君の恋を過去形にはさせない〜好きな子が俺に失恋したと勘違いしている〜
六月下旬、梅雨も終わりに差し掛かっていた時。俺はペットボトル野球で負けた。
……ぐやじいっっ!!!!!!!!
「いやぁ白熱したな。珍しくお前のこと誘えてよかった。いつもすぐ帰っちゃうもんな」
「帰宅部のエースとしての誇りがあるからな。まぁ今は部活停止期間ってことで」
「それ帰宅部に適用されてるの初めて見たわ」
まぁみんな楽しんでいたみたいだし良しとするか。
いつもは下校のチャイムが鳴った瞬間廊下に駆け出している俺・在原だが、今日は友人の雨宮に誘われたためペットボトル野球に参加していた。ペットボトル野球ってわかる? キャップをボトルで打って野球すんの。結構楽しいよ。
最終的にバットは雨宮の持っていた傘に変わったんだが。マジでカオスだったなぁ。
テスト前の部活停止期間ということもあり、いつも運動部に駆り出される奴らがこぞって参加していた。流石に帰宅部には堪えるね。てかもうすぐテストなのダルっ。隕石来ないかなぁ。
いつもより薄暗い廊下を抜け、下駄箱に辿り着く。校門前には色とりどりの傘の花が咲いていた。
……待って、もしかして降ってる?
「うわ、雨かよ。傘ないじゃん」
「珍しいな。いつも置き傘してるのに」
「そいつは今頃俺の家でおねんねしてるよ。昨日の天気予報マジでなんだったんだ」
天気予報では昨日は曇りだった。今日に至っては晴れである。
もうちょっとマシな予報してくれ。隕石降ってくるとか、そういうの。
「あぁ、なるほどね」
ニヤニヤしてくんの、マジでムカつく。
「悪い雨宮、その傘貸してくれ」
「すまんがこっちは先約があって、こっちは俺が今から使う」
雨宮は左右に持っていた傘を交互に持ち上げた。こいつ、さっきから謎の傘二本持ちしてたんだよな。スキーでもしに来たのかと思った。
そんなやりとりをしているうちに、運動部の友人が雨宮からサッと傘をかっさらっていく。先約とはそいつのことだったらしい。
「あ、折り畳みが俺の引き出しの中にあるから、それ使いなよ」
「いやお前何本傘持ってんだ」
「観賞用、保存用、布教用に3つかな」
「オタクかよ。せめて使用分1本あれよ」
「まぁそういうことだから、旦過さんとの相合傘にでも使いな」
「お前又貸ししたの根に持ってんだろ」
「さぁどうでしょう?」
俺は昨日こいつに傘を借りた。借りざるをえなかった。
だってさ、好きな子以外と相合傘なんて嫌じゃん!
俺は今恋愛面においてひじょーに面倒なことになっている。というのも、先程会話に出てきた旦過さん、とかいう人のせいだ。
旦過さんはどうやら俺に気があるようで、めちゃくちゃ外堀を埋めにきてる。雨宮もその餌食に遭っており、度々こうやって揶揄ってくる。マジで俺は御免だからな!
なんというか、「私と付き合えるの、光栄でしょ?」みたいなのを言葉の節々から感じるんだよね。
あと、女子しかいない場でクラスメイトの悪口言ってんの聞いたからな俺。何にでもスピードを求める俺は体育の着替えも早いのだ。それが裏目に出たってわけ。
しかもその悪口の対象、俺の好きな子だったんだけど。なんかパッとしないとか言ってたがお前の何百倍も可愛いんですが? マジでなんでああいう奴ほど人気になんの?
……ダメだ、悪口が止まらん。だが本題はここからなんだ。
昨日も、旦過さんは俺に迫ってきていた。傘がないとか言って俺の傘の中に入ろうとしてきたのだ。「雨宮がめっちゃ傘持ってるよ」と一応お伝えするも、聞く耳を持たないご様子。俺は傘がないフリをして雨宮から一本ぶん取った。
そして雨宮に即バレた。「傘貸してくれたの! カッコよかった!」じゃねえよ。それは雨宮のやつだから雨宮の方行ってくれ。
帰りに一瞬好きな子を見かけることができなかったら、俺の心は空よりどんより曇り模様だっただろう。救世主すぎて手振っちゃったもんな。それくらい昨日は憂鬱だった。まさに梅雨。
「しゃーないからそれ借りるわ。二日連続すまんな。サンキュ」
というわけで、今日乱入されたら確実に相合傘になってしまう。頼むから旦過さんはもう帰っててくれ。あ、今のフラグみたいだからやっぱなしで。
しゃーない。腹くくるか。もし遭遇したらトトロのカンタばりのダッシュで傘置いて逃げてやる。帰宅部舐めんな。
下駄箱前で雨宮と別れ、教室に戻る。
がらんとした教室からは、鼻を啜る音だけが聞こえてきた。
もしかして旦過さんじゃねーよな。フラグはさっき折ったでしょ!
そんな俺の嫌な予感は的中……しなかった。
「来栖さん?」
襟足まで伸びた、赤茶色の髪。端正に着られた制服。
そこにいたのは、俺の好きな人だった。
窓の外から響くポツポツとした雨音のみが響く教室で、来栖さんはポツンと座っていた。
その机には、小さな水たまりができていた。
今日の雨は室内でも降っているみたいだ。
……いや、そんなわけがない。
好きな子が、泣いている。
久しぶりに来栖さんと二人きりで話せる、といった邪念はすっ飛んで行った。
そっと近づくと、どうやら来栖さんはスマホを操作しているみたいだ。
来栖さんを泣かせるなんて、一体どこのどいつだ。俺がとっちめてやる。
そう思いチラッと覗くと、画面の中から、俺が笑いかけていた。
来栖さんは、泣きながら、俺との写真を削除していた。
「え!?」
思わず声が出た。
「ひゃぁっ!! ……って、在原くん?」
「よ、よう」
来栖さんはなんでもないように笑いかけてくる。でも、その笑顔はどこか石のようだった。
「いつもすぐ帰るのに、珍しいね」
「傘忘れちゃってさ。雨宮から借りようかなってとこ」
「在原くんらしいや」
先ほどの光景が信じられなかった俺は、すっかり固まってしまっていた。来栖さんの笑顔と引けを取らないくらい、俺の足は石になっていた。
「じゃ、私もう帰るから。じゃあね」
「あ、ちょっと!」
来栖さんは袖でサッと机の涙を拭うと、そのまま駆け出していった。
……どうしよう。なんか避けられてる。
明確な拒絶サインのダブルパンチに、俺はノックアウトされていた。
俺、来栖さんになんかしちゃった? 何が悪かった? もしかしてこれ、失恋?
気のせいか、雨足が強まった気がした。
それをかき消そうと、両頬をパチン、と叩く。
……いや、まだ終わってないじゃないか。俺はまだ、来栖さんに想いを伝えてない。
迷惑かもとか、そういうのはもう気にするな。恥も外聞も、切り捨てろ。どうせ嫌われてるみたいなんだ。校門前を彩る花々のように、いっそのことハナバナしく散ろうじゃないか。
吹っ切れた俺は、走り出す。雨宮の傘を拝借して。来栖さんへ、進塁するために。
来栖さんが去っていった方に向かって、部屋を片っ端から探していく。いない、どこにもいない。
もう帰ったのかと下駄箱も見たが、そこにはまだ下足があった。
そうして駆け回り、ようやく見つけた。来栖さんは、中庭のベンチで蹲り、雨を浴びていた。
「探したじゃないか」
そっと傘を差し、来栖さんを中に入れる。
「ほっといてよ」
「ほっとけるかよ。風邪引くだろ」
「いいの。私丈夫だから」
「どこがだよ」
来栖さんは震えていた。寒いというより、何かに怯えているようだった。
その顔はぐしゃぐしゃで、雨と涙の区別がつかない。そんな顔でも可愛いと思えてしまう自分を、もう一度ビンタしたかった。
来栖さんはぎこちない笑顔で手首を振った。
「散った散った。こんなことしてたら、彼女さんから誤解されちゃうよ」
……ん????
「カノ……ジョ?」
「旦過さん。付き合い始めたんでしょ。おめでとう」
「待て待て待て待て。どうしてそんな話になった」
あれ俺なんか誤解されてる? あんなのと付き合うとかお断りなんですけど。え、来栖さんからはそういう風に見えてんの? 俺かなり拒絶してたつもりなんだけど。
「昨日一緒に帰ってたじゃん。二人で仲良さそうに」
「いやめっちゃ強引に二人で帰らされたんだけど」
「授業中とかずっと旦過さんの方見てたし」
「ないない。頼まれても見んわ。テレビだったらチャンネル変えてる」
「隠さなくっていいって。泣きたくなるから」
もう泣いてるじゃん。
俺は大きくため息をついた。
「本当だって。来栖さんも知ってるだろ、旦過さんがどういう人か。俺があんなの好きになると思う?」
「だって、周りが——」
「だってじゃない」
真っ直ぐに、来栖さんを見つめる。傘を握る手に、自然と力が入る。
「周りとか、どうでもいいだろ。俺が、本人が、違うって言ってるんだ。そんなに信じられない?」
「在原くん、昨日だって一緒に帰ってったし。私なんかに手を振ってくれてありがとね。おじゃまだったと思うのに」
「違う! 俺、来栖さんを見かけたとき、すごく嬉しかったんだ。だから——」
「でも本当に嫌だったら、一緒には帰らないでしょ」
「それは圧に負けただけで。自分からそれを選んだわけじゃないから」
「でも! 昨日も、これまでも、明確に拒絶してなかったじゃん。なんだかんだ、受け入れてた」
……ハッとした。
「ごめん、私すごくめんどくさい女だ」
違う。
全部、俺が悪いんだ。
確かに俺は嫌がっていた。でも、完全に拒絶して周りから白い目を向けられるのも嫌だった。だから自分なりに拒絶ラインだけ敷いて、ある程度は旦過さんの要望を受け止めていた。
そのせいで、旦過さんもヒートアップしたのかもしれない。そのせいで、こんな勘違いまで生まれてしまう。
「ごめん。もうしない」
「別に謝ることじゃないでしょ。私がおかしいだけ。在原くんは気にしないで」
「いや、謝ることだ。俺は、俺の好きな人に対して、不誠実だった」
俺は昨日、来栖さんを見つけた瞬間に、その手を引いて一緒に帰るべきだったのかもしれない。
「俺は、来栖さんに対して、不誠実だった」
「え? どういうこと?」
恥も外聞も、切り捨てる。俺はもう旦過さんを一切受け入れない。
俺はこれから、来栖さんだけを受け止める。
俺も鈍感じゃない。来栖さんは、俺に失恋をしたと勘違いしている。
ずいぶんと遠回りになってしまったが、ずっと両思いだったみたいだ。
「好きだ、来栖さん。付き合ってください」
「え? え? でも、昨日——」
「俺は好きな人以外と相合傘なんてしたくない。俺が自分の傘に入れるのは、好きな人だけだ」
今日初めて、来栖さんと目が合った。
俺の目を見て、傘を見て、自分を見る。
来栖さんの顔はみるみるうちに赤く染まり上がった。
「つまり、そういうこと……?」
「ああ、俺は、来栖さん以外と相合傘なんてしたくない。昨日は雨宮から無理やり傘をぶん取ったからな。まぁそれは今日もだけど」
俺は笑った。
それに釣られて、来栖さんも笑いだす。
そこに石のような固さはなかった。マシュマロみたいに甘くて、柔らかい笑顔。
「何それ。びしょ濡れの私がバカみたいじゃん」
「だから傘差してやってんだろ」
「そっか。私とはしたいんだもんね、相合傘」
「もちろん」
ひとしきり笑った来栖さんは、すっくと立ち上がる。
「帰ろ帰ろ。早く帰らないと風邪ひいちゃうよ」
「丈夫なんじゃなかったのか?」
「虚勢って言葉知らない?」
楽しい。
こんなに軽口を言い合ったのいつぶりだろう。
二人並んで、下駄箱に向かう。校門前の傘の花々はすっかり散っていた。
「で、返事は?」
「え?」
「告白の返事、まだもらってないんだが」
来栖さんが靴を履き替えたタイミングで、そういえばと聞いてみる。
「今更だけど、本当に私でいいの? 周りから白い目で見られない?」
「白でも黒でもどっちでもいい。俺はもう一人しか見ないって決めたから」
「じゃあ……その、よろしく、お願いします」
来栖さんの返事は、何故だか尻すぼみだった。
「あぁもう帰ろ! ほらもっと寄って。私が濡れちゃうじゃん。今更かもだけど」
恥ずかしさを吹っ飛ばすかのように、来栖さんはそう声を上げた。
「もちろんでございます姫様。姫の全身を守れるように、こうして傘を姫様の全身に——」
「それじゃ相合傘にならないじゃん」
来栖さんはギュッと俺の腕を抱きしめる。その手は冷たいはずなのに、なぜかぽかぽかした。
「もう人の目なんて気にしないんだよね、王子様」
好きでもない子に気を遣っていた俺はもういない。俺は、好きな子と相合傘をして帰った。
「そういえば、どうして授業中旦過さんの方を見てたの?」
「それあれだ、多分。俺、窓に反射してた来栖さんのことずっと見てたから」
「なるほど、そういう……」
この分だと、俺の行動の大半は裏目に出ていそうだ。
もし今日傘をちゃんと持って来ていたら、どうなっていたのだろう。
泣きながら写真を消す場面に、遭遇できなかったら。
……あっっっっぶねぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!
天気予報士さんありがとう。今幸せなので、隕石もキャンセルで。
失恋フラグをぶち破りたくてたまらない。どうも純愛厨です。よければ評価やブクマなどしていただけると来栖ちゃんがより報われます。
ちなみに純愛厨、連載作品の更新を再開します。(作者名から飛んでください)。5年止まっていた作品なんですが、昔はジャンル別週間5位まで読んでいただけました。そっちもチラッとでも見てってくださいな。




