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商人と傭兵編 4

これまでのあらすじ


カイルのキャラバンに同行することになった傭兵スバル。

屈託なく商人たちと打ち解ける傭兵と、それをみていろいろと引け目を感じるカイル。

スバルが鎧を脱いだところを見たのは、カイルにとって全くの偶然だった。

あの東洋人はいつ鎧を脱いでいるのかと、他の隊商達が噂していたのはカイルも知っていた。

早朝から夜更けまでいつみても完全武装の傭兵は、彼らにとって頼りになるとともにミステリアスな存在だったのだが、ここ数日考えにふけることが多かったカイルは別段気にも留めていなかった。

だから、鎧を脱いだところに遭遇したせいで剣を突きつけられる羽目になるとは、予想だにしていなかった。


時は少し遡る。

いつも通りの急ごしらえの夜営地で、中央の焚火の明かりが届くぎりぎりの範囲を巡りながら、カイルは夜の森に目を走らせていた。

理由は単純だった。いつのまにかスバルが消えていたのだ。

夜営時には不寝番を立てるのがこの隊商の習慣だった。20人余りの小さな集団では番が回るのも早く、この日もカイルはややうんざりしつつ役に付いていた。

集中力を欠いていたのが災いしたのか、気付いた時には客人の姿がなかったという次第だった。

(まったく、スバルさんもどこか行くなら一言声かけてくれよ)

カイルは恨み言を胸に押しとどめながら、木々の間から顔を覗かせて鎧姿を探す。

重装備の傭兵が獣に襲われるとは考えにくく、おそらくは小用でもあってどこかに行ったのだろう。だが視界の効かない森林で孤立すると、何があってもおかしくない。せめてどの方角に行ったのかだけでも把握しなければまずかった。

それに、大事な客人がいつの間にかいなくなったと知れたら

(親父になんて言われるか分かったもんじゃないもんな)

草を踏みしめる音に注意を払い、ゆっくりと足を運ぶ。

と、夜営地を一周してしまったらしく、目印にしていた腰ほどの大きさの岩まで戻って来てしまった。

(まいったな、こりゃ)

これ以上の手立ても思いつかず、カイルは岩に腰かけた。見つからないなら仕方ないと開き直り、乾いた苔のざらつきを布越しに感じつつ、目を閉じる。寝てしまおうとしたわけではない。オレンジ色のぼやけた輪郭の世界が消え、身を包む夜の気配がむせ返るほどに濃くなる。それを味わうのが彼は好きだった。

夜鳥の単調な鳴き声と低く響く虫の羽音、僅かな風に揺れる葉、時折爆ぜる焚火の枝、それらと自らの鼓動が合わさり、混じりあい、乱れることなく共存している。その実感が、彼を満たした。



幾ばくかの後。硬質な金属の響きが一度だけ、彼の耳に届いた。彼の陶酔の時間を邪魔するのを遠慮するように、その音はささやかだった。が、それを聞いた瞬間カイルは立ち上がり、振り返って岩の後ろに目を向けた。

(鈴…また鈴か)

スバルを見つけたときのことを思い出しつつ、彼は森の奥まで目を凝らす。見る者を誘い、引き込み、沈みこませるような闇が、どこまでも続いている。

だが彼は迷わず、一歩ずつ奥へと足を踏み入れていった。

焚火の明かりはすぐに途絶え、さっきまでカイルが浸っていた森の気配がより凄惨な雰囲気を漂わせ広がっている。剣の柄に手をかけつつ彼は進んだ。

常の彼ならばこのような冒険はしなかったであろう。スバルの身を案じつつも、隊の集団からは離れずに一夜を過ごしたに違いない。不寝番という役目柄、そうするべきでもあった。

しかしこの時の彼には、スバルの姿を探すこと以外の思案は浮かびもしなかった。鈴の音に魅入られたのだろうか。いつか故郷で、満天の星空に手を伸ばした時のような無音の衝動が、彼を突き動かしていた。

そして彼は見つけた。

闇に慣れた目で眼前をふさぐ巨木を避けたとき、その根元に脱ぎ捨てられた鎧が転がっているのを認め、カイルは足を止めた。枝も何本か転がっている。

息遣いや衣擦れを潜め耳を澄ませた彼が、声に気付いたのは少し経ってからだった。

「…うん、分かってる。彼らとはそろそろ別れるよ。明日には森も抜けれるだろうし」

夜風に紛れるような囁きが、カイルの元に流れた。スバルの声だ。

『貰って行かないのか?』

聞き慣れぬ低い男の声が続き、カイルの身に一瞬力が入る。

(誰だ?スバルさんの知り合い?なんで?いや、そもそもスバルさんはどこで話をしている?)

首だけ動かして視線を巡らすが、人影は見えない。

「何度も同じこと言わせないでよ。まだ余裕はあるし、彼らには世話になったんだ。そのまま別れるだけさ」

『甘いなお前も。食えるものは食っとけよ。いつ飢えるかも分からぬのだから』

カイルが探す間も会話は進む。会話の空気に不穏なものを感じ、焦りと共にカイルはスバルを探す。だが、見つからない。

(クソッ、声は近いから近くにいるはずなのに…もしかして…!)

不意に閃き、視線を上げる。すると、巨木の枝が中ほどで断ち切られているのが目に入った。剣で切り落とされたのだろう。断ち切られた枝は上へと続き、カイルはそのまま視線を上げる。

いた。かなり高い枝の根元に腰かけ、右手には剣を、左手には千切った葉を持って、スバルがいた。その葉で自らの腕や足、顔をゆっくりとさすっては、次の葉を千切って同じ動作を繰り返している。手放した葉がひらひらと舞い、カイルの顔をかすって落ちる。

しかし、話し相手の人影は見えない。

「私は選り好むんだ。君と違って」

『それが甘いと言っている。格好の獲物だぞ。素人の商人連中が23人。それに、ククク…護衛とは名ばかりのあのガキだ』

獲物という単語の物騒さに驚く間もなく、自分が話題に上げられカイルは身を固くする。

「ああ、カイル君か。彼は護衛じゃないよ。ただ、損な役がまわってきただけだ」

『その運の悪い奴も合わせれば24日分だ。みすみす逃すのか?』

獲物。24日分。食えるときに食う。低い声の持ち主が何を言っているか分からなかったが、これだけは分かった。

(なにか恐ろしいことを、スバルさんに吹き込み、唆している)

カイルの背に嫌な汗が流れた。喉が渇いてひりつく。何をすることもできず、カイルは立ち尽くす。

「そうだ。みすみす逃す」

カイルの緊張を拭うように、スバルの答えは明確なものだった。甘言に惑わされない意志でもって、何かを拒否した。

『全く、この森の中なら目撃される心配もないのに。一隊商が獣に襲われて全滅したところで、珍しくもない、よくある悲劇さ。食っちまえよ、獣』

「…馬鹿にするな、私は人間だ…!」

スバルがトーンを下げて答えると同時に、右手を振るう。風を切って無造作に振られた剣は、目の前の小枝を斬り飛ばす。左手に掴んでいた葉は握りつぶされていた。

『ははっ、そんなに怒るなよ。下で聞いてる奴もびびっちまうだろ?』

「!?」

(ばれてる!?)

カイルは咄嗟に身を翻し、引き返そうとして駈け出す。

その眼前に、影が降り立った。

それが何かカイルが理解する前に、鋭角な金属が首に向けて振るわれる。

読了ありがとうございました。

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