PROLOGUE 序章4
二人は再び浮島から飛び石を渡って滝の方へ向かった。
「見えるかい?」
「あぁ、滝の向こうには結構な長さの通路があるようだな。」
「よし、行こうか。」
「じゃあ一気に飛ぶぞ。」
「「3,2,1 それっ。」」
二人は滝を飛びぬけてその奥の洞窟に転がり込んだ。
洞窟は思ったよりは長く、しかし思ったより明るかった。
洞窟の内部を構成する土質の光反射率が高めなのだろうか?
まぁ、そんなことは今はどうでもいい。
二人は奥へと進んでいった。
洞窟は若干上る様に続いていき、上の方から若干の水が流れてきていた。
洞窟の最深部は入口から30mほど進んだところだった。
流れてきた水の水源がそこには逢った。
「――見付けた。滝の向こうにこの洞窟を見つけた時はもしやと思ったけど、
まさか本当に存在しているとはね。」
「…いったいなんなんだ?この泉に、何か、あるのか?」
「飲んでみればわかるよ。」
「って待てよ、飲めるかどうだかわからないだろ?」
「っん? おいしいよ?」
「ってもう飲んでるし!?どうするんだよ飲めない水だったらっ!!」
「取り敢えずガリバーも飲んでみればいいんじゃないかな?」
「話聞いてた!?」
「…それとも僕一人で死ねっていうのかい?」
「何その陰湿な脅し…。まぁいいけどさ。」
ごくごくごく
「おっ意外とうまい。めっちゃつめたいけど、それがいい。」
「飲んだね。」
「なっなんだよ。」
「老いが厭うまいとは皮肉が聞いてるね。」
「おっ意外とうまいっていったんだけど、それが何なんだ?」
「いや偶然って怖いねって話。
あっそうそう。多分これで僕達ある意味人間止めちゃったから」
「えっ?」
「いや、まあ種族的には普通に人間なんだけど、文献に間違いが無ければこれで不老だよ。
これ、恐らく不老長寿の泉なんだ。聖杯の水、とかエリクシールとかと似たような奴。
まぁ普通にモンスター倒して食ったりしててもなることもあるしね。そんなに心配することないよ。」
「そんな危険な本焚書してしまえ。」
「酷いな。本こそが未来に続く人類の英知の集結なのに。それに不老になって悪い事あるかな?
それとも、―――――――――早めに死にたかった?」
「いや、それはないけどさ。」
「そうかい。もしかしたらてっきり君の能力のせいでモンスター達に逢う為に生物の格差を感じすぎて
生きていくのがつらい…的なことかと。」
「遠まわしにうちの家DISってる?」
「ははは。」
「………すげー嫌な奴。」
「まぁよかったよ。死にたくはなかったけど、一人で生きていくのは寂しいしね。」
「―――――どういうことだ。」
「僕の家は代々短命なのは知っているだろう。」
「…あぁ。親父さんが珍しく長生きだけどな。」
「父さんは…まぁ出来損ないだからね。でも同じ一族の出の母さんはもう死んだよ。」
「……酷い言い方だな。」
「弱者でいることに脅えて、強者になるための時間の無さに嘆く。
僕の一族は――――――――――――――――――――本質的に破滅的なんだ。
よく今まで残っていたものだよ。」
「アン…リ?」
「変化から避けるように弱者のままで過ごすことと、
強者になるためにリスクを負うのではどちらが正しい選択肢なんだろうね。」
「―――――俺達の家のことか?」
「…やはり、君は頭がいいねガリバー。」
「逃げの為の手段を攻勢に回す君と、人間の成長力をモンスター染みた異質に変えた僕。
遥か先の未来、どちらが勝っているのかすごく興味があるんだ。
人らしく強さを求める君とヒトらしく強さを求める僕。ガリバーも興味がわいてこないかい?」
「…悪い。あまり、興味がわかない。」
「そうかい…それは残念だよ。―――――じゃ、帰ろうか。」
この時、ガリはアンリから漂う違和感がようやく容づいてきたように見えたが、
不老になったことと言い、色々隠す気がなくなったのか全く自分の知らない表情、言動ばかりを見せるアンリに、
ガリは何もできないでいた。
「ぁ、あぁ帰ろう。」
忘れよう。さっきまでの事は全部忘れよう。
…無理か。それでも―――――――――全部忘れてしまおう。
ガリはそう思い込むしかなかった。
それが、最後のチャンスを失ってしまう選択肢だった。
――いや、もしかしたら最初からチャンスなんてものは無かったのかもしれない。
不自然なほどいつも通りを振る舞うガリと、
自然なほどいつもとは違う在り方で過ごすアンリ。
それでも、ガリはアンリを信じていた、
信じていると思い込むことで自分の心の平穏を保っていた。
二人が滝の中の洞窟から出て、飛び石を渡り、浮島に出るまで特にはモンスターによる危害も事故も起こらなかった。
「っで、ここからどう渡る?僕はいいとしてガリバーには足場がないよ?」
「………だったら先に向こうに行って足場か何か用意してくれよ。」
「わかったよ。」
アンリはそう言うと来た時と同様水上を駆け抜けるという人間離れした歩法で対岸に辿り着き、
川上に向かい手ごろな大木を見つけると、思いっきり振りかぶり、
「天海通衝」
渾身の必殺技を込めて大木をへし折ろうとしたが、へし折るには至らなかった。
もう一度行っても駄目だった。
ただ、大量の葉っぱが落ちてきただけだった。
天海通衝は敵内部に指向性を持ちつつも荒れ狂う猛烈な衝撃を加える技だが、
物質を破壊するには向いていない。
木を殺すことはできても壊すには至らないのだ。
ましてや大木には難しい。
岩など硬い物質ならその硬さが仇となり衝撃による破壊が可能だったろうが、
木々には生物特有の弾性がある。そして動物と違い少しの歪では破壊が難しい。
だが、切断に適した技がアンリに無いわけではない。
「発『剄』」
発『剄』。本来は発『勁』の誤字だとされる。
『勁』の本来の意味は最大効率の肉体運用。
対して『剄』の意味は断首。
自身の力を限りなく薄い接触面積で伝えることにより、
本来の人間では到底難しい切断力を持った攻撃を持たせる技術である。
しかし、それでも結局は大木を斬り倒すには至らなかった。
いや、大木に切り痕を素手で付けられるだけで十分凄いが。
「……まだか。そうだ。ガリバー。君の剣を投げてくれ。」
「解かった。」
ガリは思いっきり対岸に向かって剣を投げつけた。
投げられた剣は無事川を飛び越して近くの川岸に生えていた小木に刺さった。
アンリはその剣を抜こうとして思いの外しっかり刺さっていたため、
氣功で小木の内部を軽く砕き、剣を引き抜いた。
そしてその剣を持って再度大木の前にアンリはやってきた。
そしてその剣を大木についた切痕にしっかり『押し当てて』、
「破ッ!!」
大木を切断した。
そして大木が倒れる前に、大木を駆け上り、7割ほど登った所で身体を捻る様に空中で横に回転し、
曲げた右足で大木を蹴り、川に向かって倒れ込む大木を前につんのめる様に押し出した。
自分の方に向かって倒れ込み、倒れ込んだ勢いの為に川の中ほどまで川の上を滑って流れてくる大木を見たガリは、
来た時同様にその大木を足場にして対岸に辿り着いた。
対岸に辿り着いた二人は来た道を再び引き返していった二人はアーマーグリズリーを封印していた、
ドロップマーカーの所まで来た。
ドロップマーカーを解除すると隠していたアーマーグリズリーの遺体が現れる、……
……………ハズだったのだ。
アレ?
「…残骸?いや、そんなはずはない。だってこれはジェノツィアの有名ブランドの…。」
「確かにドロップマーカーは死肉を狙う生き物から匂いも見た目も覆い隠して、腐敗も防止してくれるけれど、
だからと言って他の生き物に気が付かれないというわけではない。
道具の産地やブランドに期待を持ちすぎるのは君の悪い癖だ。」
「そ、そんな…。」
「っていうかさ。………これブランド名おかしくない?」
「…えっ?」
「MU-JIじゃなくてMU-LIになってない?」
「あっ。」
「しかも産地はZyarenger…あーっ、あの国だ…。」
「パチモノ…。」
「………だと思ったよ。ドロップマーカーが機能しないなんてこと普通はあるわけないもの。」
「…ところでさ。」
「何かな?」
「俺達がここを去ってそんなに時間は経ってないよな。」
「そうだね。」
「っで、もうアーマーグリズリーは完食されちゃったわけだ。」
「その通りだね。」
「ってことは喰ったやつはまだ近くにいる可能性はあるんだよな。」
「そういうことになるね。」
「どこにいるんだろうな。」
「後ろにいるね。」
「そうか。」
「うん。」
「…………え”っ?」
「KUSYULLLLLUUUUUUUR」
ヴィネガロン 昆虫種サソリモドキ系モンスター
振り向いたときには既にヴィネガロンの剛鋏が振りかざされていた。
咄嗟にガリ左にアンリは前方に跳ね飛ぶように躱す。
ガリがいた方に迫ってきた鋏は、避けたガリの代わりに大木を粉々に挟み潰すと、
再度鋏を振り回してきた。
木々が密集しているところで長い脚等を振り回す行為は木々などの障害物に疎外されて本来あまり賢い行為ではないが、
その木々を打ち砕くパワーでそれを可能にしている。
「……取り敢えず逃げるぞ。」
「取り敢えず、ね。」