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【箱】短編

十年越しにも何気なく

作者: FRIDAY

 高校を卒業とともに飛び出すようにして出てから、一度も帰っていなかった実家に十年ぶりに帰ってきた。

 何か理由があるわけでも、きっかけがあったわけでもない。ただ、何となく、だ。自分でも、実家の門前に立ってもまだどうして自分がここに戻ってきたのかわからなかった。

「…………」

 インターフォンを鳴らす。家にいるかどうかはわからない。何も確認せずに来た。だが、いるならばひとりだけだ。いたとしてもこの遅い時間、起きているかも定かでなく、

「……はい」

 確認もせずに戸が開いた。無防備だな、と他人事のように思う。

 戸のあいだから顔を出したのは、父だ。

 家を出てから一度も顔を会わせないまま十年だ。父も確かにその年月を顔に刻んでいたし、私だってもう三十路間際だ。一見しただけでは誰なのかわかってもらえないだろうと、そう思っていたのだが、しかし父は私を一目見るなり、

「……ああ」

 そう吐息して、戸を大きく開けた。

 私を招き入れるように。


 家の外観もそうだったのだが、内装もまたほとんど変わっていなかった。家を出た頃そのままだ。

 父の背について廊下を歩く。相応に老いを重ねた背。

 お互い無言のまま、居間まで入った。戸口で所在なく佇む私に、父は淡々とした調子でソファを示しながら、

「何か食べるか?」

 そう言った。

 何か他に言うことがあるんじゃないかと思った。どうして突然出て行ったのかとか、一度くらい連絡を寄越せ、とか。

 だが父は訊いたきり、黙っている。

 私の答えを待っている。

「……じゃあ、食べる」

 こん負けしたわけではないけれど、そう答えると、父は一つ頷いて台所に入っていった。何かを作ってくれるらしい。


 所在なくテレビを眺めていると、あまり時間を待たずに呼ばれた。もうできたものらしい。食卓についてみると、そこで湯気を上げていたのはパスタだった。成程すぐに出るわけだ。

 無言のままに席につき、手を合わせ、箸を取る。見れば向かい側に父も座っており、同じくパスタを置いている。

 お互い沈黙のままパスタをすする。

 どういうつもりなのだろう、と思った。父は何を思っているのだろう。

 何を感じているのだろう。

 母は早世そうせいし、父は幼い私を男手一つで育て上げた。

 家事も全て一人で行い、それでいながら一人娘の私を蔑ろにすることは一度もなかった。

 終始一貫して淡々と淡白に。

 そう、だから思えば父は昔からこういう人だったような気もする。

 ……でも。

 家出同然に飛び出して、一切の連絡なく、十年越しに突然帰ってきた娘には、さすがに何か言うと思っていた。

 ……私は、どうしてそこまでして家を出たかったんだろうか。

 高卒の娘など、まして親の後ろ盾のない子供など、思うように生活していくのは至難だ。実際、全く楽ではなかった。

 そこまでして出て行ったのは……父を怒らせてみたかったのだろうか。

 怒って、いないのだろうか。

 悶々と物思いしている私を余所に、父はふと食事の手を止めた。

「……俺は、本田忠勝が好きだけどな」

 は? と父の唐突な台詞に面食らう。何かと思って見れば、つけたままのテレビが番組を垂れ流していて、それがどうやら戦国武将の特集のようだった。

 それを確認して改めて父を見る。が、父は既にテレビからは視線を切っており、食事に戻っていた。

「……それで?」

「ん?」

 訊くと、怪訝そうに訊き返された。それは本当に不思議そうな表情で。

「……いや、何でもない」

「ん、そうか」

 また父は食事に戻ってしまう。本当に、たまたま思ったことを口にしただけだったらしい。父は黙々とパスタをフォークに絡めていく。私はそんな父をしばらく呆気にとられて見ていたけれど、

「……ふ」

 思わず、笑みがもれた。

「……ふふ、ふ」

 それも、止まらない。

「ん、どうした?」

 また怪訝に思ったらしい父が顔を上げたけれど、私も首を振った。

「何でも、ないよ」

「……? そうか」

 父はなおも怪訝そうだったが、私は首を振って返した。堪えきれずに笑ってしまっていたけれど。

 そうか。

 父は、こういう人なんだ。

 十年越しに、悟った気がした。

 淡々と、淡白に。決して激することなく。万事、平素に続くように。

 父も人間だ。何も思っていないわけではないだろう。

 ただ、不器用なのだ。

 そう思い、受け入れると、私の喉につかえていた何かが落ちた気がした。

 またいつか、帰ってこようと思えるくらいには。

「……後で」

 また前触れなく父が言った。今度は何だろうと見ると、父は手元に視線を当てたまま、

「後で、母さんに線香をあげておくといい」

「……わかった」

 私は笑みで、頷いたのだった。

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