◆6 記憶の底に眠るは
しばらくの間、昔の文芸部の話をする2人。数学科の変人、もとい友人の他にも高磯が連絡を取り合っている後輩(高磯と同級生)についての話題、最近読んでいる小説の話題、大学での話題。
やがて高磯の方からもう一度切り出してきた。
「先輩、話題逸らししてないかしら」
「……ばれたか、いやこういう話題も良いとは思うんだけどね」溜息がちにコップの残りを喉に流し込む古谷。長くなりそうだな、と思い2杯めはウインナコーヒーを注文した。
「もう、先輩自身は小説を書くつもりは無いの」
「いいや、書いてるんだ。ただ自分の名前を堂々と出して小説を書くのはもうやめたよ、僕には小説の才能なんて無いんだから」
「そんなこと無いわ」表情に現れないものの、高磯の表情がやや険しくなったように古谷には見えた。
「あくまで趣味として、のんびりダラダラと書き続けて飽きたら辞める。それで僕は満足さ」
「私の個人的な我が儘になってしまいますが、聞いてもらえるかしら」聞くだけだよ、と古谷は了承する。
「今、私自身が小説家としてまだ本を書き続けていることは知ってるわよね」古谷は頷く。
「ちょくちょく書店でも買わせて頂きますよ、2年間で何冊書いてるんだ」
「プロット自体は高校で組んだのが多いわ、今も新しく作ってるのは確かだけど」
「良かったじゃないか、あの高校の文芸部でミステリ小説家を輩出したなんて多分初めてだろ」
「……私は、今も悩んでいる。あの時賞に選ばれるべきなのは先輩だったのではって」
肩をすくめながら古谷は答える。
「別に選ぶのは僕達じゃない、高校生に相応しい小説が選ばれるのは自明だ」
「それでも、私は先輩の小説が好きだった」
やや返答に詰まる古谷、彼は昔のことを思い出していた。




