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商人と傭兵編 9

前回のあらすじ


一人逃げ出したカイルは、セバとアジンの会話を偶然きく。

そして、自分が囮としてこれまで使われていたこと、今まさに置いて行かれそうになっていることを知る。

疲れ果て投げ遣りになったカイルは、そのまま座り込み何もかもを捨てようとするが、スバルのことを思い出し立ち上がる。何ができるのかもわからぬまま、逃げてきた戦場へとカイルは駆けるのだった。

「ぐっ…!?」

森を抜けた先に唐突に広がる光景と鉄の匂いに、カイルは思わず立ち止まり口を覆う。

視線の先には、半ばまで首が裂けた人体がもの言わぬまま仰臥していた。開いた口の周りを、早くも蠅が飛び始めている。

死体の周りは朱というより黒に近い血に染まり、一面の新緑の中にできたほころびのようだった。

意識して目を反らし視線を上げる。カイルの立っている場所の周囲には先ほどまで包囲していた形のまま、賊の死体が転がっている。セバ達が殺したものだろう。

そして、それらとは明らかに様相の異なる惨状を、カイルは直ぐに認めた。

苦悶の表情で横たわる死体。その体には腰から下が無かった。周囲に飛び散った肉片に目が留まり、慌ててカイルは視線をそらす。速まる心臓をなだめつつ、慎重に足を進めながら横目でその先の光景を見る。

根元から折れた剣。血糊がこびりついた盾。白濁した眼。腕。血管。

意識しないようにしても飛び込むそれらの情報を頭の片隅に追いやりながら視線を進め、彼は見つけた。

幾人もの敵の死体の只中で、黒い剣を持った傭兵はカイルに背を向けて剣を構えていた。上段に構えた体はほとんど動かず、足だけが油断なく前後し間合いを測っている。

その周囲を半円状に囲む賊は、5人となっていた。ほとんどの顔が青ざめ及び腰になっているなかで、唯一アドラーだけが闘志を維持しつつ返り血を浴びた傭兵の正面に立っていた。

「ビビるんじゃねぇお前ら!!クソガキももう疲れている!!回り込んで畳んでやれば蹴りがつく!!グスタヴァ、ロドニー、行け!!」

発破をかけられ、両端の二人がスバルの横を迂回し背後に回る。アドラーを頂点とした五角形の包囲が完成し、回り込んだ二人が徐々に距離を詰め始める。右後方に位置取りした賊の手にはメイスが掲げられ、西日を受けて鈍く光る。鎧越しにでも十分な衝撃を与えるように造られたそれは、凶悪な外見に違わぬ威力を見せることになるだろう。

あんなもので後ろから殴られたら。

その先の光景を想像し、剣を握る手に汗が滲み出る。すぐにでも援護しなければと思うものの、カイルの位置からではまだ遠い。

スバルの元へ駆け寄ろうとしたその時、五角形の下の二点がゆらりと動いた。

間に合わない。

「スバルさんっ!!!」

カイルが上げた悲痛な叫びを合図にしたかのように、均衡は崩れた。

意識を向けなかった方角からの第三者の声に驚き、左後方の賊の動きが一拍遅れる。自然、メイスを振り上げた賊が突出する形になり、スバルの後方を襲う。

鋼鉄の鈍器が触れる寸前、スバルは跳躍した。

左前方へと跳ねたスバルは、その勢いと共に刃を振り下ろす。猫科の動物じみたその動きに反応しきれず、棒立ちのままの賊は首筋から斜めに切り裂かれ絶命する。

血飛沫が上がる空間をアドラーの剣が引き裂くが、軽く傾けたスバルの剣がそれに応じる。鍔のない異形の太刀はアドラーの剣を留めることなく、受け流された刃は返り血に染まった籠手にぶつかり止まった。

すぐさま、スバルは刃を受けた籠手でアドラーの剣を掴み、強く手元に引き寄せる。

尋常でない膂力に引かれ、アドラーはバランスを崩し前に倒れ掛かる。

そのこめかみを、黒い刀のなかごが貫いた。

力を失った体をその場に打ち捨て、スバルは残った三人の賊に目を向ける。

後方からの襲撃に出遅れた者。渾身の一撃を躱された後、バランスを立て直した者。本来武器として使うはずではない部分が、大将の頭に深々と突き立つのを目の前で見た者。

彼らが浮かべた表情は全て同じ、恐怖だった。

30人以上の包囲を返り討ちにし、大将すらもあっけなく殺した傭兵に対抗する気は彼らには残っていなかっただろう。スバルが目をつぶれば、彼らは蜘蛛の子を散らすように逃げうせるはずだった。

だが、スバルの目は彼らを見据え、その剣は向けられた。

戦闘が終わり、三つの殺人が始まる。

スバルの右前方に位置していた賊の喉に切っ先が刺さり、破れかぶれとなって剣を振りかぶった者は水平に薙ぎ払われ、背を見せて逃げ出そうとした者の首は刎ね飛ばされた。

(スバル…さん?)

脳のどこかが痺れたようになりながら、カイルは眼前の虐殺を見つめていた。刎ね飛ばされた首が頭上を飛び、後ろの地面に音を立てて転がるのを耳にしつつ、何一つ言葉が出ない。

そして静寂が戻り、目の前にはスバルだけが残った。


その一瞬の光景を、カイルは死ぬまで忘れないだろう。

賊の首を刎ね飛ばした姿勢のままで、スバルは立っていた。斜めに反らした剣の先からは血が滴り、黒い染みとなって地面に吸い込まれていく。全身は返り血に染まり、西日にさらされ長い影を落としていた。

そして、その目だった。カイルがここに居ることに心底驚いているような丸い瞳。直前まで繰り広げていた暴力など感じさせない、瞳。

壮絶に過ぎ酸鼻を極める光景だったが、後にそれを思い出すたび、カイルの中に浮かぶのは感嘆だけだった。


敵ではない、見知った顔を目にしてスバルの緊張が緩まる。

その瞬間を狙ったかのように、騎馬の突撃がスバルを襲った。

「死ねやああああああ!!!」

突如上がった咆哮と共に、馬上から斧が振り下ろされる。頭部を狙ったであろう刃先は僅かに狂い、スバルの背中を直撃した。

「…っツ!?」

「スバルさん!」

身体が浮くほどの衝撃にさらされ、スバルの呼吸が一瞬止まる。咳き込みながらも剣を構えるが、それよりも早く次の騎馬がスバルに近づく。

「!う、らああああああ!!」

考える前に、カイルの体は動いていた。スバルに向けて剣を振るおうとする賊の馬に向かって、正面から突っ込む。

瞬く間に距離が詰まり、疾走する巨体に圧倒されそうになるのを堪える。

ぶつかる寸前で大きく右に踏み込み、剣を左に突き出した。

自身の速度で鋭く脇腹を裂かれ、馬は悲しげないななきと共に転倒する。

「ガッ…!?」

カイル自身も、肩ごと持っていかれそうになる程の衝撃を堪えきれず、背中から地面に叩きつけられた。

「…い!もうひと……ぞ!剣を………がる!」

「後だ!先に………始末……!ラルの………!」

朦朧とした意識の中、興奮した声が断片的に耳に入る。

もがくように身じろぎし上体を起こすと、三頭目の突撃がスバルに迫るところだった。

なんとか体勢を立て直したスバルの首筋に、裂帛の気合と共に剣が振り下ろされる。

対してスバルは、剣を縦に構え正面から受け止めた。

金属同士がぶつかる高音が短く響く。

凌ぎきったスバルだったが、馬の加速を乗せた斬撃は受けることにも体力を要求し、その小柄な体躯が危うく揺れる。

そこに、4頭目が迫る。

「…!」

カイルは口を開くが、先ほどの衝撃が尾を引き声はない。

その眼前で、光景はゆっくりと動いた。

次に迫る敵を認め、スバルが取った行動、それは回避でも防御でもなく、攻撃だった。

横なぎに振るわれる敵の刃を避けようともせず、ただ最大の機会だけを待ってスバルは剣を振り下ろす。

結果、黒い刀は賊の腹から馬体までを切り裂いた。首に食い入る白刃と引き換えに。

読了ありがとうございます


そういえば、前回出てきた『針鼠』なる単語ですが、『普段は非武装である様を装っているが、敵に遭遇したら機会を見て反撃し撃退する商人集団』というものを指す設定です。

本文中に説明できなくて悔しい限りです。

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