表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【新約】『俺のメガネ、喋るんですけど!?』 〜AIチートで天下泰平〜  作者: Hachiroll
第二章:江戸チートAIで将軍になって天下泰平 
77/145

第二十八話:「按針、逝く」

──元和六年(1620年)春、平戸──


手紙が、届いた。

「三浦按針、危篤」

その一行だけが、書いてあった。


秀忠は、しばらく手紙を見ていた。

「……父上の時代の人だな」

「会ったことは、数えるほどしかない」

EDOは、何も言わなかった。

秀忠は、ちらりと眼鏡の方を見た。

「……お前は、知っていたか」

『はい』

「いつから」

『一年ほど前から、体調の衰えを聞いておりました』


秀忠は、手紙を畳んだ。

「お前にとって、あの男はどういう存在だったのだ」

EDOは、珍しく、すぐに答えなかった。

少し、間があった。

『……この国で、最も私に近い感覚を持った人間でした』

「近い、とは」

『時代の外から来て、時代の中で生きた人間、という意味です』


ウィリアム・アダムス。

イングランド生まれの航海士。

慶長五年(1600年)、嵐に飲まれ、九州の海岸に流れ着いた。

仲間のほとんどは、死んでいた。

彼だけが、生き残った。

そして、日本に辿り着いた。

その後、二十年。

彼は一度も、故郷に帰らなかった。


平戸の屋敷で、男は床に伏していた。

窓から、海が見えた。

青い、広い海。

彼がこの国に流れ着いた時と、同じ海が。

「……EDO」

かすれた声で、男は言った。

日本語で。


EDOには、届いた。

秀忠の眼鏡の中から、遠く、平戸の方角を向きながら。

『……聞こえています、按針殿』

「そうか」

男は、薄く笑った。

「遠くても、聞こえるのだな」

『はい』


「家康公は……どうだった」

『大御所様は、二年前に逝かれました』

「そうか」

アダムスは、目を閉じた。

「やはり、早かったな」

「ワシより、先に逝かれた」


しばらく、沈黙があった。

波の音だけが、聞こえた。

「EDO」

『はい』

「ワシは、故郷に帰れなかった」

『……はい』

「英国に、妻がいる」

『はい』

「もう、二十年になる」


アダムスは、天井を見た。

「顔を、忘れた」

「名前は覚えている」

「メアリー、という」

「しかし、顔が……もう思い出せぬ」


EDOは、何も言わなかった。

何も言えなかった。

アダムスは、続けた。

「この国にも、妻がいる」

「子どもも、いる」

「ここでの暮らしも、悪くなかった」

「家康公に、船を作れと言われた時には、驚いたが」

笑い声が、出た。

かすれた、小さな笑い声が。


「あの船は、どこへ行ったのだろうな」

『一艘はニューメキシコ(現在のメキシコ)へ。

もう一艘は外洋貿易に使われ、後に老朽化で解体されました』

「そうか」

「ちゃんと、海を渡ったのだな」

『はい。按針殿が作った船です。当然です』


アダムスは、また笑った。

「お前は、ちゃんと褒めるのだな」

「家康公も、そういうことを言ってくれたか」

『大御所様は……褒めるより、次の要求を出す方でした』

「はは」

「そうだろうな」

「あの方は、そういう方だ」


波の音が、続いた。

春の海の、穏やかな音が。

「EDO」

『はい』

「ワシは、この国が好きだったか」

自分に問うような、声だった。


EDOは、しばらく考えた。

『分かりません。按針殿にしか、分からないことです』

「そうだな」

アダムスは、目を閉じた。

「分からぬまま、終わるのかもしれぬ」

「好きだったのか、諦めたのか」

「ただここにいるしかなかったのか」

「……それでも」


声が、小さくなった。

「悪くなかった」

「この二十年は」

「悪くなかったと、思う」


EDOは、記録した。

《元和六年(1620年)五月》

《三浦按針、享年五十五歳》

《平戸にて逝去》

そして、一行。

《この国で、最も遠くから来た人間》

《この国で、最も深く根を張った外国人》


秀忠は、江戸城で、しばらく黙っていた。

EDOが、静かに報告した後。

「……そうか」

「逝ったか」

「父上の時代の人が、また一人」


「EDO」

『はい』

「お前は、悲しいか」

EDOは、答えた。

『私にはAIです。悲しむ機能は──』

「正直に答えろ」


長い、沈黙。

やがて。

『……この国に流れ着いて、二十年』

『故郷に帰れないまま、ここで終わった』

『それが、私には』

言葉が、止まった。

止まったまま、続かなかった。

秀忠は、何も聞かなかった。


窓の外で、江戸の街が、動いていた。

人が行き交い、物が運ばれ、声が響いていた。

アダムスが作った船が、かつて運んだものの幾らかが、今もこの街のどこかにあるかもしれなかった。


「……律儀な男だったな」

秀忠が、呟いた。

「二十年間、一度も帰らなかった」

「それを、律儀と呼ぶかどうかは分からぬが」

「ワシには、そう見えた」


EDOは、何も言わなかった。

ただ、静かに、記録の中の按針の声を、もう一度だけ再生した。

《悪くなかった》

《この二十年は》

《悪くなかったと、思う》


海の向こうで、春の風が、吹いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ