれぞれの季節を綴るために、神様に女王の位を与えられたの」
「綴り終わらないと塔の外には出られないし、その季節が終わることもないわ」
「……だから、この国では冬が続いてるのか」
辺りは既に雪に覆われ、真っ白になっています。
青年が吐いた息も、あまりの寒さに雪のように真っ白です。
「彼女は冬があまり好きでないのよ……。何を書けばいいのか分からないの」
「冬は真っ白で、なにも無いからって。みんなが辛い思いをするから、それでもなんとかしなくちゃって」
「今となっては、窓も締め切って。そんなことをしたら、もっと辛いだけなのに」
女王たちは皆、冬の女王のことを心配していたのでした。
青年はそんな人々の様子を見て。ここに来るまでの街の様子を見て。
もしかしたら、冬を終わらせられる。
冬の女王が‟冬”を綴ることが出来る。
そんな案を思いついたのでした。
「――みなさん。僕にいい考えがある。……協力してくれるかな?」
机についたまま、頭を抱えて。
いったい、どれくらいの時間が経ったのでしょう。
少しでも冬を感じ取ろうと、塔の中の気温も外と同じにしています。
塔の不思議な力で凍死することはありませんが、ただただ辛いだけ。
それでも、冬の女王は止めることができないのです。
外の国民たちに辛い思いをさせて――
一人だけこうして座っていることに耐えられないのです。
「いったいどうすればいいのよ……」
その瞳は涙に滲んで。
それでも、机の上に置かれた用紙は濡れることなく。
なんで自分なんかが選ばれてしまったのだろう。
自分さえいなければ、こんなことにならなかったのに。
そう呟いては、自分自身を追い詰めていきます。
そんな時――
ドンドンと窓を叩く音がしたのです。
「あぁ――」
痺れを切らした国民達が、とうとう実力行使に出たのかな。
そんな悲観的な想像しか浮かんできません。
でも、私はこの塔から出ることはできない。
もちろん、他の人が塔に入ることもできない。
こんなボロボロになっている私を見て――
彼らは一体どんな罵詈雑言を浴びせかけてくるのだろう。
そう覚悟を決めて、窓へと近づいていくと。
「冬の女王、窓の外を見て! 凄いんだから!」
とても弾んだ声が聞こえてきたのでした。
――外は吹雪のはずなのに。
まだ幼いはずの、春の女王の声が。
他にも、夏の女王、秋の女王。王様や国民みんなの声がします。
塔の中にいる自分とは違って、この寒さの中にずっといると危ないのに。
「一体なにを――」考えているんだと。
一言言うつもりで、窓を開けた冬の女王でしたが――
外の光景を見て、最後まで言うことが出来なかったのでした。
「なにを――なに……? これ……」
そこにあったのは、真っ白な大木――ではありませんでした。
赤や青。緑や黄色と。
大木は色とりどりに輝く光の球を纏っていました。
依然として降り注ぐ雪の白が、光によって淡く照らされています。
――知らない。
こんな光景、私は知らない。
その光景は、何よりも美しく。見ている人を不思議な世界へと誘います。
視界いっぱいに広がる光の幻想に、冬の女王はため息を漏らしていました。
「こんなもの……見たことない……」
こんな冬を――私は知らない。
「よその国では、冬になったらこうやって街を照らすのですって」
「こんなに綺麗な季節、私は見たことないよ!」
その空間一帯が、まるで別の世界へと移ったかのように。
吹雪の中でも、全員が笑顔で大木を囲んでいるのです。
「この世界には、私たちの知らない冬がたくさんあるんだよね。
私の春だって同じ。まだまだ知らないことばかり。
どんな楽しみ方をしたっていいんだよ? 私たちは季節の女王なんだから!」
いつの間にか、他の季節の女王たちは窓のそばに駆け寄って。
冬の女王を励ましているのでした。
「たった今、あなたが感じたその感動を――」
「ここにいる人たちだけじゃない。この国中のみんなに届くように――」
「――難しいことなんて考えないで、ね?」
「……うん――!」
それからの冬の女王の筆は、驚くほど速く進みました。
あの時の大木のように、国中が幻想的な空間へと変わり。
国民全員、毎日がお祭り気分。飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ。
気が付けば、あっという間に冬も終わり。
国中が新しい春を迎える準備を始めていました。
あれだけ辛い思いをしたはずの冬だったのに――
終わるころには、もう少し続いても良かったと言う人がいる始末。
今年の冬こそはと意気込む人々でしたが、来年は別の女王が選ばれます。
もちろん、春の女王も去年とは違う女性が選ばれました。
今年の春の女王に選ばれた女性は、どんな春を綴るのでしょうか。
去年はあまりに天候が荒れ過ぎていたから、ぽかぽかと暖かい季節?
それとも、楽しくて気に入ったから自分の時にももう一度?
今年の夏は? 今年の秋は? 今年の冬は?
国民たちは新しく巡ってくる季節に、たくさんの想いを馳せます。
「王様、褒美の件ですが――私に一軒の家をください。
ここまで移り変わる季節を楽しめる国なんて、他にはありません」
「……いいのかね? どんな季節になるのかは、その時の女王の気分次第だぞ?」
「いいんですよ。どんな季節であっても――」
王様が確認するように尋ねると――
青年はゆっくりと横に首を振り、目を輝かせて言うのでした。
「それが何よりも素晴らしいことに、変わりはないのですから」
おしまい
ここまで読んでくださったみなさん!
そして原案のみぺこさんに感謝です!
『小説家になろう』らしい童話になっていたでしょうか
スランプになったときは、外から刺激を受けるのが一番ですよね
いろんな作家がいるなろうで、誰か一人の心にでも響けばいいなと思います