商人と傭兵編 2
前回のあらすじ
キャラバンの少年カイルは、夜の森の中で倒れている人を見つける。
正直、内容こんだけでした。
「いやー、運がいいなぁ!こんなだだっ広い森の中で人に会って、しかもそれが親切な商人の皆さんで!ほんと、ありがとうございます!」
満面の笑みを浮かべた若者の声が、急造の夜営地の中を響く。
「いえいえ、うちの倅は普段ぼさっとしてる奴なんですが、こいつがたまたまあなたを見つけましてな。初めて人様の役に立てたようなものですよ」
カイルの父親のセバが小枝を折って焚火にくべつつ、朗らかに笑う。それに合わせてカイルも小さく笑みを浮かべる。
「ま、行き倒れかと思ったら、十分元気なお人だったのは予想外でしたけどねぇ」
「あはは、すみません驚かしちゃって。道に迷ってふて寝してたところだったんですよ。あーあったかい」
アジンの皮肉めいたセリフもさらりと受け流し、若者は焚火に手をかざす。
「それにしても客人、こんなところで一人でさ迷っていらっしゃったとは、なにか訳でもおありですか?」
何気ない言葉だったが、その声色にいくらか緊張が含まれているのがカイルには分かった。
それも当然だろう。焚火のおぼろな明かりの下でもわかるほど、若者の格好は奇妙なものだった。
起伏の少ない顔や小柄な体格から、東洋人か、その血が入ってるのがわかる。発音にもどこか癖がある。ここまではまだいい。
しかしその身に着けているものは、最前線の兵が使うようなプレートアーマーだった。全面装甲の金属鎧は、深い森を進むのには明らかに向いていない。腰のところにつけられた鈴も、戦装束との不釣り合いさで妙な雰囲気を出していた。
そして何より、若者が自らの傍らに置いた剣が不信感の原因だった。東洋風の造りのそれには柄も鞘もなかった。布で巻かれて刀身は隠されているものの、鋭利な刃を想像させる切っ先は見る者を不安にさせる。そして布が巻かれていない持ち手の部分は、夜に溶けるかのように暗かった。
「ええ。僕は傭兵稼業をしているんですが、この前ちょうどあなたたちのような隊商の護衛を引き受けまして、この森の中まで同行してたんですよ」
「ああ、傭兵さんだったのかぁ。ならその物々しい見た目も納得ですねぇ」
「それで護衛してたんですが、その対象のリーダーが森の半ばまで来てから傭兵料の値下げを始めたんですよ!こっちが道に不得手なことを知ってて、わざわざ行くにも戻るにも一人では難しいところまで来てからですよ!それに頭に来ちゃって、交渉決裂です。途中までの傭兵料も受け取らずに、一人で歩いてたら、こうなっちゃってました」
「それは、同じ商人仲間として申し訳ないことをしました。お詫びします」
緊張を解いたセバが頭を下げる。若者の説明に納得したというより、身振り手振りで話す様子で判断したのだろう。それはカイルも同様だった。
「それにしても、この森の中をその格好で歩かれるとは、剛毅なことですな。倅にも見習わせたいものですよ」
「ちょっと親父、そんな無茶言わないでくれよ。結構剣だって重いんだぜ」
「文句言うなよ坊主。お前はそれでも護衛なんだから。んー、よっし、次からはお前の分の鎧を用意しとくか」
「あはは、でもやめといたほうがいいですよ。僕もただの用心のために着ているだけですし。ほんとは剣だって捨てたいところですが、そうもいかないのが世間の辛いところですよね」
「いやはや、まったくです。近頃の物騒なことといったら…」
話の長くなりそうな気配を感じて、カイルはそそくさと自分の分のパンをかじり出す。腰を落ち着けて初めて、歩きづめの疲労と空腹に気付いたのだった。
周りを見ると、もう他の面子のほとんどが寝ている。この焚火を囲んでいる一行だけが起きているらしい。
(明日も早いもんなぁ)
黙々とパンをかじりつつ、カイルの思考は何とはなしに漂っていた。
(出発して三か月、目的地まであと一か月、商売に二か月かけるとすると、帰るのは七か月先か。新年祭には間に合わねぇよなぁ)
(お袋元気かなぁ、風邪ひくような人じゃないけどさぁ。風邪と言えばランサスのほうが心配だよな。また寝込んでなきゃいいけど)
(土産どうしよう、あっちは何が特産だろう。内陸らしいけど、何が良く採れたっけ?やっぱ見てみないと分からないなぁ)
「…い。おいカイル聞いているのか?」
「は、はい!なんでしたっけ!?」
飛び上がるようにして返事をしたカイルに、セバが苦い顔を向ける。
「まったく、またぼさっとしおって。私が客人と話すときはお前も聞いとくように何度も言ってるだろうが。商売というのはな」
「まあまあリーダー、小言はそれぐらいにしといてやれよ、客人もいるんだし。言うことあるんだろ?」
パンを火で炙っていたアジンが何気なく助け船をだした。カイルは目だけで礼を言う。
「ふむ、まあよいか。カイル。お客人もこの森を抜けるところまで私たちと共にいらっしゃることとなった。さらにそれまで、私たちの護衛もやっていただけるらしい。お前も護衛としてしっかりお客人に学ぶんだぞ。失礼の無いようにな」
「そういうわけです。しばらくお世話になるね、カイル君」
「いえっこちらこそ。…えーっとあの、お話を聞いてなくて分からなかったので早速失礼なんすけど、お客人のお名前は…?」
父親の叱りを覚悟しつつ尋ねるが、それを聞いたセバは小さく膝を打った。
「おっと、私としたことがまだお名前を聞いていなかったとは。これは失礼しました。教えていただけますかな?」
「ええ、もちろん!」
威勢よく返事をしたかと思うと、若者は自分の胸を叩き誇らしげに言ったのだった。
「僕の名前はスバル。東国生まれのスバルです。よろしく!」
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