プロローグ
静寂なる夜の訪れと共に、煌びやかに光り輝く月は、夜独特の暗さが醸し出すコントラストとマッチし、まるで天使が空から君臨したかのような美しさと神々しさを闇のスクリーンへと映し出していた。
その美しさを表現しきれない自分の語彙力の無さを悔やむかのような景色に僕は目を奪われる。
僕だけでない。大衆は皆、その月に目を奪われていた。
実際の所は、心の中でも見ない限り本当にその月に目を奪われていたのかは分からないが、きっとそうなのだと確信するくらいに、大衆の目は月を一点に捉えていた。
それはある種とても不気味な光景にも思えたが、僕もその例外では無かった。
僕も淡々と、ただ月を眺めていたのだ。
特別何かあるという訳ではない。
だが、確信出来ることが一つある……今日の月は何かが違う。
別に僕はそういう勘に優れている訳ではないが、それだけは間違いない。
そんな感覚に逆らわず、ただ従い、僕は……そして恐らく皆も、あの月をただ眺めていたのである。
何かがある……果たしてその勘は敵中した。
月と言えば兎の模様を示すと伝えられているが、その模様に変化があった。
否、これは正確に情報を伝えきれてはいない。
模様というよりは、月そのもの。
それに変化があったのだ。
的確に、そして簡易的にそれを伝えるならば……月が半分になった。
そう伝える他無いだろう。
それにより模様も変わった……ということである。
僕はそれを見て思わず身構えた。
こんな異常な事態は初めてである為、果たしてどう身構えて良いのかと迷いはしたが……とりあえず行った行動は逃避であった。
月が半分になったのだ。
つまりそれにより欠片が、月の欠片が大量に落ちてくることを危惧したのである。
まあ、月が地球の上空にある以上、月から降り注がれる欠片は……というより隕石と言った方がより正確だが、とにかく隕石はそれこそ地球の反対にでも逃げない限り、どこにいようとほぼ同じように降ってくるのだろうけれど、今の僕にはそれを考える余裕も猶予も無かった。
ただ逃げることにしたのである。
考えも無しに走り出した僕は、普通は屋根のある頑丈そうな建物を選ぶ所を、視点を上に向けていた為、近くの山へと逃げ込んでしまった。
延々と続くように生えた木々が僕の視界と行動を制限し大変窮屈であるが、そんなことも考えず、息を荒くし、走ることに集中し続ける。
鬱陶しい草木を手で掻き分けながら、上へ上へと僕は進む。
すると、開けた場所へと出た。
見えるのは輝く街の姿のみである。
つまり……僕は月から逃げるつもりが、愚かにも、月から近い山の頂上まで登り切ってしまったのだ。
無我夢中だったとはいえ、考えることを疎かにし過ぎた。
僕は後悔の念に駆られ、山を降りることにする。
が、その時。
綿毛のような光が僕の周りを包み込んだ。
僕は何事かと周りを見渡す。
しかし、見えたのはやはり綺麗な街のみだ。
それ以外のものは一切たりとも見えない。
だが、もしかしてと思い僕は最後に上を見た。
すると、神様が美しさの象徴として作ったかのような、とても僕ごときには触れることも許されないような美しさを持った少女が、空から落ちてきた。