β 物書き古谷の迷走
メールを送った後、古谷は昨日の夜書いていたメモを読み直す。
『前回のテーマについては、時代考察を鑑みた結果プラスドライバーとマイナスネジは既に中世時代には存在していたことがわかった。よってボツ。というか、ネジあたりの基本的な物体が存在しないと考えると商業とかのレベルがあんまりにも現代社会と異なりすぎて小説として示す時に社会背景を書くのに時間がかかりすぎる。また、歴史小説(タイムトラベルもの、潤-JUN-などの医療系もある)と異世界小説(元々の世界にあって異世界に存在しない技術・再現可能な物体)としての知識利用との違いを何処の当たりに見出すことが可能なのか…………』
昨日のメモを見ただけでも、自分が書こうと思っているものが既に迷走しはじめていることを古谷は十分思い知らされている。烏丸さんに嘘を重ねているとすれば、と古谷は思う。
「結果なんてどうでもいい、なんて簡単には言えないよな」誰にともなくつぶやいた。
本棚には、昔書いた古谷自身の小説が置いてある。
昔の自分が重い、と感じる。本棚から取り外してしまおうと思った事も無数にあったが、これを捨ててしまえば何者でも無くなるような気がして、過去の自分の作品に未だに縋っている。そのことは古谷自身にも納得のいかないものではある。
古谷自身も、小説が世にでて評価されるのが嬉しくないわけではなかった。しかし、一度それを世に出してしまうと彼には1つの恐れが生まれてしまった。いつの間にか、皆が小説家としてしか自分を見なくなるのではないのか。一生小説を書いて暮らさなければならなくなるのか。書けなくなったらどうすればいいのか。
今古谷自身も考えると、馬鹿馬鹿しい悩みだったと思う。それでも、当時の彼が筆を置くには十分すぎるほどの恐れだった。
そうして今、彼はかつての自分自身を超えることが出来なくなっている。
もう一度書こうと思ったのは何故だっけ、と寝ぼけ気味の頭で思い返す古谷。
烏丸の店に行こう、と決めた。その瞬間メールの返信が帰ってくる。卯島だった。
『⊃〃 乂 冫 ネ け〃 ω こ ぅ は か < に ω U た ょ』
(日本語訳)=「ゴメンネ、げんこうはかくにんしたよ」。
「僕の生活でギャル文字を見るのは多分この人との連絡だけだろうな……」
しかもメールの文面軽いし、とまでは付け加えなかった。




