商人と傭兵編 11
前回のあらすじ
目の前でスバルが殺されるところを見たカイル。
へたりこんでしまったカイルに、盗賊たちの生き残りが迫る。
暴力にさらされ打ちひしがれるカイルであったが、突然現れた人影が彼を救う。
その人影は、再び動くはずのない人物だった。
首筋を半ば程まで斬られ、倒れ込む傭兵。急速に光を失い虚ろになるその目を、カイルは見たのだった。
それなのに。
「あー、頬っぺたの辺りが痛そうだね。腫れてるから後で冷やしときなよ」
目の前のスバルは、カイルの傷のことを気遣わしげに見ていた。直前の荒れ狂う暴力は鳴りを潜め、風の吹きぬける草原に穏やかな声が流れる。
「あと、そこに落ちてるのは君の剣じゃない?拾っときなよ、大事なものだから」
「え、あ、はい」
スバルに指摘され、カイルは地面に転がっていた剣を拾う。二度と持つことが無いと覚悟した一瞬が脳裏をよぎり、安堵と共に鞘に納める。
俺は生きている、奴隷にもされずにすんだ。
その実感は、しかし続けて頭に浮かんだ疑問に打ち消された。
では、スバルさんは?生きているのか?
そっと視線を上げると、遠くを眺める傭兵の姿が目に入った。その首に傷はなかったが、首の周辺に飛び散った血の跡が生々しく残っていた。
まるで傷を受けた後、癒えたかのように。
「そういえば、セバさんとか他の皆は無事に逃げれた?」
「はい、スバルさんが戦っている間に、隙をついて逃げました。みんな無事だと思います」
表向き普通に会話しながら、カイルはとめどなく考えが浮かぶのを止められなかった。その目で見たはずの事実と、相反する現在。どちらが間違っているのか。両方正しいのか。
「そう、それは良かった。無茶な喧嘩を売ったかいがあったよ。君も早く行きなよ。きっと心配してる」
そう言って、スバルはカイルに微笑みかけた。沈みつつある日を背景に向けられた笑顔に屈託はなく、だからこそカイルは耐えられなかった。心中を渦巻いていた疑問が、口に出る。
「なんで、生きているんですか…?」
その声を聞き、スバルの顔が少し翳る。しかしその顔に笑みを残したまま、スバルは黙ってカイルを見つめた。
「俺、見たんですよ。スバルさんの首が盗賊に斬られるところ。血だって出てた。それなのに、どうして生きているんですか」
「…カイル君。君ってよくも悪くも、後先考えないよね」
予想外の言葉を投げ掛けられ、カイルは答えに困る。
「君が一人だけで来たんだから、きっとセバさん達が止めるのを無視して僕を助けに来たとか、でしょ?」
「そ、そういうわけでも、無いですけど…」
「ふふっ、まぁ助けに来てくれたのは嬉しいけどさ」
言い淀むカイルを軽く笑い、スバルは続ける。
「それに今だって、僕がさっきのことを無かったことにして別れようとしているのに、わざわざ核心をついてきちゃうし。君には例の秘密も知られているし、僕が口封じに君を襲うかもって考えなかったの?」
「でも、スバルさんはそんなことしないでしょう?」
「え?」
真顔に戻ったスバルに対し、今度はカイルが笑みを見せる。
「スバルさんは俺達を助けてくれたし、今さっき俺を助けてすぐに『大丈夫?』って聞いてくれたじゃないですか。俺は信用してますよ、スバルさんのこと」
「…まだ出会って十日も経ってないのに、よくそんなことが言えるよ」
「『商売は信用が第一』ですからね」
彼らの間に緩やかな空気が流れる。血に塗れた戦場跡で、二人はしばし微笑みあった。
「ま、君の疑問に答えるのは例によって出来ないけどね。怖くなかった?死んだはずの人間が生きてて」
「確かに驚きましたけど、それよりもスバルさんが生きていてくれてよかったですから、細かいことはいいです。もう聞きませんし、誰にも言いません。約束します」
「うん、ありがとうね」
短く礼を言ってから、スバルは背を伸ばす。既に日は暮れかかり、緑一面だった草原を黄金に染めつつあった。
「…さて。じゃあ、名残惜しいけど今度こそお別れだ。もうすぐ日も暮れる。早くセバさんたちに合流しなよ」
「あ…」
スバルに言われ、カイルは苦い現実を思い出した。諦めたような苦笑と共に口を開く。
「実は俺、置いて行かれたんすよ。盗賊から逃げる時に、ちょっと…混乱してて。親父たちはもう俺のことは待たずに移動してます」
「え!?」
「でもまぁ、生きているだけ運がいいですよ。もともと俺を置いてくような薄情なクソ親父だし、別にいいです…あ、そうだ。もしよかったら、スバルさんに同行させて貰えま」
「駄目だよ!!!」
耳を貫くようなスバルの大声がカイルの言葉を遮った。
「ちゃんと追いかけないと!まだ一日も経ってないんだから、今からでも取り返しがつく!盗賊達が乗ってた馬もいるし、この子達を使えば大丈夫だよ!馬に乗ったことはあるよね!?」
「え…まぁ、何回かは」
「よし!じゃあちょっと待ってて。一番元気そうな子を選ぶから!」
スバルは一方的に決めると、乗り手のいないまま闊歩している馬達に近づき、鼻や毛並を触り、傷が無いか確認し始めた。それを見てやるせない思いに駆られ、カイルは叫ぶ。
「でも!うちの親父は、親父はわざと俺を置いて行ったんですよ!死んでもいいと思って、俺を囮にもしていたんですよ!何とも思ってないんですよ!?」
「そんなことはないよ」
喚きたてるカイルに背を向けて馬の状態を確かめながら、スバルは答えた。
「セバさんは君を本当に大事に思っているし、アジンさんや隊商の皆のことも本当に気にかけている。君が戻ってくることを、今も待っている」
「でも…でも、俺を囮に…実の息子を囮に…!」
子供じみていると思いながらも、カイルは叫ばずにはいられなかった。父親が、自分を一番にしてくれなかったこと。他の全てを犠牲にしてでも自分を救ってくれるという幻想が壊されたことを。
「仕方ないよ」
血を吐くようなカイルの叫びを背中で受け止めてから、あくまで淡々とスバルは答えた。
「仕方ない。セバさんは、隊の皆を家族のように思っているんだよ、きっと。家族の中で順位はつけられない。だから、一番多くの家族を救える方法を選んだんだよ」
「仕方…ない…?」
「うん。全部うまくいく答えなんて、世の中あんまりない。だから、できるだけいい答えを探すしかないんだよ。…よし、この子にしよう」
半ば呆然としたカイルの目の前に、馬の手綱が差し出される。
「乗って」
その手綱を受け取れぬまま、カイルは視線を上げ、黒い両目が自分を見つめるのを見た。
「…スバルさん。あなたについて行くのは駄目ですか?」
「駄目だよ。ついて来ようとしたら斬るからね。…大丈夫、なんとかなるよ。悩むのなら、隊商の皆と合流してからでも遅くない。さっ、乗って」
再び差し出された手綱を、カイルは受け取った。鐙に足を掛け、慣れないながらも馬上に座る。
「もう夕暮れが近いから気を付けるんだよ。足元が見えなくなったら馬を歩かせて進んで。きっと松明の明かりが見えるだろうから!…あ、そうだ」
呟くと、スバルは自らの腰に下げてあった何かを外し、カイルへと投げる。カイルが手を伸ばして掴まえると、手の中で澄んだ音が転がった。
「鈴。僕のお気に入りだったんだけど、君に貸しとくよ!次に会うときまで大事にしてね!」
「え、そんな!受け取れないですよ!」
「貸しただけだから!ほら、もう行って!走るよ!しっかり手綱を持って!」
言い終わるや否や、スバルの平手が馬の尻を強く叩いた。いななきと共に馬が駈け出す。
「前を見て!走って!…元気で!!」
流れる景色に身を縮め馬の首に抱きつくようにしながら、カイルは後ろから追ってくる声を聞いた。
振り向くこともできないままかろうじて上げた視界の端に、沈みゆく夕日が映っているのが見えた。
読了ありがとうございます
これにて商人と傭兵編は終了です
墨染の昴自体はもっと続くつもりの話ですが、とりあえず今回までで一旦切ります。
続きがいつになるかはわかりませんが、のんびり待っていただけると幸いです。
それでは、また会いましょう。




