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武器っちょ

薬と毒は紙一重だよね?

作者: 霜水無

遊森謡子様企画の春のファンタジー短編祭(武器っちょ企画)参加作品です。

●短編であること

●ジャンル『ファンタジー』

●テーマ『マニアックな武器 or 武器のマニアックな使い方』

私がこの世界のとある国へ神子として召喚されたとき、私は部活の真っ最中だった。

家庭科部の実習でパイを作っている真っ最中、卵黄を塗っていたアップルパイを手に、制服と上履きにエプロン&三角巾姿だった。




まぁ、その後はテンプレもいい所だ。

国王を始めとした偉い人達に「神子様」と崇め奉られ、勇者一行と共に魔王を討伐して、凶暴化したモンスターを治めて世界に平和を…ってやつ。勇者いるなら、勇者が魔王討伐しろよ!


最悪な事に召還魔法は呼ぶだけで、もう二度と還れないらしい。そんなテンプレはいらないよ!!

この上なく腹立たしかったし、絶望の余り号泣もしたが、限界を超えると人間は何かが麻痺をする。きっとこれは現実逃避の一種だと思うけど。でも、全部考えるのはやる事終わらせて、衣食住をしっかり確保してからにしようと決めた。


その一方でテンプレじゃないとすれば私が特別運動神経が良い訳でも、頭が良い訳でも、美人な訳でも、プロポーションが良い訳でもない。本当にそこらにいる女子高生だ。つまり、チートである筈が無い。当然、逆ハー? 何それ、美味しいの?? 状態である。


むしろ、パーティーで私以外の女性である僧侶のお姉さんがそうだ。美人でナイスバディーで回復も聖魔法も最上級まで使いこなす。でも、ちやほやされても嬉しそうな顔を見た事が無いく、むしろ相手への対応が冷たい気がする。


だと言うのにこの僧侶のお姉さんは私には非常に優しいし、怒るべき時は怒ってくれる。私には兄弟がいなかったからよく分からないけど、きっと姉が居たらこんな感じなのかな。

…綺麗なお姉さん、大好きです。




そんな私が隅っこに入れて貰ったパーティーは全員で六人。


メインの戦力である勇者、武道家、魔法使いにとって、私は国王に言われたから連れて来たお荷物でしか無いし、その態度を隠そうともしない。まぁ、これまでの人生で武道なんて習った事も無いし、本を読んだりお菓子を作る事が好きで典型的な運動不足で体力の無い現代日本人だから仕方ないんだけど。


それに、召還のオプションとして簡単な回復系魔法と簡単な創造魔法が扱える様になっていけど、本当に簡単なものだから大して使えない。そりゃ、命懸けで旅する彼等からしたら荷物でしかないだろう。


パーティーで私に気を遣ってくれるのは、僧侶のお姉さんともう一人、盗賊のお兄さんだけだ。盗賊のお兄さんには私と同じ年の妹さんがいて、放って置けないって白い歯を見せて笑ってた。

……爽やかなお兄さんも、大好きです。







そんなパーティーで旅をする事、早半年。魔王城に着々と近付きつつあります。


「神子、気を付けて!」


モンスターと戦闘中、僧侶のお姉さんの注意が飛んできた。向かって来ているのは巨大な猪の様なモンスター。他のメンバーもそれぞれ交戦中だ。


私の武器は、木の杖。金属製の杖なんて重いものなんか持ち歩けないし。武器と言うより、歩行補助の杖と言う方がしっくりくる。山道なんかで重宝するし。そんなだから殴っても大した攻撃力は無い。

魔王城に近付くにつれモンスターは強くなっていたし、そんな相手に木の杖の一撃はダメージにもなりはしない。


だから私なりに考えたんだ、新しい武器を。


「くらえ!」


私が手にしたのは、創造魔法で作り出したアップルパイ。この世界に共にやって来た相棒ともいう存在。

元の世界のケーキで一番好きだし、パイを作るのが得意でよく作っていた。だから、イメージするのは容易い。サックサクのパイ生地に、程よい酸味とシャキシャキ感を残しつつもしっかり味を含めたりんご。微かに香るシナモン。最高だね! 少しオーブンで温めたパイにバニラアイスを添えたら至福の一時を味わえる事間違い無しだよ!!


これには、パーティーのメンバーがそれぞれの敵と戦いながらも目を疑っていた。当然の反応だけど私は本気だ。誰が何と言おうと、これは武器!!!


私は接近してきた敵の顔面というか、口に目掛けて、ド〇フのコントの如く思い切り叩き付けた!


「………ぐほあああぁぁぁっ!!」


一瞬の沈黙の後、モンスターが微量回復の光に包まれたと言うのに、悶絶して地面に転がる。


「とどめ!!」


そこを逃さずさっきとは違う形の、得意なお菓子第二位のクリームチーズパイを少し離れた所からモンスターの口に叩きつけた。

ついでに、手に持っていた木の杖でパイを口の中に押し込んでやる。よぉく味わうが良い。


この攻撃を受け、モンスターが動かなくなった。そのままモンスターの形が崩れ、退治完了である。狙い通り。


「はんっ、私が本気になればこんなモンよ」

「いや、ねぇよっ。何でただのパイが武器になって凶暴化してるモンスターを簡単に倒せるんだよっっ」


鼻息荒く胸を張って勝利宣言したら、戦闘中だったというのに盗賊のお兄さんに即、ツッコミ入れられた。てへぺろ。


でも、同じ様にしてお姉さんを狙ってたモンスターも倒してやったわ!







「凄いわ、神子! あんなに簡単にモンスターを倒してしまうなんて!!」


戦闘終了後、僧侶のお姉さんが褒めながら抱き締めてくれた。


「あのパイにどんな秘密があるの?」


凄く瞳をキラキラさせて聞いてくる僧侶のお姉さん。他のメンバーには言いたくないけど、お姉さんには言っても良いかな。アイデアの元をくれたのはお姉さんだし。

お姉さんの耳元でこそこそ種明かしをすると、少ししてお姉さんが大爆笑を始めた。


最初のアップルパイの中に美味しく煮詰めたりんごと共に仕込んだのは、ポーションの原料の草で作った大量のジャム。(って言っていいのかな? 砂糖は高くて勿体無いので一切使ってません。ただ草を煮詰めただけ)


僧侶の姉さんに教えてもらったんだけど、実はこの世界の回復アイテムのポーションって原料の草を煮出して成分を抽出した物に甘味料や香辛料で味を整えている物なんだって。だから普通に飲める。

それを聞いたとき、いっそ原料の草を直接食べた方が回復するんじゃないかと考えて少し齧ってみた事がある。原っぱに行けば生えてるからね。

単なるポーションが安い理由は原価がほとんど掛からないからなんだって。作ってるお店ごとでこだわりが違うから、微妙に味が違うらしい。これはどうでもいい豆知識。


まぁ、それで齧ってみた訳ですよ。

そしたら…ほんの少し回復はしたんだけど、あまりの草の苦さと言うか青臭さと言うかエグさというか、とにかく酷過ぎる味にむしろ大ダメージを負ったよ。

半日その味が舌から消えなかった。その味がある限り、ダメージが蓄積されていった程だ。

何とポーションの原料の草は猛毒に等しかった。世界の不思議だね。

お姉さんが解毒魔法で助けてくれて、飴をくれたのは良い(?)思い出だ。今回はそれを応用してみたら、モンスターにも効果抜群だった。モンスター、ちゃんと味覚あるんだね。


とどめに使ったクリームチーズパイに入れているのは、単純に猛毒です。

悶絶してる所に杖で押し込んであげれば食べられるでしょ? 味付けに砂糖以外に少しハチミツを垂らして風味を残してるのがポイントです。

折角美味しく作ったので、味わって逝って下さい。


「神子、考えたわね。悪い子ねぇ」

「だって、魔王って人型ですよね?お姉さん程じゃ無いですよ」


僧侶のお姉さんの言葉に釣られ、思わず悪代官ごっこをしてしまった。


この時、私たち二人が物騒なニヤリ笑いをしていたと後で盗賊のお兄さんが教えてくれた。さり気無く勇者達が震え上がっていた事も。







そして、更に三ヵ月後。私達はとうとう魔王城に到達した。




この頃には、パイのお陰でパーティーの面々に戦力として認められる様にはなったんだけど、此処に来るまでが大変だったよ。


スケルトンやアンデット、ゴースト系のモンスターはパイが効かないし。ムカついたから、聖水とか十字架とかお経に木魚まで創造魔法で取り出してみた。

宗教バラバラだし、そもそも異世界なんだけど、聖水と木魚は案外イケた。

特に木魚を叩くと、主力攻撃の三人が物凄い勢いで敵を撃破してくれるんだもん。お経は最初しか読めないから木魚だけ叩いてた。戦闘中私がずっと木魚を一定のリズムでポクポク叩いてるから単にイラついたんだろうけど。

何でもいいの、生き残れればこっちのモンだ。


魔王城は人型が多いから、パイ攻撃の嵐。きちんと味わって貰ってます。

スピードを乗せて相手の顔面に叩きつけるのも上手になりました。絶対に逃がさない為に、武道家のお兄さんに頼んで動体視力もかなり鍛えました。だって、パイが勿体無いじゃない。

…でも、冷静に考えればこの上なく使えない特技だ。


食べ物を粗末にしない様に、叩きつけた後は木の杖でしっかりお口に押し込んで食べさせてあげてますよ。この一連の動作も速くなりました。

お陰で攻撃から逃がす事が殆ど無いので、クリームチーズパイを追加しなくてもこれだけでしばらくは完全に再起不能に出来る様になりました。

僧侶のお姉さんとどうすれば苦味が効果的に出るかをあれこれ試行錯誤して完成させたポーションの原料の草ジャムの威力は最凶ですとも。くくく。




そんなこんなでついに辿り着いた魔王様の謁見の間。


勇者がお決まりの口上を述べて魔王がそれに何かを返すよりも先に、魔王にパイを叩きつけてやりましたとも。そんなテンプレはいらん。


魔王がモンスターを凶暴化させ、勇者が不甲斐無いばっかりに呼び出された私は二度と還れないんだ。見せ場を奪う位、可愛いものだろう。それに、不意打ちのお陰で見事に決まった。


勇者のお兄さん、何で魔王をそんな憐れみの目で見るんだい?


「神子、グッジョブ」


でも、僧侶のお姉さんはパイ攻撃に悶絶してる魔王を見て凄い良い笑顔でサムズアップしてるから問題無い筈だ。

その横で魔法使いのお兄さんが僧侶の様にお祈りしてる図って、とてもシュールですね。


「…魔王にこれだけのダメージを与えるパイってすげぇな」


盗賊のお兄さんは感心してくれた。

武道家のお兄さんは弟子わたしの攻撃力の成長にうんうん頷いてる。


「ぐっはああぁぁ! 貴様、悪魔か!?」

「魔王が何を言うか。私は単なる善良な女子高生だし。もう一個食べたいの?」


こんな平凡な私に悪魔だなんて。

イラッとしたからもう一つパイを作って見せると、物凄い勢いで首を横に振った。


…コイツ、魔王のクセにヘタレなのか?念の為にもう一押ししておくか。


「私、元の世界に還れないんだって。だから、これからも私はこの世界にいるよ? このパイももっと改良するし、後継者も作っておく。次に馬鹿げた事しでかしてくれたら、またパイをじっくり味わってもらうから。そこんトコ、よく覚えておいてね」


魔王に即行でモンスターの凶暴化を解除させたのは言うまでもない。







後の王国の歴史書は語る。


異世界から召還された神子は最強ではなく、ごく普通の女性であったが、伝説の武器と称される「最凶のパイ」を作り出すなど創意工夫に溢れていたと。


魔王城から戻った神子は菓子店を開き、創造魔法の使える弟子達に「最凶のパイ」を伝えていったとさ。

何と言うか、仕様も無い物に仕上がってしまいました。最後まで読んで頂いた方、誠にありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こういう主人公が地道(苦笑)に頑張るお話大好きです。 [一言] それでも泣きたくなったら飛び込むお胸は確保済み…イイ! 綺麗なお姉さま、タカラモノです。 新作お菓子の味見に魔王とヘタレ(神…
[良い点] 意表をつく内容で、インパクト強し [一言] 今更な時期の感想ですが(コックさんが良くて同じ筆者の過去作品に遡ったので)……… 短編は、短さ故にポイントつけるのは躊躇することが多いですが、こ…
[良い点] 楽しく読めました。パイがおいしそうです♪ [一言] 味にもこだわって、おいしそうなのに猛毒とは泣けますね。 薬草、おそるべし。
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