6小説の動機(古谷)
「古谷さんはですね」
「うん?」
「自分の書いた小説が本になった時どう感じました?」
「ふむ」暫しの沈黙。考えこむ間、古谷は手元のコーヒーに口をつける。苦味に思わず顔が歪んでしまった。
「上手く表現は出来ていないと思うけど、むず痒さみたいなものはあったかもしれない」
「むず痒さ、ですか」噛み砕くように、烏丸は一拍置く。
「僕は書くことが動機だったよ。だけど出来ればそれが人に知られるのはあまり良い気がしなくて」
「書くことは悪いことなんでしょうか」
「当時の僕にとってはそうだったかも。ただ人目に触れると案外評価されて不思議な感覚だった」
「……評価されない作品はやっぱり駄目な小説なんでしょうか」
「評価、っていうと良し悪しに関わるように聞こえるけどさ。実際は理解されるかに関わってると思う」
「理解されるかどうか?」難解な話になったと、烏丸はやや頭を傾げる。
「相手の考えが理解できないからといって、相手が良くないとは決めれないよ」
「……私には良く分かりません」
「自分から振っておいて悪いけど、自分も良く分からないや」
「えー」不平の言葉と共に烏丸は大口を開けてしまった。
「でもさ、動機なんて適当でいいんだよきっと」手をひらひらさせ、古谷は誤魔化す。
再び沈黙。