婚約破棄を叫んで称賛される婚約者と、感激で胸がいっぱいな私
皆様の暖かい声援を持ちまして、続きが降って参りましたのでこれでフィナーレと相成ります。
ざまぁとかはちょっと違うかもしれませんが……ハッピーエンドでっす☆
改めて、評価や感想、誤字脱字報告など本当にありがとうございます!
【追記:2026.8.22】前作とシリーズの方には書いていたのですが一応こちらにも。↓
人によっては少々センシティブな表現があるのでご注意ください。
【追記】2026/8/21 18‐19時更新
[日間]ハイファンタジー〔ファンタジー〕 - すべてand短編 1位 …エッ(°ω °)
びっくりです!改めて本当にありがとうございました!!
夏の社交期間の最後を飾る、王城の大夜会。
紳士淑女さざめく大広間の真ん中で、トゥールッツ=ハーヴェイ侯爵子息は義妹リリアンの腰を抱き寄せたまま鋭い声を上げる。
「アデラ、君はなんて冷酷で陰湿な女だ! 度重なる可哀そうなリリアンへの暴言と嫌がらせの数々、もはやいかに寛容な私でも許すことは出来ないっ!」
トゥールッツ侯爵子息とアデラ伯爵令嬢の婚約の行方は、今や社交界一の注目の的。
婚約者と不仲だとしても不誠実が過ぎるトゥールッツと、マナーもへったくれもない養女のリリアンの言動。それを兄妹仲が良いだけ、アデラ嬢はやきもちを焼いているのだと暢気に笑って咎めもしない侯爵夫妻には、良識ある者ならば誰しも眉を顰める事だろう。
しかし何といっても一番の関心事は、トゥールッツ侯爵子息の豪奢な金髪の下に秘められし輝けるツルスベ後頭部――即ち、毛根チキンレースの結末である。
アデラは早鐘を打つ胸を押さえるように扇を広げ、不躾にこちらを指を差しながらトンチンカンな糾弾を続ける、今はまだ婚約者の険しい顔……ではなく、青のシルクリボンで束ねられ、奇麗に整えられた金髪を見つめる。
既に後頭部に広がるピュアな素肌はいよいよ耳後ろ約1cmにまで迫り、頭頂方面部隊は着々とその頂に至らんと歩を進めていた。
その為なのか、侯爵家の優秀な使用人達はこれまで自慢の金髪を見せびらかすように靡かせていたトゥールッツを
「坊ちゃまも幼い面差しが抜けて、すっかり大人びて参りましたなぁ。」
「前髪を上げて後ろで束ねましたら、もう一人前の紳士のようですわ。」
「あらっ、丁度リリアン様の瞳と同じ色のシルクリボンが此処に!」
とかなんとか言いくるめたらしく、最近はもっぱら残った髪が均等に頭皮を覆うよう丁寧に束ね、青いリボンで結んだ髪型にしていた。
こないだ音楽会キャンセルを言い渡しに来た時に、紳士の風格云々とドヤ顔をしていたので知っている。
しかし髪を結んでいても妖精達には関係無いようで、これまで通り後頭部に小さな翅が翻った瞬間『シュッ』と髪が抜け、くるくると舞い散るのが見えた。
始めの頃はただ抜いて落とすだけだったのが、途中から面白くなったのか抜いた髪を持って回転してから放したりするようになり、視認性が上がったので妖精の仕業と気付く者も増えた。
(あの小さく繊細な、金細工師が精魂込めて作ったような虹色の翅……何度見ても新鮮な感動が湧きあがりましたわ。)
大仰な身振り手振りでアデラの罪とやらを訴えているのを右から左へ聞き流し、しみじみとこれまでの事を思い浮かべる。
髪を結ぶようになったおかげで風が吹く度周囲の視線を釘付けにする事は無くなったが、進捗が分からなくなった分皆の注目度は上がる。
学院では生徒のみならず教師までもが、いつのまにか香油を使って隙間無く整えられているその下が今どうなっているのか、見えないからこそより関心は高められていた。
『――少なくとも、七合目は間違い無いな。』
『先日の昼餐会キャンセルで四日連続だと聞きましてよ。』
『では既に八合目……いや九合目に至っている可能性が?!』
学院の誰もが、固唾を飲んでトゥールッツ=ハーヴェイ侯爵子息の頭部を見守っていたのだ。
――しかし、ここまで来てまだリリアン嬢は気付いてないらしい。
今も、僕の考えたカッコイイ断罪劇場してるトゥールッツにべったりひっつき
「くすん、くすん……リリィ恐かったのぉ。」
とかやっている。
一体どこに目をつけ――――いや、もしやハゲ専という可能性も……?
まあ、そんなことはどうでもいいとして。
アデラの脳裏に次々と現れ往く思い出の数々――学院の廊下で、カフェのテラスで、様々な場所で翻る美しい金髪と、現れては消える透き通った妖精の翅ばたき。
そんな日々も今夜――――
(ああ……とうとうなのね――!)
大広間に集う者全てが息を詰め、今か、今かとその瞬間を待つ。
「――よって、アデラ=ランスイル伯爵令嬢! 今この場で貴様との婚約は破棄とする!!」
(((言ったあぁ――――――っ!)))
その瞬間、青いリボンが勝利の女神の御旗のごとく舞い上がった。
次いで、無数の妖精達がトゥールッツの頭を囲むように顕れ、黄金の月桂冠とも見まごう翅が瞬くや
シュポッ――――――ン!!!
蜂蜜色の光沢をまとう髪、その全てが―――さながらファンファーレよ天上に届けというように、シャンデリア煌めく大夜会の宙へ向かって放たれた!
輝く金糸舞い散る中、人々は見た。
手に手にトゥールッツの髪を持った妖精達がシャンデリアの光を弾いてくるくると踊り、鈴の鳴るような笑い声がさざめき、そこかしこで反射する。
豪奢な大広間いっぱいに繰り広げられる、そんな幻想的な光景を前に、声も無く見入っていた者達の驚きと感動は――――!
「なんと、なんという光景だ……!」
「素晴らしい!これぞ妖精の奇跡というべきか!」
「ブラボー!……おお、ブラボー!!」
「え。」
広間を揺るがす大歓声の中、鳩が豆鉄砲を食らった顔で固まるトゥールッツとリリアン。
そして何が起こったか判らないのか判りたくないのか、呆然自失状態のハーヴェイ侯爵夫妻――を置き去りに、アデラは進み出た。
「婚約破棄、謹んでお受けいたします。」
淑やかでありつつも、凛とした声が会場に響きわたる。
アデラが動いた段階で人々は口を閉じていた。
このような騒ぎになっているが、そもそもはアデラとトゥールッツの、ランスイル伯爵家とハーヴェイ侯爵家の問題なのである。
「エッ。」
思ってたのと違う、というよりまだ脳ミソが再起動してない模様。
未だ状況が理解できていない二人に万感の思いを込めたカーテシーをして、最後に――この溢れるような感謝の気持ちを一端なりとも伝えたいと、感激で声が震えそうになるのを押さえながら言葉を紡ぐ。
「トゥールッツ様との婚約により、私の生涯でこの先これほどスリリングで胸躍ることは無いと言えるほどに、充実した素晴らしい日々をおくることが出来ました。また、当家でも永らく見えることのなかった妖精たちがこのように……っ、心より、御礼申し上げます。」
頑張ったが堪えきれず――それに、このままでは気持ちが溢れて際限なく言い募ってしまいそうで、とにかく感謝の言葉だけは言わねばと。
「これほど嬉しい事はありません。どうか、トゥールッツ様とリリアン様もお幸せに……!」
きらきらと金色の光が幻想的に降り注くなか歓喜で頬を薔薇色に染めたアデラ、そして周りに集まった妖精達もまた、それはもう楽し気に翅を瞬かせて――――――
最初に拍手をしたのは誰だったか。
だがそれは瞬く間に広がり、万雷の拍手が大広間を埋め尽くす。
「素晴らしい!」
「感動ですわ……!」
「おめでとう!」
「おめでとうございます、お幸せに!」
「「エッ。」」
「妖精達がこんなに……なんて神秘的な……」
「いやはや、このように感動的な場に立ち会うことができるとは!」
「感激ですわ!」
「ああ!今夜のことは一生忘れられそうにないよ。」
「きっと歴史に残る一夜になる事でしょうね!」
「「「「えッ。」」」」
この年、夏の大夜会は歓喜と祝福に満ちたまま閉会となった。
――――この頃、空前の妖精ブームがあったと王国史にある。
翅や可憐な花々をモチーフにしたドレスや装飾品が流行し、音楽や演劇などの芸術方面でも多くの作品が作られた。
また妖精を描いた絵画は多く残っているが、特に数百年を経て発見された『後光差す聖人とその妹を祝福する妖精達』は、あえて光を強調することで聖人の顔を隠し、神秘性を高める手法が特徴で、この後の近代幻想派の画家達に強い影響を与えている。
妖精研究家として有名なランスイル伯爵夫妻もこの頃の人物だ。
若くして膨大かつ詳細な観察記録を作成したランスイル伯爵令嬢は、同じく妖精に関する研究で有名であった隣国の侯爵家三男を婿に迎えた。そうして見識を深め合い、共に研究を重ね、今日の妖精生態学の基礎を築いた。
――なお夫婦仲が良好であった事でも有名で、恋人に指輪を贈る前に金色の細いリボンを相手の指に結ぶ風習は、ランスイル伯爵夫妻にあやかったという説が有力である。




