普通戦隊 イッパンジャー グリーン編
この作品は、以前投稿した「普通戦隊イッパンジャー ブルー編」の続きです。
なんでこう毎度毎度、嫌なタイミングでやってくるんだろうか。
カップ麺に湯を注ぎ、2分30秒ほど経った頃に鳴ったインターホン。何となく嫌な予感はしていた。押し売りセールスのおばさんだったら嫌だと思いつつ、押し売りセールスのおばさんであることを祈ってドアを開ける。
「よっ!元気にしとったかー!」
足元から聞こえてくる声に落胆する。やはりお前か。やはりお前なのか。
声の主、虎猫は俺の足もとをすり抜けて、さっさと部屋の中へと入っていく。目をあげると、美形で知的だけどネジの外れているブルーと目があった。
「…必殺技、考えたか」
一言目がこれだ。やはりこいつはズレている。そう思いつつも、頷く。
「サンダーアタック、でどうだ」
「ダサいな」
一蹴された。『リア充爆発しろ』が必殺技だと豪語するこいつにダサいと言われた。泣きたい。こいつのセンスと俺のセンス、どっちがおかしいのか誰かに聞きたい。
「なあなあ、カップ麺伸びてまうでー」
部屋の奥から虎猫の声。お前らのせいだと思いつつ、俺はブルーを部屋にあげて扉を閉めた。その時。
「あ…あの…」
外から小さな声が聞こえた。気がした。
「?」
もう一度ドアを開けると、見知らぬ男の子が立っていた。身長は少し低めで、恐らく高校生。よく言えば温和そうな顔。悪く言えば特徴のない、どこにでもいそうな顔だった。
「えーっと…?」
首をかしげる俺の背後から、虎猫の声が響く。
「あ、影が薄すぎて忘れとった!そいつ、グリーンやねん!!」
「おまっ…!酷すぎだろそれ!!」
「だってー」
虎猫はふふんと自慢げに笑うと、
「めちゃめちゃ影が薄いから、グリーンに選んでん」
なんということだ。ある意味、「アホ丸出しだから」選ばれた俺よりも酷くないか。困惑する俺に、ブルーが言う。
「戦隊の中で、一番影が薄いのはグリーン、その次はイエローというのが相場だ。影の薄さに比例して、弱いキャラクターでもある」
酷すぎる。グリーンの扱いが酷すぎる。
が、反論できなかった。
一人暮らしの俺の部屋は、はっきり言って狭い。そこに俺と、長身のブルーと、影の薄いグリーン。ついでに虎猫。狭い。ただでさえ狭いのに、さらに狭い。
小さな座卓を3人と1匹で囲って座ると、ブルーがテーブルに頬杖をつき
「…狭いな」
文句言うなら帰れ。そう言いたいのをぐっとこらえて、俺はすべての元凶である虎猫を睨みつける。そんな俺を見て虎猫は首をかしげた。そして、
「ラーメン食べへんの?あ、皆に見られてたら食べにくい?」
問題はそこじゃねえんだよ。
グリーンがようやく口を開いたのは、部屋に通して1時間経ったころだった。言いにくそうにもごもごと
「き、訊きたいことがあるんですけど…いいですか…?」
と言うグリーンを見て、俺は頷いた。
今度こそ、イッパンジャーを辞めたいという相談に違いない。
「僕たち、どうして変身するんでしょうか」
ブルーほどではなかったが、俺の予想の少し斜めをグリーンの言葉が飛んでいった。俺とブルーと虎猫が首をかしげると、グリーンは小さな声で話を続ける。
「虎猫さんの話によると、僕たちは変身しても身体能力が上がるわけではないんですよね?だったらなんで、全身タイツでヘルメット姿に変身しなきゃいけないんでしょう」
「………。」
そう言われてみればそうだ。メリットもないのに、なんで変身しなきゃいけないんだろう。目を丸くした俺と、おどおどしているグリーンの顔を見比べて、ブルーは肩をすくめた。
「レンジャーだからに決まっているだろう」
当たり前みたいに言うな。
「なんや、そんなことも分からへんのか」
横で聞いていた虎猫が笑い出した。
「どういうことだよ」
「なあお前ら、よう考えてみいや。仮に変身せえへん状態で怪獣と戦うとしてやで?レンジャー5人で1体の怪獣をボコ殴りというこのリンチ映像。…変身してなかったら、お前らの素顔がばっちり残るやないか」
「…。」
「…。」
「…。」
「変身してたら、誰がやってるのかは分からん。そのためのヘルメットやないか!」
なんでこんなに犯罪のにおいがプンプンするんだこのレンジャー。
怪獣が出現したのは、それから3日後だった。ブニブニとしている体、透けているような水色、そして玉ねぎみたいな形。やっぱりどっかで見たことある。
「そこまでだ、メンストゥアー!!」
ブルーの叫ぶこのメンストゥアーに、俺は一生慣れない気がする。
右手を挙げ、変身するから待ってくれと怪獣に向かっていつものように叫び、
…俺とブルーとグリーンは3人横並びで、両手をあげて左膝を曲げる。そして叫ぶ。
「「「へえ~んしい~ん!」」」
やっぱり泣きたい。なんで3人横並びで、某お菓子のパッケージに描かれているおじさんのポーズをしなければならないのか。
自分の年齢を考えるとさらに泣きたい。もうすぐ20歳なのに。
変身も終わり、各々バットを手に取る。ブルーがグリーンのほうを見て、静かな声で尋ねる。
「君のバットのエフェクトは?」
「僕のバットは、透明になるんです」
「なるほど。さすがは影の薄いグリーンのバットだ」
失礼にもほどがあるだろ。
「ちょっとやってみてくれないか?」
そう言われて、グリーンが頷く。そして、バットに向かって叫ぶ。
「スケスケ!!!」
…バットがだんだんと透明になり、そして見えなくなった。確かに透明になった。だが待てその前に
「なんだ今の掛け声!?」
「え?エフェクトを発動させるためのキーワードですけど…」
俺のバットのエフェクトは雷で、キーワードは「サンダー」。だがこいつのは…
「スケスケってお前…」
「なんや、えっちなビデオみたいやな!!」
横で聞いていた虎猫がすかさず突っ込む。それから、こちらを見てにやりと笑う。
「とか思ったんやろ、レッド。やらし~」
「…んなこと、ねえよ…」
俺と虎猫のやり取りを、グリーンとブルーが無言で見ている。く、くそ
「だ、黙ってないで何とか言えよブルー!!」
「…僕は虎猫の言うとおり、そういうビデオのことを想像したんだが」
お前そういうことをさらりと言うか。
透明になったバットを構えて、グリーンは敵のほうへと突っ込んだ。そして、バットを振り下ろす。
が、あっさりとかわされた。
「…透明になる、と聞いた時から思っていたのだが」
それを見ていたブルーが、冷静な口調で呟く。
「飛び道具ならともかくバットの場合、透明になってもあまり意味はないな。構えている姿を見れば、バットがどの方向を向いているのかなんて簡単に分かる」
確かに。俺たちがこうして喋っている間も、グリーンの攻撃は敵にすべてかわされている。それを見て、俺はいいことを思いついた。
「だったらあの透明なバット、投げればいいじゃん」
ブルーよりも先に打開策を思いついたことが嬉しくて、俺はグリーンに向かって大声で叫んだ。
「おーいグリーン!それ、投げたら当たるかもよー!!」
「…相変わらず馬鹿なレッドだ。そんなことを叫んだら、相手だって構えるに決まってるだろう」
「…あ」
ブルーの呟きはグリーンには聞こえておらず、グリーンは透明なバットを敵に向かって放り投げた。
しかしやっぱりというか、あっさりと避けられた。
「あーあ。言わんこっちゃない」
ブルーが露骨にため息をつく。く、くそ。ブルーに突っ込まれるとなんでかやたらと悔しい。
…グリーンの様子がおかしい。彼はバットを投げた後、敵の攻撃を何とか避けながら、きょろきょろとあたりを見回していた。それを見て、俺はまた大声で叫ぶ。
「おーい!どうしたー!!」
「バ…」
グリーンがあたふたしながら、叫び返してくる。
「バットが見つからないんです!!」
「え!?」
「…まあ、透明なバットを投げてしまったらな」
それを聞いたブルーが冷静に言う。
「バットのエフェクトを解除すればいいじゃん!!」
俺はそう叫んだあと、ハッとした。
そういえば、バットのエフェクトってどうやって解除するんだろ。
「な、なあ。エフェクトってどうやって解除すんの?『解除してください』ってバットに向かって叫ぶのか?」
隣にいた虎猫に訊く。すると、
「…一度エフェクトを発動させたら、その戦闘が終わるまで解除はできへんで」
ものすっごく面倒くさそうな顔で、虎猫が言った。
「…。」
「ど、どこに行ったんだろう僕のバット!!」
「君のせいだな、レッド」
ブルーが俺にとどめを刺した。
四つん這いになってバットを探しているグリーンに申し訳なくなって、俺は戦闘に参加することにした。
「お前は出てこなくていいからな、ブルー!!」
俺の言葉を聞いたブルーが、やれやれと言わんばかりに両手をあげて肩をすくめた。
「当たり前だ。あんなレヴェルの低い戦闘に僕は参加しない。僕のイメージが汚れる」
なんだよおまえのイメージって。
「サンダー!!」
俺はエフェクトを発動させてから、モンスターの方に突っ込む。
そうだ、俺の必殺技をブルーに認めさせなくては。…しかし『サンダーアタック』のままではダサいと言われてしまう。…ならもっと、かっこいい技名を適当に考えてやる!
「えーっと…ス、スペシャルゴージャスクリティカルローリングサンダーアタッ…」
次の瞬間、
俺は見えない何かを踏んづけてバランスを崩し、派手に転んだ。
バットを持ってるせいでうまく受け身がとれず、俺は顔面から地面に落ちる。
「ふごっ!!」
何もないはずのところから、金属が跳ねるような音が聞こえた。そして、
「あ、僕のバット!!」
「馬鹿だなレッド」
「アホやなレッド」
2人+1匹の声が、同時に聞こえた。
そして、それを見ていたモンスターは
「ぼ、僕は悪くないよ!!僕は悪くないよ!」
と言いながら、どこかに行ってしまった。
「いっやー。大活躍やったなレッド!!」
右目がパンダのようになっている俺を見ながら、虎猫が笑う。俺は右目に手を当てながら、呟いた。
「…あのヘルメット、意味があるのか?ヘルメットを被ってても、右目がこんな…」
「あのヘルメットは顔を隠すためのもんやって言ってるやんか」
頭を防御するためじゃないのかよ。
「それよりもレッド」
ブルーが真剣な顔で、
「あのお経のような必殺技、ダサいぞ」
一蹴。お経のような必殺技とは恐らく、俺が転倒する直前に叫んでいた『スペシャルゴージャスクリティカルローリングサンダーアタック』のことだろう。く、くそ。俺だって、『サンダーアタック』のほうがまだマシだと思ってたよ…!!
虎猫とブルーがどこかへ行ってしまったあと、俺は残っていたグリーンに尋ねた。
「なあお前、イッパンジャーを辞める気とかないの?」
それを聞いたグリーンは、ぶんぶんと首を振る。
「僕、今まで本当に影の薄い人生だったんです。だから、レンジャーになったらちょっとは影も濃くなるかなって…!」
「…そうか」
眼を輝かせているグリーンに、俺はもはや何も言えなかった。
そしてやっぱり、今回の戦いを見ていた人は誰もいない。