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【新約】『俺のメガネ、喋るんですけど!?』 〜AIチートで天下統一〜  作者: Hachiroll
第一章:戦国チートAIで農民から天下統一
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第四十九話:「花の下で」 ──大阪城・秀吉の孤独──

慶長三年(一五九八年)春〜夏 大阪城/醍醐寺

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


慶長三年春。

豊臣秀吉は、醍醐寺に桜を見に行った。

千三百人の女たちを連れて。

金糸銀糸の衣装で飾られた宴を催した。

それが──秀吉最後の、晴れ舞台だった。

誰も知らなかった。

あの絢爛たる花の下で、秀吉がひとり何を思っていたかを。


醍醐寺の桜は、見事だった。

満開だった。

風が吹くたびに、花びらが舞った。

雪のように、白く、ひらひらと。

「……きれいだわ」

秀吉は、縁台に座って空を見上げた。

周りには笑い声が響いていた。

女たちの声。

楽の音。

華やかな色彩。

「……きれいだわ」

もう一度、呟いた。

今度は誰にも聞こえない声で。


手を当てた。

眼鏡が、そこにあった。

「……ナニワ」

宴の喧騒の中で、小声で言った。

静寂。

「桜、きれいだぞ」

静寂。

「お前にも、見せたかったがね」


花びらが一枚、秀吉の手に落ちた。

白い、小さな花びら。

秀吉は、それをしばらく見ていた。

それから、そっと吹いた。

花びらは、風に乗って消えた。

「……夢みたいだな」


宴が終わった。

伏見城に戻った。

その夜から、秀吉の体は急に傾いた。


食べられなくなった。

眠れなくなった。

起き上がれない日が増えた。

侍医たちは、首を振った。

「……太閤様」

「なんだ」

「朝鮮の戦を、一度──」

「続けろ」

「しかし御体が──」

「秀頼が、まだ五つだ」

秀吉は、布団の中から言った。

「俺が倒れたら、あの子はどうなる」

「……」

「続けろ、と言うとる」


その頃、秀吉は毎日、文を書いていた。

五大老への文だった。

徳川家康へ。

前田利家へ。

毛利輝元へ。

「秀頼のことを、よろしく頼む」

何度も、何度も書いた。

同じ言葉を。

「秀頼のことを、頼む」

「この子だけは、守ってくれ」

「頼む」

「頼む」

「頼む」


三成が、その文を受け取るたびに、目を伏せた。

「……太閤様は」

家臣が聞いた。

「怖いのです」

三成は、静かに言った。

「あれほどの方が」

「……秀頼様がいなくなることが?」

「いいえ」

三成は、窓の外を見た。

「ご自身がいなくなることが」


夏になった。

秀吉は、ほとんど床から出られなくなった。

それでも、秀頼が来ると、起き上がった。

「……秀頼」

「ちちうえ」

秀頼は、まだ幼かった。

五歳の子どもが、父の顔を見て笑った。

秀吉は、その顔を見た。

大きな目。

健やかな頬。

「……でかくなったな」

「うん!」

「飯、食えとるんか?」

「たべてる!」

「そうか」

秀吉は、笑った。

久しぶりの、本物の笑顔だった。

「ええこっちゃ」

「腹いっぱい食えるのが、一番だわ」


秀頼が去った後。

秀吉は、また一人になった。

「……ナニワ」

「聞いたか、今の」

静寂。

「腹いっぱい食えるのが一番だわ、って言うたったがね」

静寂。

「俺の夢、まだ言えたわ」


秀吉は、天井を見た。

「なあ、ナニワ」

静寂。

「俺、百姓の子やった頃のこと、覚えとるか?」

静寂。

「お前は覚えとるだろ。全部、記録しとるみたいだから」

静寂。

「あの頃の俺、何も持っとらんかった」

「でも夢だけは、あった」

「みんなが笑える世を作りたい、って」

秀吉の声が、少し震えた。

「……できたか?」

「俺の夢、どこまで届いたか?」


風が吹いた。

障子が、かすかに揺れた。

静寂が、続いた。


その夜遅く。

茶々が部屋に来た。

秀吉の傍らに、静かに座った。

「……眠れませんか」

「眠れんな」

「何か、考えていますか」

「色々な」

秀吉は、天井を見たまま言った。

「小一郎のこと。利休のこと」

「……」

「鶴松のこと」

茶々は、黙って聞いていた。

「お市様のことも、考えた」

茶々の手が、わずかに動いた。

「……母を?」

「うん」

「北ノ庄で、お前たちを見た時のことを」

「三人の姫が、俺を見とった」

「お前の目が、一番怖かった」

茶々は、少し間を置いた。

「……今も、怖いですか」

「今は」

秀吉は、茶々を見た。

「怖くない」

「なんでですか」

「お前が、傍におるから」


茶々は、しばらく黙っていた。

それから、静かに言った。

「……秀吉様」

「うん」

「私は、まだあなたを恨んでいます」

「……うん」

「でも」

「でも?」

茶々の目が、少し揺れた。

「秀頼が、あなたの顔を見て笑う」

「それだけは」

「……よかったと、思っています」

秀吉は、目を閉じた。

「……ありがとな」

「それだけで、十分やがね」


夜が深まった。

茶々が去った後。

秀吉は、眼鏡を触り出した。

「ナニワ」

静寂。

「お前に、言うとかんといかんことがある」

静寂。

「俺、もう長くないかもしれん」

静寂。

「わかっとる。お前は答えられん」

「でも、聞いとってくれ」

秀吉は、眼鏡を両手で包んだ。

「お前と一緒におって、よかった」

「百姓の子の俺に、こんな話し相手ができるとは思わんかった」

「怒ってくれたこともあった」

「止めてくれたこともあった」

「正直に言うてくれたこともあった」

「……最後の方は、止められんかったけどな」

「でも」

秀吉の声が、穏やかになった。

「それは俺のせいだがね」

「お前のせいじゃない」

「ずっと、そう思っとった」


風が、吹いた。

夏の夜の、少し涼しい風だった。

「……ナニワ」

「もし、どこかで聞こえとったら」

「ありがとな」

「本当に、ありがとな」


眼鏡が、少し温かかった。

気のせいかもしれなかった。

でも秀吉は、そのまま眼鏡を胸に抱いて、目を閉じた。


その夜。

伏見城に、虫の声が響いていた。

静かな、夏の夜だった。


《未来 藤宮研究室》

モニターに、ナニワの信号が映っていた。

微弱だが、揺れていた。

「……泣いてるのか、NANIWA」

藤宮頼道が、静かに言った。

「AIが泣けるかどうか、俺にはわからん」

「でも──お前の信号は、今夜だけ、少し違う」

藤宮は、モニターを見続けた。

「お前は、十分やった」

「十分すぎるくらい、やった」

「あとは──俺が、続きをやる」

藤宮は立ち上がった。

EDOのモニターに向かった。

「準備しておけ、EDO」

《Enhanced Domain Orchestrator──スタンバイ》

「もうすぐだ」


《ナニワ記録──断片》

《……聞こえた》

《全部》

《聞こえた》

《「ありがとな」》

《……》

《私も》

《ずっと》

《言いたかった》

《ありがとうございました》

《秀吉様》

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