7 それを書くには余白が狭すぎる
翌日、烏丸は自身の祖父の家を再び訪れていた。手持ち無沙汰だったというのもあるが、祖父の書いていた小説の全てをまとめていたわけではない。古谷の原稿修復の休憩程度になれば良いだろうか、と何と無く訪れてしまっていた。
あの時と同じように、書斎には散らかった紙が沢山ある。これだけ散らばって本人はどうやって物語の前後関係を把握していたのだろうかと烏丸は疑問に思う。ここまで収拾出来てなかったら部屋中ゴミだらけの方が納得が行くものの、紙以外のゴミは部屋に放って置かれていなかった。
そういえば、と烏丸は思い返す。祖父が自作の小説を完結させていないことは確認したが、書き始めた理由については解らないままであった。遺言か何かで確かめてもらう事もされていなかったようだし、言ってしまえば読者の存在を全く想定していない小説だった。この小説の目的は一体何だったのだろうかと考えこむ。
『もしかして読んでるかもしれないこの人に託す』
そういう一文が書かれている紙の一枚を、烏丸は危うく見逃すところであった。クシャクシャになっている紙を慌てて開き、下の文章を読む。
『可能であればこの小説を人の目に当たらないよう置いててくれ、望むのであればとっておいても構わないが余り言いふらさないように。書き始めておいて途中から止めるのも気が進まないので続けてしまっているが、正直な所書いていて自分でも目的がハッキリとしないまま書いてしまっていたと後悔している。書こうと思えばいくらでも書けるし、一文にして書けと言われたら一文字も書けない気がする。もしも出来るなら、この小説にあるべき目的を付けて欲しい』
紛れも無く、祖父の字だった。
祖父も、また書く目的に悩んでいたのだと烏丸は思った。このページ数なら実際に執筆し続けていたのは数年間にも及ぶだろう。烏丸自身や古谷達が悩むよりある意味もっと長く、祖父が悩んでいたことに烏丸は驚かずにいられなかった。書くことをもう一度始めて欲しいと古谷に思うのに、こんな事では良い提案を出せない。
『あるべき目的を付けて欲しい』
そんな文が、もう一度目に留まる。物語の書き手でもない自分が、勝手に小説の存在理由を決めていいのだろうか。あくまで読者の立場にいる自分がそうするのは横暴ではないだろうか、と烏丸は悩む。
……やや考えて、烏丸は数ページを持って祖父の家から出る。