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三題噺 テレホンカード・演歌・悪の組織

作者: ひみつ

 もう駄目だ。俺の人生終わった。やっぱり自分の身の丈に合わないことなんてするもんじゃなかったんだ。路地裏のゴミ溜めの中で、小さく背を丸めて胸の中でそう毒づいた。

 薬の密売やってる組織に所属する末端の売人。ついさっきまでそれが俺の立場だった。

 賭け事が好きでパチンコ、競馬、競艇に競輪……およそギャンブルと名の付くものには一通り手を出し、いつの間にか借金の山。それをどうにかしようと薬の売り上げに手をつけ、さらにふくれあがる借金。気づいたときにはもう手遅れで、どうにもならないところまで来ていた。

 今頃アニキ連中は俺の部屋に殴り込んでるどころか、もう包囲の網を広げているだろう。いずれにしても捕まってこの役に立つかどうかも分からない身体を切り売りされるか、そのまま沈められるか……。

 くそったれ、俺はまだ死にたくねえ! 死にたくねえよ! 寒くもないのに震えが止まらない。くそ!

「なあ、兄さん」

 突然暗がりから声をかけられて、文字通り俺は声にならない叫びをあげた。

「タバコ、もってねえかい? 一本分けてほしいんだが」

 何のことはない、ホームレスのおっさんのタバコの無心だった。

 驚かせやがってと怒る気力もなく、俺はポケットからタバコを取り出して、ライターと一緒に丸ごと放り投げた。

「全部いいのかい? 太っ腹だねえ」

 どうせ俺にはもう必要のないものだ。だったら欲しいやつにくれてやればいい。

 おっさんは早速火を点けてふかし始めた。上機嫌らしく、歌まで口ずさんでやがる。

「~~~~♪ ~~~~♪」

 聴いたことのある曲だった。ガキの頃、親父が酔うとご機嫌で歌っていた演歌だ。

 ……そういえば、親父とお袋どうしてるんだろうな。

 飛び出すように田舎から出てきて、そのままドロップアウト。十年近くも連絡を取っていない。せめて死ぬ前に、声だけでも聞きてえな……。

 携帯電話はアニキからの鬼のような着信でとっくの昔にバッテリー切れだ。財布にテレホンカードが入っていたはずだから、公衆電話さえ見つけられれば何とかなるか。

 どうせこのまま隠れててもいずれは見つかるだろう。だったらやり残しは少しでも減らしておくべきだ。

 意を決して立ち上がると、おっさんがもう一度声をかけてきた。

「あんがとよ、兄さん。あんたのおかげでしばらくはいい気分になれそうだぜ」

 そしてきひひひひ、と下品に笑う。礼を言いたいのはこっちの方だ。

「こっちこそありがとよ」

 そう返してにやりと笑うと、おっさんはぽかんと目を丸くした。

 さあ行くか。たった一度の人生ならば、後悔だけはしたくない、だ。

 親父が、おっさんが歌っていたあの曲のフレーズを思い出しながら、俺は駆け出す。

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