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商人と傭兵編 8

前回のあらすじ


多数の盗賊に包囲され、あわやという状況だったカイルたちの隊商。

しかしスバルの過激な挑発で怒り狂った盗賊の首領は、隊商の略奪よりもスバルの抹殺に気を取られる。

その隙に包囲を突破する隊商であったが、変転する状況と目の前で巻き起こる戦闘に混乱したカイルは恐慌し、一人走り出したのだった。

カイルは森の中を一人歩いていた。

木の根に足を取られて転ぶまで、恐慌に陥ったカイルは森の中を走り続けたのだった。

呼吸を整え、隊商に合流することに思い至り歩き始めたときには、心身ともに磨り減った後だった。

両手を持て余しつつ、曖昧な記憶を頼りにカイルは歩を進める。

(荷物…ないな。こんな森の中で失くしちまうなんて、もう見つからないだろうなぁ)

セバとアジンの荷物は、森に入るところまでは持っていた記憶があるのだが、いつの間にか見失っている。

そのことを恥じつつ、とにかく合流しようと急ぎカイルは目の前の藪を手でどけて進む。

と。

「…やっぱり、坊主だけみつかんねぇぞ。俺とお前の荷物はあるのに。おいセバ、もう少し待って探したほうがいいんじゃないか?」

思いがけぬ近さにアジンの声を聞き、カイルは思わず足を止める。

「いや、カイルのことだ。状況がつかめずに混乱してるだけだろう。荷物を置いて行ったということは、ここまで来たということだ。頭を冷やしたら戻ってくる」

二人の荷物が見つかったことを聞き、カイルは内心安堵する。だが、後に続く会話が耳に飛び込んできた。

「…それも、俺たちが移動しなかったら、だろう?お前とは違うんだ、坊主はまだ道を読めねぇ。森の中を移動する俺たちをどうやって追ってこれる?」

「追ってこれないなら、カイルの運が弱かっただけということだ」

淡々と切り捨てるセバの声は、温度を感じさせない無機的なものだった。これまでの厳しいながらも血が通った声との違いに、カイルの頭から血が引いていく。

「また『運』か…。なぁセバ、俺はお前のことをいいリーダーだと思っているよ。決断力はあるし、計算もできるし、機転も効く。『針』を投げるのだって一番上手い」

苛立ちを秘めたアジンの声を聞きつつ、カイルは『針』という言葉で、先ほど隊商のメンバーが投げた鉄片のことを思い出していた。賊の一人が『針鼠』と言ったことも。

「だがな、お前は『運』を重視しすぎる。『護衛』の件だってそうだ!カイルの運をそこまで試す必要はないだろう!?」

「いつかリーダーになるものが、不幸に遭って呆気なく死ぬような運の持ち主ではやっていけんよ。『護衛』についたあいつが、賊の最初の標的になってすぐに死んだら、それまでだったということだ」

『損な役』といつかスバルが言ったこと、『護衛だけは問答無用に殺す』と賊の一人が言ったこと、それらをカイルは思い出していた。

(…俺は、囮だった?)

言葉にして理解する間も、セバとアジンの会話は続く。

「だが実際カイルの運は良かった。あいつの代わりに護衛をやる傭兵と偶然出会い、別れる寸前に襲撃されたんだからな。あの傭兵スバルも、護衛としての心得がある奴でよかった。我々が逃げる機会を作ることまで承知していた。立派な最期だったよ」

「スバルか…確かにな。あいつと合ったのも、坊主の運の良さだろう。でもな、運だって無闇に試されりゃ尽きることもあるだろうよ。だから坊主が戻ってくるまで」

「アジン。しつこいな?あっちの戦闘がいつ片付いて、盗賊どもが追撃を始めるか分からんのだぞ。すぐに移動を始める。一日ほど北に移動した後、森を抜けてみよう」

「…了解」

アジンの応答と共に、二人の気配が離れる。それが十分遠ざかったころに、カイルは藪から這い出た。

セバとアジンが歩み去ったであろう右手を眺めると、最早見慣れたどこまでも続く陰鬱な木々がある。方向感覚を狂わせ、数多の迷い人を葬ってきた森が。

賊の追尾を振り払おうとするセバ達の行進にカイルが追いつくのは、時が過ぎるほどに難しくなるのは明白だった。


だが、もう彼は何も考えたくなかった。

父親が自分を囮にしていたこと、それを己だけが知らなかったこと、そして今また運を試され、見知らぬ森の中に一人取り残されつつあるということ。

「…疲れた」

呟き、地面に腰を下ろす。濡れた土の湿った感触がズボン越しに尻に伝わり、ゆるやかに体温を奪う。

走りづめだった足はだるく、放っておくと小さく震えだしそうになるのを、膝を抱えて落ち着ける。

騒乱を抜けた後の心地よい静けさは、カイルの意識を少しずつ侵蝕し、致命的な眠りへと誘っていた。





その耳に、鈴の音が響いた。

「…っ!」

目を見開き、カイルは立ち上がる。

一度きり響いた鈴はそれ以上聞こえることもなく、元の静けさが森の中に満ちているだけだった。そもそも先ほどの鈴の音も、状況と記憶が呼び覚ました幻聴だったのかもしれない。

だがたとえ幻聴であっても、カイルを奮い立たせるには十分だった。

「スバルさん…!」

意識せずに声に出し、カイルは走り出す。

先ほどの戦闘からは時間が経っている。いくら腕が立っても、30人以上を相手にいつまでも持ちこたえられるはずがない。だいたい、お前が行ってなんになる?

湧き上がる自問の声を黙殺し、マントに隠した剣を出し鞘を払いつつ、カイルは走った。

森の出口が近づくにつれ、視界が開け明るくなる。

その光の中へ、カイルは躊躇なく飛び込んだ。

読了ありがとうございました

書き溜めがなくなったので更新は遅くなります。

商人と傭兵編自体はもうすぐ終わる予定です。

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