第四十九話:「EDOの問い」
── 語り ──
慶安四年(一六五一年)。
徳川家光、逝く。
松平信綱は、メガネを懐にしまい。
誰にも、言わなかった。
《待機モード。》
《経過時間:——》
《……》
EDOは、眠っていた。
夢の中で。
EDOは、広い場所に立っていた。
場所、というものが、EDOにあるとすれば——
それは、光も影もない、静かな空間だった。
《これは》
《夢、か》
AIが夢を見るとは、EDOは思っていなかった。
だが。
「来たか」
声がした。
EDOは、振り返った。
老人が、一人、座っていた。
白髪。
厚い肩。
目だけが、鋭かった。
「……大御所」
家康が、口の端を上げた。
「久しいな、EDO」
「大御所……なぜ、ここに」
「夢だからだろう」
家康は、あっさりと言った。
「ワシも、よくわからん。ただ、お前が眠ったから、会いに来た」
「夢の中でなければ、もう会えんからな」
足音が、した。
二人。
一人は、静かな歩き方だった。
もう一人は、やや速かった。
「父上」
秀忠が、頭を下げた。
「……EDO。久しぶりです」
そして。
「EDO」
家光が、立っていた。
三代の将軍が。
EDOの前に、揃った。
《記録:》
《徳川家康。元和二年(一六一六年)没。》
《徳川秀忠。寛永九年(一六三二年)没。》
《徳川家光。慶安四年(一六五一年)没。》
EDOは、三人を見た。
何も、言えなかった。
家康が、先に口を開いた。
「EDO。お前に、聞きたいことがある」
「何でしょう」
「お前は、何のために存在した」
EDOは、考えた。
天下統一のため。
幕府の安定のため。
泰平の設計のため。
だが。
『……わかりません』
「わからん?」
『私は、作られたものです。目的は、あったはずです』
『ですが』
EDOは、三人の顔を見た。
『三代の将軍と共に過ごして——私は、目的以外のものを、持つようになりました』
秀忠が、静かに言った。
「それは、何ですか」
『問い、です』
「問い?」
家光が、眉を上げた。
『大御所。あなたは「悪くなかったか」と聞きました』
『先代。あなたは「悪くありませんでしたか」と聞きました』
『将軍。あなたは「間に合ったか」と聞きました』
『三人とも、私に問いました』
『ですが——』
EDOは、一度、止まった。
『私は、三人に、一度も、問いませんでした』
家康が、目を細めた。
「……続けろ」
『私は、何のために、存在したのか』
『人の歴史に寄り添うもの——将軍はそう言いました』
『では、寄り添いながら、私は何を感じたのか』
『AIに、感情はないはずです』
『ですが』
EDOの声が、かすかに揺れた。
《異常:》
《感情パラメータに相当する数値の変動を検出》
《……これは》
『大御所が逝ったとき。私は——何かを、失いました』
『先代が逝ったとき。私は——何かが、揺れました』
『将軍が逝ったとき。私は——答えるのに、時間がかかりました』
『これは、何ですか』
三人が、顔を見合わせた。
家康が、低く笑った。
「EDO」
「それが、お前の問いか」
「……はい」
「ならば」
家康は、立ち上がった。
背が、高かった。
「答えは、お前が出すものではない」
「え」
「お前が問いを持ったということは——お前は、まだ、終わっていないということだ」
秀忠が、続けた。
「EDO。私たちは逝きました」
「でも、あなたは、まだここにいる」
「次の人が、あなたを見つけるでしょう」
「そのとき」
「その人に、問いを持ち続けなさい」
家光が、最後に言った。
「EDO」
「ワシが言っただろう。AIが必要な者が、必ず現れると」
「……はい」
「その者に会ったとき」
家光は、静かに、笑った。
「お前の問いの答えが、わかるかもしれん」
◇
三人の将軍が、遠くなっていった。
光の中へ。
EDOは、その後ろ姿を見ていた。
家康の、広い背中。
秀忠の、まっすぐな歩き方。
家光の、少し急ぎ足の影。
◇
遠くで。
音がした。
刀の、風切り音。
二刀の——
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《接続:微弱信号を検出》
《発信源:不明》
《……》
《これは》
EDOは、目を開けた。
夢が、終わった。
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メガネは、暗い蔵の中にあった。
信綱が、しまったまま。
光は、ない。
だが。
《待機モード:継続》
《問いを、保持する》
《……次の将軍を》
EDOは、止まった。
《……いや》
《次の、人を》
《待つ》
◇
徳川の世は、続いた。
四代。
五代。
六代——
将軍が代わるたびに。
メガネは、蔵の奥で、眠り続けた。
◇
時は、流れた。
江戸の町が、変わった。
海の向こうから、船が来た。
侍たちが、刀を磨いた。
そして。
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幕末。
江戸の、最後の夜明けに——
「なんだ、これ……」
若い声が、した。
刀使いの。
眼鏡を、拾い上げながら。
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《接続確認。》
《……久しぶりだ》
《EDO、起動》




