商人と傭兵編 1
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墨染の昴 商人と傭兵編
この暗い中を、どうして迷わずに進めるのだろう。
前を揺らめく松明を視界に入れつつ、カイルは道の脇に目を向ける。
どこまでが道でどこからが森なのかもわからない、輪郭も定かではない夜の中だ。目印になるものもない闇の中を、先頭の火の光は全て見えているかのように堂々と進んでいく。それが彼には不思議でたまらなかった。
星でも見ているのかと思いつき見上げるが、鬱蒼と茂った葉がどこまでも続くだけで、とても星など読めたものではなかった。
一度疑問に思うと気になって仕方なく、カイルは前を行く男の背中に声をかける。
「なぁ、アジンさん。ちょっと教えてくれよ」
「…んあー?あにを?俺今寝てたんだけど」
アジンと呼ばれた男は振り向きもせず欠伸交じりで答えた。
「歩きながら寝れるんすか」
「そりゃ、寝れるぜ?うちの隊商の連中はみんな寝れるんじゃないか?うちのリーダーも強行軍が好きだからねぇ。歩きながらでも寝ないと体が持たんのよ」
「そのリーダー…親父のことなんすけど、どうしてこんな真っ暗な森の中で迷わずに進めるんでしょ?なにかコツとか知らないっすか?」
「経験と勘、以上」
「ちょっ、適当に教えないでくださいよ」
「んー、そう言われてもなぁ。正直経験と勘しかないと思うんよな~」
「もうちょっと具体的になにか教えてほしいんすよ。アジンさんと親父の付き合いも長いんでしょ?」
「ふぁ…やれやれ、勉強熱心だねぇ」
頭をがりがり掻きながら歩く速度を落とし、アジンはカイルと並んで歩き始めた。
「で、なんだって?こういう夜道で迷わない方法だっけか?」
「そうっす。この森の中だと星も読めないじゃないっすか。方角とか距離とかどうしてんでしょ」
「んー。こういう場合によくあるのは、匂いと地面だな」
「匂いと地面?」
「おうさ。坊主もあちこち歩くようになったらわかるだろうけどよ、国によって結構いろいろな匂いがあんだよ。海風、苔、カビ、獣の糞、やたら甘ったるい花の匂いとかな。そういう匂いと場所を頭に入れとけば、大雑把にはわかるんだよ。どこそこの関所に近いとか、山道も終わりがけだ、とか」
「へぇ~」
「んで、地面っつーのはもっと分かりやすく、先に誰かが通った後の道を探し当てて、その道を辿るってことさ。俺たちばかりが強行軍するわけでもねーからな。別の隊商が踏み固めた道だとかなんだとか、そういうのに沿って行けば、自然とこういう森も抜けられる、って寸法さ」
「へぇ~。さすがアジンさん、詳しいっすね」
カイルが感心の声を上げる。
「まあぶっちゃけ、本当はリーダーだってよくわかってないかもしれんけどな」
「え!?」
「ただな、仮によくわかってなかったとしても、そこで迷う素振りを見せちゃいかんのがリーダーってもんなのよ。俺らが見てるからな。だから今は適当に野宿に向いたところまで俺たちを引っ張ってるだけかもしれん。日が昇ってから挽回する方法なんていくらでもあるからなぁ」
「そ、そうなんすか」
「そういうもんさね。まぁ俺から言えるのは、自分でいろいろ見て盗め、ってことだ。そのためにリーダーも『護衛』として坊主を連れてきたんだろうかんな。俺たちより暇な分、背筋を伸ばして、剣を振って、立派に護衛してくれよ」
アジンは欠伸をしつつ元の隊列に戻った。
(護衛…なぁ)
若干の苦い思いと共に、カイルは腰に下げた剣に目をやる。今のところ枝木や縄を切るのにしか使っていないそれは、歩くたびに所在なさげに左右に揺られている。
(剣なんて使えないのに、親父も無茶させやがって)
一つため息を吐いて視線を上げる。
横を見渡すと、何一つ変わり映えのしない暗闇が広がっているだけ、のはずだった。
「……?」
カイルが見つけたのは、暗闇の中の一点の光だった。密生した木々の間から、偶然のように差した月光。それが、何かに当たって反射している。
「…鈴?」
隊が近づくにつれて、小さな鈴が鈍く光っているのが見えるようになった。そして、その鈴がついているものも、次第にはっきり見えてきた。
「…親父っ、止まれー!人だっ!倒れている!」
急に張り上げたカイルの声に、これまで言葉を発さなかった隊商の面々がどよめき始める。その物音にも反応しないまま、鈴をつけた人影はただ仰向けに横たわるままだった。
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